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運命の赤い糸

作者:

 美咲は美しい娘だ。

 そればかりでなく、彼女は賢く、運動神経にも優れていた。さらに、優しい気配りと誠実さを兼ね備えており、彼女を知る友人誰もが、「美咲は素晴らしい」という意見で一致していた。彼女は美咲という名が表す通り、美しく成長していた。


 ただ、彼女をよく知る友人の玲子はこうも言っていた。

「ロマンチストと言えば聞こえはいいけど、美咲は少し夢見がちなところがあるわ」


 しかし、美咲の美しさに魅せられた男にとっては、その夢見がちなところも可愛く感じられるのだった。大勢の男たちが美咲に近づこうと必死になった。美咲がプレゼントをもらうことはしょっちゅうだったし、デートの誘いは数え切れないくらいだった。

 彼女は生来の性格の良さと気配りから、男たちのプライドを傷つけることもなく、実にうまく対応していた。食事に付き合うこともあるし、デートに行くこともある。しかしながら、最後には失礼のないよう、丁重にお断りするのだ。


「男嫌いって訳でもないのに、なんで誰とも付き合わないの?今までに格好いい人も、お金持ちも、スポーツマンもいたじゃない。一体どんな人なら美咲は満足するの?」

 かつて玲子はこう尋ねたことがある。美咲はにっこり笑い、夢見るようにこう答えた。


「私は運命の人を待ってるのよ。今までの人もいい人ばかりだったけど、運命を感じなかったの。いつか運命の人に出会えたら、私にはそれが分かるような気がするの」

 こんな風だから、未だ美咲は恋人を持ったことがなかったのである。


 美咲は自分が特別に夢見がちだとは考えていなかった。白馬の王子様を待っている訳ではないのだ。

 ただ、この世界には私の本当に運命があり、自分にも運命の相手がいるような気がしてならないのであった。

 自分の半身とでも言ったらいいのだろうか。その相手に出会っただけで、はっきりそれと分かるような愛。そういう真実の愛が欲しいのだ。周りの友人たちがしている、いつか終わってしまうようなお手軽な恋愛とは違う、心から永遠を信じられるような愛が。


「絶対どこかにいるはずよ」

 確信を持って、美咲はそう言うことができた。友人からはからかわれたりもするが、美咲は決してこの思いを抑えようとはしなかった。


 そんなある日、美咲は玲子とその友人二人とで飲み会に出かけた。

 美咲は運命は信じていたが、出会い方にまで期待しているわけではなかった。出会い方は関係ない。出会うべくして出会うのだから。だから、例え男女の出会いが飲み会でも構わないのだ。


「今日はすごいカッコイイ人ばかりだからね」

 玲子が美咲に耳打ちした。美咲の記憶では、玲子にはすでに彼氏がいたはずだが、今日の彼女はいつもより輝いていた。

 待ち合わせの店に女の子たちが到着すると、どうやら男の方はもう待っているらしかった。


「お待たせしました」

 そう言って、美咲たちはテーブルの席に着いた。男たちは美咲の美しさに一瞬見惚れ、それから溢れんばかりの笑顔になった。今日の俺たちはついている、と彼らは心の中で小躍りした。


「全然待ってないから大丈夫」

 実のところ美咲たちは少し遅れていたのだが、男たちは気にしてないという風に取り繕った。それはそういうものらしかった。


「あれ?男子一人足りないんじゃない?」

 そこで玲子が不思議そうな声を出した。女子は四人に対し、男子は三人だったのだ。


「実は一人遅れるって連絡があったんだ。ごめんね」

 男の一人が謝った。


「そうなの。じゃあ、待った方がいいかしら」

 美咲がそう言うと、三人は首を振り否定した。


「いや、もう先に始めていよう。いつ来るか分からないし」

「そうしよう。じゃあ、注文取ってくれる?」

 こうして、飲み会が始まった。七人は自己紹介をし、仕事や流行、学生の頃の思い出を語り合った。お酒の力もあって、その場は大いに盛り上がった。三人の男は外見も洗練されていて、会話も巧みだった。女の子たちは素直にそれを喜んだ。


 しかし、美咲はかすかな失望を覚えていた。今日もいないのか、そんな思いがあった。三人の男はとてもいい人ではあったが、運命の人ではないと分かったからだ。


 その時、「遅れてごめん」という声が背後から聞こえた。

 美咲は反射的に振り返ると、


 恋に落ちた。


 もう情け容赦なく落ちてしまった。

 恋に浮かれると言う言葉がある。しかし、美咲の場合、落ちるという方がぴったり来ていた。重力と同じように、逆らうことができないのだ。


 美咲はその男から目を外すことが出来なかった。視線の先のその男は申し訳なさそうしながら、席に着こうとしている。彼が遅れると連絡があった四人目の男だったのだ。


「遅いぞ、マサ」

「悪い悪い。仕事が長引いてしまって。どうもこんばんは。政彦といいます」

 そう言ってマサと呼ばれた男は座った。


 美咲は固定された視線を、ようやく意志の力を持って引き剥がした。しかし、意志の力を超えた運命の力が働いたかのように、再び視線はその男に戻ってしまう。

 その男を見ると美咲の体温は上昇し、鼓動は早くなり、顔は上気した。


 美咲は運命の男に出会ったのだと理解した。


 そして、もう一つ理解したことがある。


 私の運命の男は不細工だということだ。


 その男、政彦はまず背が低かった。長身の美咲よりも十センチは低いだろう。顔は間抜けな猿のようだ。間が抜けたようたれ目と濃いヒゲ。さらに、ファッションセンスの全く無い服装をしている。


 長年待ち続けてきた瞬間がついに訪れたため、心は歓喜で溢れかえっているにもかかわらず、頭が断固拒否していた。運命の人がこんな男なんて、と。

 運命の相手が格好いいとは限らないことくらい想定の範囲内であったが、これほどの不細工とは想像していなかった。

 もし間違いならどれほど良かったろう。


 しかし、美咲の心にも分かっていた。運命を感じることを。間違いなくこの男、政彦が運命の相手だ。

 今まで誰にも感じることのなかった胸の高鳴りがそれを証明している。恋に落ちた心が訴えかけてくる。

 美咲はなんとか平常心を保とうと努力したが、自分の心臓がまるで別の生き物のように踊っている。それは、政彦が話したりこちらを振り向くたびにひどくなった。

 美咲はそれからの飲み会をどぎまぎしながら過ごしたのだった。


 そして、帰り際には政彦の連絡先を聞き出した。美咲が彼のような外見の劣っている人間に興味を示したことに、三人の男も美咲の友人も驚愕した。しかし、なんといっても一番驚いたのは政彦本人だった。


 なぜ俺なんだろう?政彦の頭の中は疑問で一杯だった。しかし、外見こそ不細工ではあるが、もともととても素直で気のいい彼はその好意を率直に受け取った。政彦以外だったら、猜疑心が芽生えていたところだろう。


 その後、美咲と政彦は連絡を取り合い、デートを重ねた。周囲の者はそんな二人を不思議そうに見ていた。まさに美女と野獣なのだ。美咲の友人たちはなんとか美咲を説得しようとした。

 曰く、「美咲にはもっといい男が相応しい。政彦と美咲では釣り合わない」、「絶対後悔する。考え直したほうが言い」。

 美咲はそういった友人たちの言葉を確かに理解していた。彼女自身そう感じているのだ。しかし、美咲の出した答えは...



「じゃあ、行ってくるよ」

 そう言って正敏はテーブルを立ち上がった。美咲は政彦を見送るために、一緒に玄関に向かう。政彦は靴を履き終えると、美しい妻を振り返り、抱きしめた。


「愛してる」

 正敏は幸せを噛み締めながら言った。美咲はそれににっこりと答える。その表情も幸せそうだ。


「行ってきます」

「いってらっしゃい、あなた」

 張り切って仕事へと向かう政彦の背中に美咲は声をかけた。


 家を出ると政彦は空を仰いだ。澄み渡った青い空が広がっている。

 美咲と結婚してしばらくになるが、まだ信じられない気持ちである。美咲のような美しくて性格もよい素晴らしい女性と結婚できるなんて思ってもみなかったので、不思議でしょうがない。

 しかし、毎日が幸せだ。幸せ過ぎて、怖いくらいだ。

 政彦は美咲と結婚できた喜びを噛みしめ、つぶやくのだった。


 政彦が家を出ると、美咲は天井を仰いだ。

 政彦と結婚してしばらくになるが、まだ信じられない気持ちである。政彦のような不細工な男性と結婚するなんて思ってもみなかったので、不思議でしょうがない。

 しかし、毎日が幸せだ。幸せ過ぎて、怖いくらいだ。

 美咲は運命の相手である政彦と結婚できた喜びを噛みしめ、つぶやくのだった。


「僕はなんて幸せなんだろう!」

「私はなんで幸せなんだろう?」

いかがでしたでしょうか?


心というものはどうにもよく分からないものだと私は感じることがあります。

なんといっても自分の心なのに自分で制御できない。

頭で考える思考とか意思とか、そんなものとは独立した何かなのかなと思ったりします。


今回の作品では、頭と心が全く反対の立場になっていて、頭では好きになりたくないのに、心は好きになっちゃっているという話です。

最終的には心が勝って、美咲は幸せになってますね。


そんな感じのことを書きたかったショートストーリーでした。


でもこういうことって、現実でもよくありますよね。

好きになってはいけないと分かっているのに好きになっちゃったり。

頭では好きになりたいけど、心が好きになっていない、とか。


ほんと心ってままならないですね。


それでは、読んで頂き、ありがとうございました!

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