第八話 失敗
なんかキャラ崩れてきてるような・・・
卓也が鬼島に弁当箱を返しに行った。
かおりは一人空を眺めていた。
空は快晴。
たまに雲が通るが暗くなることは無い。
(卓也遅い…)
しばらく空を見上げていたかおりは、お腹がこなれたことを感じるとスッと立ち上がった。
(やろう…)
かおりは水際に再びたった。
かおりは卓也が戻ってくる前に『水水晶』を完成させてしまいたかった。
卓也は恐らく帰る時間ギリギリに戻ってくるだろうとアタリをつけていた。
卓也はかおりに色々な事を教え、時に付きっ切りで付き合ってくれる。
そして、程度な距離と時間をいつの間にかかおりに与えて、自分ひとりだけの時間を作ってくれるのだ。
僅かな期間しかまだ共に過ごしていないが、かおりは卓也のそんな配慮に気が付いていた。
だから今回も卓也はそう速く戻ってこないだろうと、お腹がこなれてきた頃気がついた。
かおりは深呼吸しながら午前中、卓也に言われたことを思い出していた。
(まずは…)
『落ちついて。息を整えて』
卓也の声が心に響いた。
(次は…)
『水に集中』
(そして…)
『水をそのまま固めようとするな。水を媒介にして、自分の霊力を具現化するんだ』
(媒介…具現化…そう…水はただの媒介…私は私の霊力を具現化するだけ…)
何も知らない人間が見たらただ、水を手のひらに乗せてぼうっとしているように見えるだろう。
しかし、視る力を持った人間が見たらかおりからあふれ出している霊力が手のひらに留まろうと渦を巻いているのが視えるだろう。
かおりはただ無心に水に…己の力に集中した。
(あっ…もうすぐ)
―――パリン―――
集中力を乱してしまった。
かおりはほぼ完成しつつある『水水晶』を感じ取ってしまい、欲をかいてしまった。
折角結晶化しつつあった、今までで、もっとも完成に近かったモノが割れてしまった。
結晶は飛び散り、だんだんと水に戻っていった。
「……また…」
鬼島と卓也によってやっと回復していたかおりの心がまた落ち込み始めた。
『何度やたっていい。時間はまだまたある。これが出来なくて『水水晶』を使ってない術者もいるからな』
また、卓也の声がかおりの心に入ってきた。
(そう。失敗したって何度でもやり直す…今はそれが出来る)
かおりは再び深呼吸をし、まずは心を落ち着かせ始めた。
「やってるか?」
卓也が戻ってきた。
しばらく前に戻ってきてはいたが、かおりの様子を見、声をかけた。
「はい」
かおりは卓也の方をうれしそうに見た。
「なんだか嬉しそうだな。出来たのか?」
「いいえ…完全には…でも、こんなのができました」
そういってかおりが差し出したのは、握り拳大の『水水晶』だ。
『水水晶』に何度も失敗して、気分転換のために手のひらいっぱいに水を汲んで創ったモノだ。
「これを最初に創ったか」
卓也は微かに笑いながらかおりに近づいていった。
「これはちゃんとした『水水晶』が出来たら教えようと思ってたんだ」
卓也はかおりから握り拳大の『水水晶』を受け取った。
「卓也?」
「うん。良く出来てるな…これはな、水の中に入れてもあんまり『力』はたまらないんだ」
「そうなんだ」
「うん。俺はこれを砕いて結界の補助とか、水や空気の浄化に使っている。普通の使うのはもったいないし、『力』がつまり過ぎてて簡単なことに使いにくいからな」
「結界の柱には小さい方を使って、その補助にこれを砕いて使うの?」
「そうだ。どっちも俺の『力』から生まれたモノだから相性の心配はしなくて済むからな」
かおりは握り拳大の『水水晶』を眺めた。
「それは媒介が大きかったから創りやすかっただろう?」
「はい」
「まあ、これの百分の一を創ればいいから…なんとなく創るものは分かっただろう?」
「…なんとなくは…」
「今は、それでいい」
「はい」
「じゃぁ。それ水に沈めて帰ろうか?」
卓也はかおりの手の中にある『水水晶』を指差した。
「はい」
かおりはそう言うと、卓也が導いた所に沈めた。
「卓也いいですか?」
ある昼下がり、かおりは卓也に切り出した。
「何だ?」
「『山』に行きたいんですが…」
「ああ。『水水晶』か…」
「はい。卓也の都合がいい日にお願いします」
「それじゃあダメ」
「え?」
「そんなおねだりの仕方じゃあ、俺は落ちないよ」
卓也はかおりをからかう様な顔で、下から覗き込むようにして言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
かおりは固まった。
卓也は、仕掛けたいたずらがどうなるか見張っている子どものようにかおりを見ていた。
(どう来るかな…)
内心卓也は楽しみなのだ。
かおりがどう出るか。
何をしてくるか。
かおりは、卓也に引き取られて感情を表に出すようになった。
しかし、未だ卓也に対して遠慮がある。
もちろんそれは本当の、普通の家族にもある。
かおりと卓也は、まったく面識がなったのにいきなり一緒の家に住み始めた元は『他人』同士なのだ。
そういった場合、一部の人間を残しては相手にかなり気を使うだろう。
しかし、卓也はそれを望んではいない。
本当の家族以上の家族になりたいと思っているのだ。
だからこそ、卓也はかおりに時々意地悪をする。
かおりとの間にある壁を薄くしたくて。
今回もそう、卓也はかおりに『甘え』てほしいのだ。
外見年齢は同世代といっていいほどのはずなのに。
傍から見ればバカップルに見えなくも無い状況を卓也はあえて作り出している。
もちろんかおりはそれに気が付いていない。
しかし、かおりは卓也が望んでいる事は薄々察していた。
だが、表現の仕方が分からないのだ。
「・・・・・・」
かおりは固まったまま動かない。
「…た、卓也」
「なに?」
しばらく経ったのちかおりが動き出した。
「あ…の」
「ん?」
「み、…『水水晶』をどうしても完成させたいんです…」
かおりは若干赤くなりながら、一気に言った。
「それで?」
「それで、あの…つ、連れてってください」
かおりの声は最早悲鳴に近かった。
「くっくくくく…」
「たっ卓也」
「ごめん、ごめん。あまりに必死だったから…もう駄目…くくく…」
卓也はしばらく笑った。
「やっと収まった」
卓也がようやく顔を上げた。
「よし。今日は今から行くと夕方になるから。明日の朝一に出ようか」
「いいの?」
「ああ。笑っちゃったからお詫び」
「ありがとう」
「どういたしまして」
二人は純粋に笑いあった。