ここが地上
プラナは、早速99番街道へと向かった。昨日は徒歩だったがよく考えれば場所さえわかれば移動式魔法陣で近くまで行けるのだ。タットのやつ先に場所を言えばあんなに歩かずにすんだのに。
しかし、誤算があった。昨日とは違い、見張りが何人か居たのだ。
「成程、あの時間じゃないと行けなかったのは見張りがいるからだったのね、でもやはりおかしい。ただのゴーストタウンに見張りをつける意味がないわ」
やはりここには何かある。そう確信したが1度家に帰ることにする。
「ん?あれはタットじゃない?」
帰り道、知った背中を見つけた。
「あ、プラナ…ごめん、俺もう無理っぽい」
「どうしたのよ」
「昨日かぁちゃんにこっぴどくしかられてさ、今日から夕時以降は外出禁止になったんだよ…」
「あら、それは気の毒ね」
「あんまり気の毒そうには見えないんだが…ともかくもう俺は無理だから、そっちで何とかやってくれ!もし天上界に出れたら教えてくれよ!じゃーな」
そう言うとタットは足早に帰って行った。まぁ悪いけどタットには大して期待はしていなかったし、むしろ1人の方が動きやすいまである。プラナは自室に戻ると再び本を広げた。
「なになに…天上界へ行く方法は1つしかない、この地底から天上界までは相当な距離がある為、自力で天上界まで行くことは不可能だろう、これを可能にするには空間転移魔法陣の展開が不可欠。これは物理的な移動式魔法陣とは違い、空間そのものを移動するというものだ。勿論空間移動という高等魔法を一人でやるには不可能に近い、しかし我々に伝わる神具禁呪の書と、白日の指輪があれば話は別だ。それらを使えば地上への道は開かれるであろう…」
まさか、あそこにあるものって地上へ行くための空間移動の魔法陣!?でも昨日見た時は魔法陣なんて見当たらなかったけど、やっぱりもう一度調べて見なきゃ!
プラナは、親が寝静まったのを見計らい99番街道へと向かった。
「よし、見張りもいないわ」
プラナは奥へと進み隠されていた小部屋へと足を踏み入れる。
「やっぱり魔法陣らしきものは無いわね、でもこの古代文字…」
プラナは、本とその文字を照らし合わせる。
「えっと…地上へと向かわんとする者よ、地の神に祈りを捧げその力を解き放て。その力が本物ならば汝地上への道が開かれん」
地の神への祈りというのはおそらく地属性の魔力の事ね、プラナは地面に手をやると指先に魔力を込める。すると今まで何も無かった場所に魔法陣が現れた。
「思った通り!えっと次は…この魔法陣に魔力を込めるのね」
しかし、いくら込めても魔法陣が起動しない。
「どういう事?やり方が違うのかも…いや、本物の力つまり、ちょっとやそっとの実力じゃ地上へ行く権利はないという事ね?やったろうじゃない!」
プラナは、今まで以上に魔力を込める。
「ハァァァァァ!」
「こぉんのぉぉ!」
すると、魔法陣が輝き出す。それと同時に術式が展開した。眩しい光がプラナを包み込んで行く。あまりの眩しさに思わず目を覆う。次にプラナを襲ったのは妙な気持ち悪さだった。頭がぐるぐる回っているような、上か下かも分からない感覚に思わず吐き気をもよおす。しかし、それもすぐにおさまり視界が開けた。
辺りは変わらず真っ暗だ。光を灯すがやはり洞窟の中っぽい。
「失敗したの?」
そう思ったが、ふとプラナの尖った耳がピクピクと動いた。
「音…微かだけどなにか聞こえる?」
耳を済ませると、何かを鳴らすような音が響き渡っている。そして、その暗闇の中に一筋の光を見つけた。その光の元へかけよると洞窟に割れ目があり、そこから差し込んでいる。プラナは、夢中に這い上がった。
その割れ目から顔を出したプラナは信じられないものを見た。
「何…これ?」
辺り一面植物が生い茂っている岩盤がない開けた空間、上を見ると何も無いずっと向こうの方にキラキラと光る宝石のようなものが輝いている。それに見とれているとまるで上に向かって落ちていってしまう感覚に陥り、割れ目から首を引っ込めた。
「こ…こここここってもしかして、地上!?成功したの!?」
興奮しすぎて呼吸が乱れる。こんなに高揚したのは初めてだ。もう一度顔を出す。今度は上は見ずに割れ目から恐る恐るはい出た。
「凄い、この床岩じゃない。柔らかくてでも細かくて、触るとサラサラ砕けてしまう。それにこの植物はどれも見た事ない。床から上へと伸びてるこの大きな植物?だよね。多分そうこんなもの見たことない!根元は硬いけど上部には植物が実っている」
ビュウッ
「ッ!」
急にプラナの身体が揺さぶられた。
「何!?攻撃を受けた!?」
魔力の反応は無かった、どこからとも無く流れてくるそれは、プラナの身体に吹き付けてくる。
「魔法障壁展開」
魔法障壁は、自分の周りの内側と外側の空間を遮断する魔法、しかしいきなり攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。1度戻った方が良さそうだ。そう思った時、魔力探知が反応した。
「いる。見られてる丁度真後ろの方角、対象の魔力濃度が薄いせいか正確な位置は掴めないけど、此方を意識している」
こいつが攻撃してきた敵?だったらまずい此方は地上での活動にまだ不慣れ、この場で争うのは避けたい。
プラナは、出てきた穴の位置を確認すると意を決して走った。その時だった。
ビュッ
何かが空を切った音が鳴ったと思ったらプラナの足元スレスレに何かが刺さった。
まずい、完全に狙われている。これ以上進めば今度は確実にこれに射抜かれる。やるしかない!プラナは振り返ると魔法陣を展開した。
(!)
薄い魔力反応を頼りにその方向へと魔法を撃ち込む。
「ハァァァァァ!」
魔力弾、プラナの魔力を具現化しそれを射出する魔法。人に向けることは禁じられているが、相手が人かどうかも分からないし、ましてやこちらを狙って来ている相手に躊躇していたら殺られる。
ドガァ!
プラナから放たれた魔力弾は茂みへと打ち込まれると勢いよく炸裂し床を抉った。
「ダメ、避けられた」
魔力反応が高速で移動する。すかさず魔力弾を撃ち込むが、その速さに着いていけない。
ビュッ!ドスッ!
「きゃっ」
再び足元に刺さると、それに驚き尻もちを着いた。それと同時に茂みから攻撃してきた敵が素早く飛び出してきた。
「しまった」
そう思った時には遅かった。身体に強い衝撃が走ったと思うと、仰向けに押し倒されてマウントを取られる。そして攻撃してきたその正体にプラナは目を丸くした。
自分の2倍以上はあろうかという身体に頭の上にある大きな耳、右手には刃物のような物が握られている。そして鋭く赤い瞳がこちらを睨みつけているのだ。見たところ人のような姿をしている。女だろうか胸の辺りには膨らみが見られる。何とか逃げ出そうと抵抗するが、物凄い力で押さえつけられていてビクともしない。
殺られる!
「キャァァァァ!」
プラナの悲鳴が辺りに響き渡る。
「……」
しかし、しばらく待ってもその瞬間は訪れない。プラナはゆっくりと左目をあけた。するとそれは少し首を傾げると、拘束を解いた。それと同時に直ぐに立ち上がると再び構える。
よく分からないけどチャンスだわ、もう一度体制を立て直して…。しかし、どうも様子がおかしい。相手は持っていた刃物をしまうと手をヒラヒラさせながら何かを伝えようとしている様だ。
(ごめん、人間とは思わなかったから。急に変なもの飛ばしてくるんだもの。魔物かと思ったよ)
あれー、怒らせちゃったかな?すごい剣幕でこっち見てる。それにしてもどこの種族だろう?背丈はかなり小さいし、尖った耳に白い髪、色白な肌もこの辺りでは見たことない。
(敵意はないよ、ほら怖くない怖くない)
「それ以上近づくな!化け物!」
(…これもしかして、言葉通じてない?この子もさっきからガゥガゥとしか言ってないし)
なんだ、さっきから何を喋っているんだ?どうやら攻撃してくる様子は無いが、だがまだ油断はできない。何かを伝えようとしているようだが、言語が違うのか?
それなら、魔力伝達だな。相手の魔力と自分の魔力の波長を合わせて思念を伝達する魔法。これならば言語が違えど、思いを感覚的に伝えることが出来るはずだ。
「むむむむむ」
(どうしよう、なんか怒ってるっぽい?そりゃあんな事されたら怒るよねぇ)
どうしてだ?相手からの反応がまるでない。子供でも多少の魔力反応はあるはずなのだが、目の前の相手からは何も感じとれない。
(えっと、そうだ!翻訳があったんだった。確か128の種族の言語に対応してるとかなんとか)
何だ?腕の奇っ怪なものをいじっていると思ったら、光出したぞ!まさかまた攻撃か!?
(あ、違う!違うの!これは翻訳する機械、装置、マシーン、オーケー?)
「…」
(何か喋ってみて?)
なんだ、話せというのか?
「…おはよう」
ピピピピ
(エラー、該当する言語が有りません)
(あれあれ?おかしいなほぼ全ての種族に対応しているはずなんだけど)
「…」
(…)
2人は首を傾げた。
プラナはそこでひとつの心当たりを思い出した。
「そうだ、あの本」
懐から本を取り出すと目の前の女に指し示した。
(何?本?あ、この文字なら読める!)
この女の反応を見る限りどうやらこの文字は地上の言語のようだ。この本の言語は大体解読できた、つまり文字なら分かるかもしれない。
女は落ちていた枝を拾い上げると、地面に文字を書き上げていく。
「お、ど、か、して、ごめん、ね、もう、怖くない、か、らあん、しん、して」
文字での意思疎通は出来そうだ。しかし、ここで疑問が浮かんだ。この本、何処かの民族の言語を翻訳して書き記したものだと思ったが、文字列を並べると私でも理解出来るのだ。つまり、文字の形は違うけど、使っているものは同じの可能性が高い。あの本に書いてあった通り、私達も元々はここに居たという証拠なのかもしれない。
プラナは枝を女から奪い取ると地面に文字を書き記す。
(えっと何何、あなたは、地上の、にんげ、んなのですか?)
地上の人間?それ以外に何があるんだろうか?
「えっと、そうだよ、私はバニー・ホップ・ランド」
(私は、プラナです)
文字でのやり取りはしばらく続いた。どうやらこの女の名前はバニーと言うらしい。話を聞く限り、この辺の偵察をしていた所私を魔物かと思い威嚇したらしい。この魔物という単語が何を指すのか分からないが、非常に危険なものらしい。それ以外にも興味のある単語がいくつも出てきた。最初に私が攻撃されたと思っていたものは自然現象らしく、地上では普通のことなんだとか、風っと言うらしい。他にもこの大きな植物は樹木という物だとか、上の何も無い空間は空だとか、私には初めて見るものばかりで彼女の話はいくら聞いても飽きなかった。
このプラナと言う少女は、まるで別の星から来た様な雰囲気が感じられる。少女の目に映る全ての物が珍しいらしく、目を輝かせては文字で質問して来るのだ。もしかして本当に別の星から来たのだろうか?しかし、少女と話をしていると何故か懐かしい雰囲気がしてならなかった。