一章 勇者の話
SE:食器の音
吟「おおっ、美味しそう」
店「ふふ、うちの特製シチュー。じっくり煮込んだミノが入っているのさ」
吟「ミノ! 内臓系は臭みが強いですからねー」
店「ん? 内臓じゃないよ。ここらへんでミノと言ったら、ミノタウロスに決まってるじゃないか」
吟「そっち⁉」
店「魔王討伐後、数は減ってるけど、まだまだいるよ。今日のシチューには古参の大きな奴を使ったのさ。あいつ、しぶとくて最後に脳天に剣を突き刺してようやく絶命したよ。昔、隣町を壊滅状態にさせた大物だって言ってたわー」
吟「うわあ、見てきたかのような生々しさ」
店「村長もひどくない? 若い衆集めてミノ狩りとか。青年団は傭兵じゃねえぞ! まあ、あたしはとどめを刺したおかげで一番いい部位あるだけ貰ったけどね。ありがたく食べて」
吟「めっちゃ功労者! ってか、レベルおいくつですか?」
店「レベル? 冒険者カード持ってないし、ギルドでも調べてないからわからないよ。それより美味いかい?」
吟「はい、美味しいです。」
SE:咀嚼音
吟「ごちそうさまです。食べている最中、歴戦のモンスターの断末魔の顔が浮かんで見えました」
店「そうかい? じゃあ、さっさと話に移ろうか」
吟「お願いします。伝説の剣の秘密って何ですか?」
店「あー、それね。村長によると最初は村おこしだったらしいよ」
吟「えっ?」
店「伝説の剣って名前付くと観光名所になるでしょ? だから、昔ドワーフの刀匠に作ってもらった剣をがちがちに固定して地面に埋めたの。三十年くらい経つと尾ひれがついて集客効果抜群、村の財政も潤ったらしいわ。参加料とっても剣を抜こうとする人が後を絶たず。調子に乗って参加者増やしたら、とうとう引き抜いた奴が出たって。それが勇者」
吟「ちょっ、聞きたくなかった系の秘密」
店「村長も時効だって、酒の席で話してたね。その後、本当に勇者になったから、結果オーライだったんだけど、抜けたのはたぶん老朽化」
吟「老朽化」
店「そりゃ、いかにがちがちに固定しても、三十年もすれば錆びるから。それに錆びたとはいえ、引き抜くだけの力はあったらしいよ、その孤児」
吟「孤児って! 勇者は神の落とし子と言われてますけど」
店「父親がわからないのであれば処女受胎ってことにしなくちゃ恰好がつかない。つまり、娼婦の子だよ。たぶん、隣町の娼館で生まれた子かな。母親が死んで放り出されたあたりだろうね」
吟「……へえ、そーなんだー」
店「失望した? 勇者伝説の真実」
吟「トカゲがドラゴンなのでそれくらいの脚色は珍しくないかと」
店「世の中ハッタリばかりさ。皆の前で剣を引き抜いた子どもは、勇者扱いされる。でも、孤児だと恰好がつかないから村長の養子に入り、母親の設定も作られた」
吟「嘘から出た真といいますか。本当に勇者誕生の地になったんですね」
店「村長は、初期投資分は元を取れてるよね」
吟「でも、今はその割に寂れていますね、この村」
店「……冷たいもんよ。勇者の出生がばれると困るでしょ? なんたって、王族になるんだから。村長に報奨金の一部渡してそれで終わり。と、まあその報奨金も大した額じゃなかったみたい」
吟「村長はごねなかったんですかねえ」
店「思うところあったけど、下手に突っ込むと火の粉が飛んでくる案件でしょ」
吟「伝説の剣偽造問題」
店「そうそう。しばらくは勇者誕生の地というネームバリューで細く長くやるみたい」
吟「……大変ためになりました。ところで、おねえさんは魔王討伐後にこちらに来たと言っていましたけど、どこから来たんです?」
店「あたし? あたしは、かなり遠くから来たよ。最果ての地のすぐそば。魔王のおひざ元近く」
吟「最果ての地ってモンスターうじゃうじゃの? ミノタウロス倒せるわけだ」
店「ははは。あたし、たぶん冒険者で戦士やってたらしいわ。なんで曖昧かって言えば、モンスターの戦闘か何かでヘマやったみたいで記憶が飛んじゃっててさあ。さらに、それが原因で仲間に見捨てられて装備もなくてかなりピンチよ。勇者の魔王討伐が間に合わなかったら死んでたんじゃないかな?」
吟「装備もなくって、仲間にはぎとられたってこと? どうやって逃げてきたんですか?」
店「体力がある戦士だったからなんとか。あと一応一人だけ仲間も残っていたし」
吟「仲間?」
店「ほらそこの隅の物好きな吟遊詩人。あんたと同業者」
吟「もしかして彼も最果ての地にいたんですか?」
店「そうそう。ヘマやった私もだけど、吟遊詩人ってだけでもう強くなる見込みがないからって理由で、最果ての地に来るなり戦力外通告。よさげな装備は根こそぎ持って行くってありえなくない?」
吟「……鬼ですねえ」
店「まあ、見捨てた奴らは全滅したみたいでざまーみろだけどー。とりあえず、人里に戻るまでが大変だったわ。落ちていたぼろぼろの武器拾ったり、モンスターの皮はいだりしてさ。吟遊詩人なんて歌うだけで何もしないし」
吟「うわー、なんかめっちゃ僕にも刺さる言葉―。お酒もう一杯もらいます」
店「はは、ごめんごめん。って、あたしばっかり話しているじゃない? あんたの話も聞かせてよ」
吟「そうですね。では僕も勇者の話をば。僕が知っているのは、勇者が伝説の剣(仮)を手にして旅立ったあとの話ばかりですけど」
店「うんうん」
吟「旅の仲間が必要ってことで、まず学術都市に行ったらしいです」
店「学術都市ってあれでしょ? 天空にそびえたつ巨大図書館があるところ」
吟「そうですね。勇者パーティのメンバーはご存知ですか?」
店「ええっと、勇者、聖騎士、賢者、あと歌姫だったかな?」
吟「はい。学術都市には魔法が使える人物を仲間にするために立ち寄ったのですよ。勇者は」
店「それが?」
吟「賢者と呼ばれる男を仲間にする際、ある条件を提示されました。その内容については?」
店「そこまでは聞いたこと……ないかな?」
吟「そうでしょ、そうでしょ。巷では簡単に賢者が仲間になっていますもん。本当にもうたった一行、ワンフレーズ。なんですか、その安っぽい賢者って話。普通三顧の礼くらいしてもらいたいです」
店「なんか賢者にこだわるね」
吟「こだわりますよー。でも今は勇者の話なので、勇者の話しますけどー。あー賢者の話してー」
店「いるわー。こーいう特定キャラを贔屓する奴」
吟「いいじゃないですか。皆、勇者勇者ってさあ。はい、わかってます。勇者の話をしますよ」
店「うん、さっさとして」
吟「ひどいなあ、おねえさん。賢者が勇者に与えた試練っていうのは、学術都市の地下迷宮にあるアイテムを取ってくることだったんです」
店「あーよくあるおつかいイベントね。めんどくせーわ」
吟「理解が早いのは嬉しいのですけど、なんか納得がいかない僕です」
店「って、地下っていうとアレ? ミノちゃんとか出るわけ?」
吟「はい、そうですよー。ミノタウロスさん出ますよ。宝箱とか守ってますよ」
店「剣で一突き、すぐ終わるわ」
吟「ちょっ。野良のミノと同じにしないでください。学術都市の地下ですから、ユニークです、ユニーク。ノーマルでもレアでもないですよ。魔法が効かないってすごい強いやつです」
店「じゃあ、勇者は物理系だったってことかな」
吟「なんで最後まで言わせてくれないんですか? 正解ですよ」
店「だろーねえー。学術都市なんて魔術師わんさかいるから、魔術に弱いモンスター配置しないもんね」
吟「一応物理耐性あるやつですよ。ユニーク」
店「でも弱点が眉間とか」
吟「これだから、ミノ殺しは!」
店「なんとでもいいな。うちは切迫した台所事情のためなら、ミノを何頭でも狩ってやるんだ。っで、吟遊詩人とやらはミノ退治の逸話はどう歌うんだい?」
吟「『勇者は一突き、眉間に剣を~』と」
店「うわっ、まんま。センスないわ」
吟「おねえさん、直球で僕のライフ削っていくんですね」
店「本当にそれで吟遊詩人? だってもっとカッコよく聞き心地のいい歌詞にするもんじゃない?」
吟「……ひどいですね。ええ、わかっています、僕には作詞の才はありません」
店「うん。よくその職で食べていけたね。あっ、そうか。だからゴブリン退治してるのか」
吟「おねえさんひどすぎる! 作詞は苦手ですけど、レパートリーは豊富なんですよ! 千百十三曲ありますから」
店「へえ。すごいねえ」
吟「うわあ、まったく信じてない声。本当ですって。僕の暗記力舐めないでくださいよ」
店「うんうん、わかったわかった。ってか、話続けてよ」
吟「傷つきました。よし、勇者やめて推しの話をしてやる」
店「推し? 賢者さまってやつ。あんまり興味ないんだけど」
吟「そんなあなたにも大変気になる情報を一つ」
店「はいはい勿体ぶっちゃってなんでしょうか?」
吟「あらゆる魔術が使える賢者さまですが、実は誰にも言えない秘密があったのです」
店「誰にも言えないなら、あんたが知ってるわけないでしょ」
吟「あー、もうそこは特別な情報網があって」
店「で、その秘密ってのは」
吟「賢者は実は魔力が全くなかったそうです」
店「は? どーやって魔術使うのよ?」
吟「ふふっ、魔力が全くないのに、賢者と言われた男。その話を聞きたくないですか?」