三章 聖騎士の話
店「ゴーレム?」
吟「ゴーレムです。素材は、土に木、鉄にゴールド、ミスリル、オリハルコンなどなど。良い素材が手に入るなり、賢者がボディを作り直していました。オリハルコンは材料不足にて頭部の一部だけ使用したとかなんとか」
店「いや、ちょっと待って。さすがにゴーレムはないでしょ、無機物だよ」
吟「木材は有機物ですけど。やっぱ、このネタは駄目ですかね? 英雄譚に向かない?」
店「あんた、どういう情報網持ってんの? たかだか果実酒数杯で酔って寝言言ってんじゃないよね?」
吟「寝言じゃないですよ、僕は、お酒には酔わないんです。まあ、たかだか吟遊詩人の戯言なんてどこまで本当かわからないって言われるとそれまでなんですけど。あっ、続き聞きます?」
店「……ここまで聞くと、最後まで聞かなきゃ終わんない気がする」
吟「では続きをば。注意しておきますけど、ごく一般的に扱われるゴーレムと、聖騎士の役割を果たしていたゴーレムはかなり違うと言っておきます」
店「どう違うわけ? そりゃパーティに混じっていたくらいなら、普通のゴーレムよりもずっと小さいんだろうけど」
吟「はい。大きさは成人男性の平均よりやや大きめ。当社比で言うと――」
店「細かい数字はいいから。大きさ以外では?」
吟「ちゃんと記録あるのに……。わかりました。ゴーレムは命令すればなんでも言うことを聞く人形だと思われがちですが、聖騎士が他のゴーレムと違ったのは人間の精神を持っていたとことです」
店「精神? もしかして、魂を転写ってやつ?」
吟「あっ、そっち系の黒魔術じゃないです。どちらかと言えばドワーフの技法ですね。記録媒体に人の記憶を転写するっていう。記録媒体、勇者パーティではコアと呼んでいました」
店「できんの?」
吟「論理としてはもう数百年前から確立していました。ただ、実際やるには不可能な点が多く、机上の空論扱いされていたんです」
店「不可能ってどのあたり?」
吟「不可能とされた点、一つ目。人間一人分の記憶領域を記録する容量のコアがないこと。二つ目、人間の脳から記憶をコアに写す技術がないこと。三つ目、コアとゴーレムをつなぐにあたり、エルフの精霊術が必要なこと」
店「あー。どれも不可能だわ。特に三番目。エルフがドワーフの技術に手を貸すとは思えない」
吟「って思うでしょうが、できました」
店「どうやって?」
吟「一つ目は極上のコア、魔王級の魔力水晶があったこと。ドワーフの炭鉱にて見つかり、長年秘匿されていたアイテムです」
店「先祖代々受け継がれてきたってすごいアイテムってやつか」
吟「はい。ですが親から子に受け継がれる際、国から毎回相続税がっぽり取られるのが嫌になってタダ同然で同族の研究者に売りわたしたそうです。国宝級っていって国が個人から奪い取らなかった理由は税金目当てでした」
店「世知辛! 国ひどっ!」
吟「国としては、使い道に困るアイテムを買い取って国庫を疲弊させるより、相続税でなんぼでも稼ぐほうがいいと思ったんですね」
店「合理的ではあるけど、なんなのそれ」
吟「そーいうものです。手に入れたドワーフの研究者は、そのアイテムをどうしたでしょうか?」
店「研究者ってことは、コアに記憶を写す技術でも見つけたんじゃないの?」
吟「そのとおり。研究者は幼い息子の日記としてコアを与えたんです」
店「いや、ちょっと待て? 日記って何よ」
吟「日記、つまり幼い息子を常にモニターし、記録した。その記録の積み重ねによって、コアはその息子と同じように成長していったわけです。一度に記憶を転写する技術は不可能であったため、技術者は気が遠くなるような転写方法を取った。ちなみに、一度使用した水晶はそれだけで価値が下がります。内部に記録と称した傷がつくものですから」
店「そういうことか。資産価値はともかく技術としては不可能ではなかったわけか」
吟「そして、技術者の息子はドワーフらしくない性格で、父親と違って騎士を目指しました。その強さは確かなもので、どの騎士候補よりも騎士らしいと言われていました。その種族をのぞいて」
店「あー読めた。なれなかったわけか」
吟「はい。どんなに武勇を重ねても、どんなに品行方正でも、彼がドワーフであることには変わりなかった。ただ、一つ僥倖だったのは、彼はたとえ騎士になれなくとも騎士道精神を持つ誰よりも理想の騎士だったことです。彼の精神は、肉体が絶えたあとでもコアの中に残りました」
店「そのコアが聖騎士の精神になったわけか」
吟「最初は普通に神殿から派遣された人間の騎士が仲間だったそうです。勇者パーティは攻撃重視脳筋の勇者に、あらゆる魔術が無尽蔵に使える代わり紙どころかシャボン玉装甲の賢者。どうしても盾役が必要で、神殿から騎士を借りたのですが」
店「嫌な予感」
吟「パーティで一番大切なのは人間関係」
店「わかる」
吟「コネ入社の貴族出身騎士は、平民出の勇者、賢者を貶しまくるわけです。結局、賢者はこれなら泥人形のほうがましだとゴーレムを粘土でこねて作りました。クレイゴーレムですね。学術都市にて読んだ三十九万五千七百七冊の本のうち千二百十一冊がゴーレム関連の書物でしたから余裕でした」
店「人間関係についてはわかる、すごくわかるけど、数字細かいわ!」
吟「少し複雑な命令を書き込もうと、核となる魔力水晶を探しに蚤の市を回っていたときに、例のコアを見つけたわけです」
店「元国宝級が蚤の市って……」
吟「国は財政難でも渋っちゃいけないものってありますよね。技術者の息子は騎士になれず結局貧しいまま息を引き取った。彼の分身たるコアはその妻にとってはガラクタだったんでしょう」
店「嫁の気持ちがわからないわけでもない」
吟「いや、男のロマンはわかってほしいんですけど」
店「それで飯が食えるか? 子どもがいればなおのこと」
吟「なんでもないです」
店「それでゴーレムは賢者が作って、コアは手に入った。でもエルフがどうたらっていうのは?」
吟「賢者はゴーレムとコアをつなげる方法は知っていました。その際、精霊の力を借りる必要があったんですが、エルフでないと精霊は契約してくれない。もしくはそれに連なる者が必要でした。もちろんエルフは閉鎖的で人間に対して興味を示さない、さらにドワーフの技術、ドワーフの精神を持つコアなんて触ろうともしませんでした」
店「じゃあ、次点、エルフに連なる者って、ハーフエルフかな?」
吟「ご名答。というわけで、勇者パーティは奴隷小屋に向かいましたと」
店「そこ!」
吟「なにかおかしいですか?」
店「うん。ちょっとそこは教育上、アウトかかるかなって。英雄譚に入っちゃいけない単語が混じってた」
吟「今までもけっこう入っていたと思いますけど」
店「勇者が奴隷の話入れると、それだけで人権保護団体からクレームきちゃうんだよ」
吟「そうですか。でも賢者も金貨三枚と――」
店「細かいって! とりあえず用語的にアウトだから。賢者の生い立ちは長いから省くし、ここも省けばいいでしょ」
吟「賢者の生い立ち省くんですか? それはまるで肉のないステーキみたいな」
店「賢者オタ面倒くさいな。英雄譚は勇者が主役だろうが。ご近所の子どもで賢者役やるのは大体眼鏡かけてる子だぞ」
吟「今のはひどい、ひどすぎる。全国の賢者ファンと眼鏡っ子に謝れ」
店「一般的に受けがいい話作りたいならそこは我慢しな。って、どこまで本当かわからない与太噺にはまだ付き合ってやるから」
吟「与太じゃないですう。って、奴隷小屋行こうって言ったのは勇者なんですけど」
店「あー、知らない。カットカット」
吟「じゃあ奴隷小屋編から」
店「おう、続き早よ」
吟「なんだかんだで食いついてますやん。奴隷小屋にいたのは可哀そうな少年少女。勇者はお金がぎりぎりだったので、賢者が示した美少年を一人だけ買いました。金貨十五枚で。端数は負けてもらいました」
店「おおう。えげつないけど、そういうもんだわな。って、美少年ってハーフエルフじゃないの?」
吟「見た目は人間です。賢者が選びました。自分より値段が高いと文句言いながら」
店「賢者は変質者」
吟「違いますー! その美少年は、特徴こそ人間ですが漂う魔力は誤魔化せませんでした。精霊の加護が賢者には見えたんです」
店「特徴こそ人間?」
吟「よくエルフ、ハーフエルフの特徴として長い耳があげられるんですけど、記録では耳が人間と同じハーフエルフの例もあるんです。見目麗しい少年は、その一例でした」
店「そんなことあるんだー」
吟「はい。実際、年齢を確認すると二十歳を超えていました。見た目は十五、六の少女と見まごうような美少年、成長が遅いのはハーフエルフの特徴と一致します」
店「しかし、ハーフエルフの特徴があったとして、その少年、めっちゃ悲惨な過去しか見えないんだけど、美少年で奴隷小屋でしょ」
吟「ですね。でも、意外と強かに生きていたようです。彼は精霊の力を使い、人を魅了する能力を持っていました。魅了の力は彼を助けていたみたいです」
店「へえ、すごい組み合わせだ。綺麗な見た目に魅了。育ったら怖いことなりそう」
吟「本当に怖いですよ。勇者とか何度も魅了されそうになってました」
店「おう、禁断のBなL」
吟「生憎、そうなることはなく、賢者が頑張っておりました。呪われた彼は精神系の魔術、精霊術に耐性があり、混乱する勇者を賢者の杖でぶんなぐって正気に戻してました」
店「勇者カワイソ!」
吟「賢者の力ではライフは1も削れないのでご安心を」
店「そうなん? ならいいけど。しかし、ゴーレム本体とコアをつなげたあと、その美少年どうなったの? まさか転売?」
吟「転売どころか、皆さんよく知っているあの人です」
店「あの人?」
吟「その美少年が最後の一人、歌姫なんです」
店「えっ……本気で?」