第四話 霊山
「かおり、こっちだはぐれると惑わされるぞ」
卓也の声が響いた。
「は〜い」
かおりの声が続いて響いた。
二人は今、『組織』が所有しているある山の中にいる。
卓也がかおりに見せたい物があるからと、朝早くからかおりを連れ出したのだ。
「卓也。この山は霊山なのに入ってきて大丈夫なの?」
かおりは卓也の追いながら急斜面を登りつつ言った。
「まあ、確かにここは霊山だが入ってはいけないって、決まりは無い。入れるんなら入っていいんだ」
「『入れるんなら』?」
「そう。この山は人を選ぶ」
「卓也は選ばれたんだ」
卓也は歩調を緩めることなく返事をした。
「まあな。でもこの山は、人が好きだからな…よっぽどのことが無い限りは大丈夫だ」
「…選ばれなかったらどうなるの?」
「選ばれた人間とはぐれなければ大丈夫だ。一人だと惑わされる…」
「惑わされる…」
「そう。まあ、迷路みたいなのに引っかかって一日迷った挙句、何も出来ないで山の外に出される程度だ」
「…優しいんだね」
「この山は人が好きなだけだ」
卓也は時々かおりの方を振り向きながら言った。
「この山は血なまぐさいことが嫌いなんだ…気性の荒い山なら肥やしにされるな」
「…そうだね」
二人はしばらく他愛の無い話をしながら歩き続けた。
しばらくすると、二人が歩いている獣道が二手に分かれていた。
卓也はそこで初めて足を止めた。
「卓也?」
卓也は二つの道を見比べてなにやら考え込んでいた。
「…どうしたの?」
「ああ…どうしようかなって思って」
「迷ったの?」
「迷ってはいるんだけど、道に迷った訳じゃないんだ」
「?」
「この山には『守人』が居るんだが、先に挨拶するか、後にするかで迷ってんだ」
卓也は少し困り顔で言った。
「何時もはどうしてるの?」
かおりは少し考えると、聞いた。
「何時もは気分で…」
「…今日は?」
「…出来れば顔を合わせたくない…」
「いいの?」
「いや、駄目だ…山に入った時点で奴は気が付いているからな…挨拶しないと、後で何いわれるか…」
卓也はため息を一つつくと道に向き直った。
「しゃぁない。先に済ませるか」
卓也はそう言うと一つの道を選択し、歩き始めた。
「この小僧が〜」
二人がしばらく歩いていると、突然山中に響き渡るような大声がした。
「あ〜あ、向こうから来たよ」
「『守人』ですか?」
「そう…取り敢えず受け流すだけだ、攻撃はするな」
「は…」
卓也の言葉が飲み込めず、聞き返そうとしたかおりの前黒い塊が降って来た。
「え?」
黒い塊は人間だった。
漆黒を身に纏う七十歳は越えているであろう女性だ。
「ほれほれ、ほれ」
「よっよ、よ」
守人は卓也に向って攻撃を始めた。
卓也はその攻撃を受け流し、自分からは攻撃をしていない。
(こういうことか…)
かおりはただ落ちついて二人の攻防を見ていた。
二人に殺意が無いからこそ、落ちついていられた。
そしてかおりは、先ほど卓也に言われた言葉の意味を理解した。
二人はしばらく攻防を続け、かおりはただ見ていた。
「そろ、そろ…やめま、せん?」
卓也が攻撃をかわしながら言った。
「ならわしに一発決めんか!」
守人は卓也に攻撃を仕掛け続けながら言った。
「一発、決めることは…でき、ま、せんが…止めます」
卓也が宣言すると、守人の足を取り転ばせた。
転ばせるときも卓也は手をクッションにして、ふわりと、恐らく守人はほとんど衝撃を感じることは無かっただろう。
「…相変わらず見事じゃのう…」
守人は転んだまま卓也を見上げ言った。
「貴方も相変わらずです」
卓也は守人を起こしながら言った。
「久しぶりに楽しかったわい」
守人は立ち上がりながら言った。
「紹介しますよ。かおりです」
卓也は守人が落ちつく頃を見計らって、かおりを紹介した。
「ほう…これが例の…うむ、いい子そうじゃ。きっとこの御山も気に入るじゃろう」
ジロジロ、その言葉がしっくりくるほどかおりを見回した後、守人は卓也に向けた同じ種類の顔をかおりに向けた。
それは愛情と親しみのこもった顔、『友』へ向ける顔だ。
「貴方がそう言うなら大丈夫ですね。…良かったなかおり」
卓也はとても誇らしそうに、嬉しそうに言った。
「卓也。わしを紹介せんのか?」
「ああ、すいません。かおりこちらが、この山の『守人』鬼島 春子さんだ」
卓也は守人、鬼島に促されてかおりに紹介した。
「挨拶が遅れてすいません。かおりです。はじめまして」
かおりは深々とお辞儀をしながら言った。
「わしも挨拶抜きじゃったな。鬼島じゃ」
鬼島も軽く頭を下げた。
「さて、卓也。今日はわしの所に泊まっていけ。しばらく男手が無かったのでな、仕事は山ほどあるぞい」
「…またですか…」
「精を出せ。若いの」
鬼島はそう言いながら卓也とかおりの手を取り、先立って歩き出した。
「やれやれ。相変わらずだな…かおり、用事は明日になる…今日は彼女に付き合うぞ」
こっそりと小声で言った。
「はい」
かおりはどこに連れて行かれるのか、何をさせられるのか全く分からないはずなのに卓也と共に居る、ただそれだけでこんな状況でも笑顔であった。
長い間更新できなくてすみませんでした。
今回はどうでしたか?