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ライトホラーシリーズ

閉鎖されている臨時駅に隣駅から歩いて行ってみたら

作者: 山家

 別作でも書きましたが。

 この世界では、新型コロナ禍は起きていませんので、その旨、よろしくお願いします。

 今年も暑い夏が来たが、お盆を過ぎると朝夕は気持ち涼しくなる。

 この時期になると、僕は赤とんぼの舞う景色のよい、ある山の麓が恋しくなる。

 20年近く前のこの頃に、1度行ってから、妙に気に入ってしまい、それから毎年、行くようになった。

 

 最初に行ったときは、まだ独身だった。

 20年近い時の流れは、その間に僕を結婚させ、2人の子持ちにさせたが、僕は未だに年に1度、そこに行くのを何故か止められない。

 上の子は高校受験を控え、下の子も今年、小学校を卒業しようとしているのに、僕はどうにも堪らなくなって、今年も行くことにした。


「今年も行くのね」

「うん」

 妻は、この僕の癖というか、習慣に完全に馴染んでいて、その二言で話はついた。

 最初の子が生まれる前の一度、妻が付いてきたこともあるが、その年は皮肉なことに夕立に見舞われ、景色が楽しめなかったのだ。

 20年近い旅の中で、雨にたたられたのは、2度程しかないのに、その件が少しトラウマになったのか、妻は僕だけで行くのを認めるようになった。

 実際、雨が降ると、景色が見えないし、赤とんぼも飛ばないので、あそこは台無しになる。

 そんな会話を妻と交わし、僕は週末の日曜日に、鈍行列車を乗り継いでの日帰り旅行に出かけた。


 僕は、朝早くから出かけた。

 鈍行列車で行く以上、どうしてもほぼ一日掛かりだ。

 夕食には間に合うように帰るつもりなので、朝早く出ないといけない。

 それに、実はもう一つ目的がある。


 途中の列車内で、一杯ひっかけるのだ。

 そういえば、僕が鈍行列車内での一杯をやるようになったのは、何時からだろう。

 それこそ、成人してすぐの大学時代からやっていたような覚えさえする。

 旅のお供の一杯は、本当に気持ちよくて、自分は心から酔える。


 勿論、周囲の乗客に目をひそめられる行為なのは分かっているので、通勤時間帯等にはしない。

 やるのは、こういった早朝等の人が余りいない時だ。

 それに、最近は便利なモノができた。


 以前だったら、缶ビールやワンカップだったので、周りに丸わかりだったが。

 最近は、コンビニで氷の入ったカップを売っている。

 それにウィスキーを入れて飲むのだ。

 臭いをかがれれば分かるが、遠目だと氷入りのお茶を飲んでいるように誤魔化せる。

 僕は車窓の景色を、酒のつまみにしつつ、目的地へと向かった。


 そして、目的地に向かう途中で、閉鎖中の臨時駅が目に入った。

 確か年に1度、最寄りの神社の祭りに合わせて開設される臨時駅だ。

 もっとも、僕の旅の時期とは合わないので、全く寄ったことが無い駅だ。

 だが、この時に酔いもあったのか、僕は妙に気に掛かり、そこに行ってみる気になった。

 ざっとスマホでチェックする限り、帰りに隣駅から寄り道することは可能なようだったのもある。


 目的地で1時間程、散策して、景色を楽しみ、僕は帰途に就いた。

 そして、寄り道するのを失念していた僕は、うっかりまたも酒を買ってしまった。

 本当なら、そこで止めるべきだった。

 だが、悪い酒飲み癖もあり、また、列車内に乗客も少なかったし、で僕はつい飲んでしまい、臨時駅の一つ手前の隣駅で降りて臨時駅へと歩いていくことにした。


 スマホの地図等を信用するならば、それこそ鉄道にほぼ沿って走っている国道を隣駅から、ほぼ道なりに歩いて行けば、その臨時駅にたどり着ける筈で、実際にその通りだった。

 そして、臨時駅から僕が通過してきた隣駅(要するに帰りの道沿いの隣駅)にも、国道沿いにほぼ道なりに歩いて行けば済む筈だったのだが。

 その臨時駅に行ける筈の十字路には、妙な立て看板が立っていた。

「この先、酔客入るべからず」

 僕は、不思議に思わなくも無かったが、酔いもアリ、入ってしまった。


 臨時駅のホームに、自然に僕はたどり着けたが、そこでは妙な光景が広がっていた。

 ホーム上には酔っ払いがたむろしていたのだ。

 列車の止まらないホームに酔っ払いがたむろしている。

 訳の分からない光景に、僕は違和感こそ覚えたが、酔っていたこともアリ、まあいいかと流した。


「おい、新入りかい。まあ呑めや」

「はい」

 見知らぬ人に酒を勧められ、僕は呑んでしまう。

「いい呑みっぷりだ」

 その人は、僕を気に入ったようだ。

 そして、その人は神主か何かのようで、異世界のような衣装を身にまとっている。


「一緒に来てもらおうか。お前さんのような者を待っていた」

 その人は、僕を誘った。

 気が付けば、列車が止まらない筈のホームには列車が止まっている。

 僕は、その誘いの声にのって、列車に乗ってしまった。


 列車に乗ると、その人は言った。

 あの神社は酒神を祀っていること、そして、臨時駅のホームに祭りの日以外に止まる列車は、異界に誘う列車であり、僕が乗ってくれて嬉しいこと。

 僕は酔わされていて、心から思った。

 異界に行くのか、それも悪くないな。


 そして、その日の夜。


「夫が帰ってこないんです。明日は仕事だというのに」

 妻は心配の余り、警察に駆け込んでいた。

 最初、警察の担当者はそう心配していなかったが、その人物が向かった先を聞いて、捜索願を受理し、その臨時駅に最寄りの警察官を走らせた。


「やはり、それらしき荷物が臨時駅のホームに散乱していました」

「そうでしたか」

 担当者は、つらい話をその妻にせざるを得ない、と覚悟を固めた。


「奥さん、貴方の夫は行方不明になったようです。もう、会えないでしょう」

 担当者は、敢えて事務的に言った。

「どういうことでしょうか」

 妻は理解できない事態が起きたのだ、と察しながら、問い返さざるを得なかった。


「問題の臨時駅で、荷物が見つかりました。問題の臨時駅は異界の門がある、とささやかれている駅で、実際に何人もの人が荷物を残したままで行方不明になっています」

 担当者は、淡々と事実を述べた。

「一時、ネットでも開設時以外には行ってはいけない、と警告を流したのですが、却って興味を持っていく者が増えてしまい、行方不明者が増えまして、警告を出すのを止めたのです。更に言えば、臨時駅を廃止しようともしたのですが、廃止手続きを行った者が、相次いで急死しましてね。鉄道会社の方も、触らぬ神に祟りなし、ではありませんが、臨時駅の廃止手続きを諦めて、年に1度の祭りの際の臨時駅扱いを続けている、という曰く付きの駅なのですよ」


「そんな。21世紀のこのご時世に、そんな駅がある筈が」

「実際にあるのだから、否定しようもない話なのですよ」

 妻のそんな筈はない、という主張を、担当者はあっさり斬り捨てた。


「ともかく、祭りが行われる神社の祭神が酒神なので、酒飲みを連れて行って、行方不明にしているのではないか、という推測をして、酒飲み立ち入り禁止、と立て看板を臨時駅の近くに出したら、行方不明者がほぼいなくなったので、安心していたのですが。夫は酒飲みですか」

「はい」

「では、酒飲みということで連れて行かれたのでしょうね。これまで、行方不明者が再発見された例が無いという、超の付く曰くのある駅です。心苦しいですが諦めてください」

 担当者は、苦汁を呑んだような表情を浮かべて、妻にそう告げた。


 妻は途方に暮れざるを得なかった。

 本当にそんなことがあるのだろうか。

 だが、警察の担当者が嘘を言うとは思えない。

 理不尽極まりない話だが、臨時駅に何の気に無しに向かった夫がそんな目に遭うとは。

 夫に還ってきてほしいが、そんなことが望めない事態が起きたとは。

 妻は悲嘆にくれざるを得なかった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 神様も楽しくお酒を飲んでくれる仲間がほしいのでしょうねえ。ずっと飲め飲めと美味しいお酒を注いでくれて、酔いがさめることもなさそうです。 いつか酔客がふと我にかえったら現世に返してくれるかも…
[一言] 理由が理由だけに、酔いが覚め帰宅を望めば「分かった」「気が向いたらまた来い」と二つ返事で帰してくれそうです。
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