第九話 成功
「良く来たな」
翌日、二人は再び『山』に来ていた。
今回鬼島は二人を山道の一つで待ち伏せていた。
「こんにちは鬼島さん」
「こんにちは…今回は待ち伏せですか…」
卓也が少々げんなりした顔で挨拶をした。
「今回だけじゃ。かおりが『水水晶』出来るまでここに卓也も通うんじゃろ?」
「まあ、はい」
「釘刺しとこ、思ってな」
「釘ですか…」
「そうじゃ。次から出迎えせんから、毎回忘れずに家に来るようにな」
鬼島はニヤニヤ笑いながら言った。
鬼島は卓也が肉体労働が嫌なだけで、顔を出さないのではないと考えている。
恐らく卓也は、鬼島が苦手なのだ。
卓也自身に聞いたわけではないので、ハッキリとはしないが、鬼島は年の功か『山』に生きるものの宿命のせいか、感じたもを割りとハッキリと言う。
本人が言ってほしくない事をズバリと言ってしまうことがある。
卓也にも前回だけでなく、何回も気まずい思いをさせた。
それは気がついて無かったことであり、気がついていても目を逸らせていることであったり…。
鬼島がまじめに話をするときは、大抵触れられてほしくない『心』の話なのだ。
鬼島や、代々この『山』にいた者は大体が同じような感じであったそうだ。
そのせいで『山』から足が遠ざかった者、自分の『心』と向き合い大成したもの、挫折した者、『組織』を離れ別の道に進んだもの、様々だ。
「今まで出迎えしてくれてたんですか?」
「戯けが。ワシがいつも家ではなく外で待っておったのをまさか忘れた分けではあるまいな?」
「ああ。あれですか…」
卓也の脳裏には父親に連れてこられて来た時からの、鬼島の行動が思い出されていた。
時には、この前のように突然現れ攻撃を仕掛けられたり、家に居ないと思ったら滝で待ち構えていたり、家の前で待っていたり。
確かに家で大人しく迎えてくれたことは無い。
「まあ、ワシも忙しい。時に家の外で会うことはあるだろうがな、基本ワシは『気配』を感じても動かんからそのつもりでな」
「で、今度は貴方の『気配』をこっちで感知し、挨拶をする、と」
「その通りじゃ。これから心せよ」
鬼島は胸をはり、高らかと宣言した。
「はい…分かりました…かおりも覚えておいてくれ」
「はい」
「それじゃあ、今回の肉体労働始めよか」
そう言うや否や、鬼島は卓也を家の方に引きずっていった。
かおりはそんな二人の後を追って行った。
それから幾度か卓也とかおりは『山』に通った。
そのたびに卓也は、鬼島が家に居ないときには『山』の中を走り回った。
そして、毎回肉体労働。
家屋の修繕、鬼島の趣味の家庭菜園の手入れ…そのほかこまごましたものまで卓也はやっていった。
そしてかおりはその間、せっせと『水水晶』創りをやっていた。
そして…
「卓也!」
「どうした?」
鬼島の肉体労働から解放され、滝に着いた卓也にかおりは今までに無い興奮状態で言った。
「出来た!出来たの!『水水晶』が」
そう言われると、卓也の顔が驚きから満面の笑みに変わっていった。
「おめでとう」
「ありがとう。今日まで付き合ってくれて」
かおりの『水水晶』が完成した。
卓也は何も言わなかったが、それは『山』にかおりという存在が認められた瞬間であった。
大きな『水水晶』を創れるものは大勢居る。
しかし、本当の『水水晶』を創れるものはごく僅かだ。
それは『水水晶』が自分の『力』だけで創りだされるものでなく『山』が創っている過程を観察し、感じ取り選んだものだけに創ることを許すのだ。
許されないものは『山』が感知しない程度の大きさ、つまり握りこぶし大の『水水晶』しか創れないのだ。
『水水晶』が創れない術者が劣っているわけではない。
それはそれで使い方はある。
創れないものは大抵、それでいいと言うし、創れるものも補助として使うためにわざわざ創ることもある。
卓也もその一人だ。
『力』のあるものは幼い頃に『山』につれてこられる。
それには理由がある。
人間は成長するにつれ、だんだんと穢れていくから。
そして、『水水晶』は一度許されれば余程のことが無ければ創り続けることが出来る。
それを術者本人に知らせるのはずっと後。
術者として周りから認められるようになってからだ。
かおりは、卓也は認めていたが『組織』が未だ判断つきかねているので、この件は保留にしてある。
「本当におめでとう」
「ありがとう」
二人はとても嬉しそうに笑いあった。
「それじゃあ。幾つか創っておくか」
「はい」
そう言うと、かおりは滝に向き直り『水水晶』を創り始めた。
「かおり」
幾つかの『水水晶』を創り水に沈めていたら、卓也が言った。
「はい?」
「休憩がてら上流に行こうか?」
「え?でも卓也行ってはいけないって…」
「上流は『水水晶』を創れないと行っちゃ行けないんだ。でも、かおりはもう創れるだろう?」
「はい」
「行かない?」
「いえ。行きます」
「じゃぁ。行こうか」
「はい」
かおりは卓也の案内で滝上の、さらに上流に向かっていった。
「足元が悪い。気を付けてな」
「はい」
二人は歩き続けた。
「着いたぞ」
卓也の足がピタリと止まった。
そこは川の脇にある小さな水溜りだ。
「覗いて見ろ」
卓也はかおりを導いた。
「これは『水水晶』ですね」
かおりは覗き込むと言った。
「その通りだ。でも、ただの『水水晶』じゃぁない」
「?」
「一つ持ってみろ」
「はい」
かおりは卓也に言われたとおりに、近くにある『水水晶』を摘み上げた。
「感じて見ろ。何を感じる?」
かおりは『水水晶』を両手で握り締め全神経を注いだ。
「…何も無い…」
そう呟いた。
「卓也これからは何も感じない。大きな『力』はある。でも、誰の気配も感じない」
「そうだ。それを感じて欲しかった」
「卓也これは?」
かおりは『水水晶』を水に戻しながら聞いた。
「いつかかおりにも創れるようになる」
「私も?」
「この『水水晶』は特殊なんだ。どうしてだか分かるか?」
卓也はかおりを足場のいい場所に連れて行った。
「…『水水晶』は術者の『霊力』を注いで創られるものです」
「そうだ」
「『霊力』には…術者の気配が、その人の『色』のような物が含まれています」
かおりは『水水晶』の方に視線を向けた。
「だから、下の方にある『水水晶』は触れれば自分のかどうか分かります。でもここのにはそれが無い」
「その通り。でも、ここにある『水水晶』の幾つかは俺が創った」
「卓也が…」
「でも、どれかなんて分からないぞ。『水水晶』を創るときお前が言う『気配』や『色』を一切入れてないからな」
「そんなこと出来るんですか?」
「出来るからこそ、今、ここに存在する」
「…それもそうですね」
「まあ、この『水水晶』を創るには更なる修行が必要だがな」
「私もいつか…」
「その内出来るようになる。あんまり考えないようにしろよ。ここに連れてきたのはこういう物がある、それを覚えておいて欲しいからだ」
「はい。でも、なんでこんな…」
「何も感じない『水水晶』を創るか?」
卓也は言いよどんだかおりの言葉を続けた。
「…はい」
「う~ん。理由はいくつか有るけど…そうだな、大きく分けて二つだ。一つは『水水晶』を創れない術者が使うんだ。『霊力』が近い人間同士なら使うことが出来るが、めったに居ないから無属性の『水水晶』に自分の『霊力』を注いで自分の『水水晶』を創った方がいいんだ」
「もう一つは?」
「簡単に言えば、報酬」
「報酬?」
「そう。妖とか神に祀られているモノとかに仕事上協力してもらったりしたら、お礼にするんだ。下手なモノあげるより喜ばれる」
「そうなんだ」
「ああ、後、迷惑かけたとき謝罪するときにもな」
「ふ~ん」
「これを使うときには『組織』の許可が必要になるから覚えておきなよ」
「はい」
「う~ん。休憩終わり。お前の体力が残ってるなら後、幾つか『水水晶』創って鬼島に報告して帰ろう」
卓也は思いっきり伸びをしながら言った。
「はい」
「じゃぁ。行こう」
「はい」
卓也は笑顔で歩きはじめ、かおりもそれに負けないぐらいの笑顔でついて行った。
「そりゃおめでとさん。今度来るときは事前に言うんじゃぞ。ご馳走作って待ってるぞ」
鬼島はかおりが『水水晶』を創れたことにおおいに喜び、かおりの頭をぐしゃぐしゃにかき回しながら言った。
「そのときは知らせます」
鬼島にぐしゃぐしゃにされた髪の毛をそのままに答えた。
鬼島にとっては何人も見てきたことだが『水水晶』を創れた、それを報告するときの喜ぶ顔が鬼島は好きだった。