第三話 結界
「さて、病院中を一周して『祠』まで来たが、どうするか決まったか?」
かおりは『祠』内部をしばらく視ていたが、卓也の声でそこから離れた。
「決まりました」
「で?」
「中を見てください」
卓也は、かおりが指差した『祠』の内部を身を屈めて覗いた。
「…これは…」
「いいモノがあったでしょう?」
かおりはとてもうれしそうに話した。
「そうだな」
「これを上手く使えれば前回と遜色のない結界が張れます」
「ああ…で、具体的にはどうするんだ?」
卓也はかおりにと向き合った。
「『祠』に分かれた水晶を入れます」
「行方不明になったあの一つ以外の全部?」
「はい。ここに有るのを含めて四つ。ここに収めます」
「その後は?」
「その後、これを使います」
そう言ってかおりは『祠』から手のひらに乗るほどの大きさの四つのモノを取り出した。
それは、四神の置物であった。
青龍・白虎・玄武・朱雀を模ったモノだ。
それ自体に『力』が宿っている。
かおりが『祠』の中を覗いたときに見つけたものだ。
「なるほどな…お前の思う通りにやりな。もし、手に余るようなら力を貸す」
卓也は、とても嬉しそうに言った。
「ありがとうございます」
「じゃぁ。何時にする?」
「今から準備をすれば…今晩にも」
「そうか。じゃぁ、始めようか」
「はい」
かおりは、今晩に備えての準備を始めた。
卓也はそれを監視していた。
「少し手間取ったな…もう夜中だ…」
「すいません。こんなに手間取るとは思わなくって…」
「いい…時間がかかるのが分かってても、手を出さなかったからな」
二人はあれから病院敷地内を歩き回り、様々な準備を行った。
そして、夜中になり準備が整った。
「では、始めます」
「失敗は恐れるな。なんかあったらどうにかしてやるから」
「ハハハ…お願いします」
かおりは乾いた笑みを浮かべながら『祠』に向った。
かおりは回収してきた水晶を『祠』内部中央に配置し、四神の置物を東西南北の外向きになるように置いた。
「最終準備整いました」
「よし…思いっきりやれ」
「はい」
かおりは一度大きく深呼吸をした。
かおりが行った術方は基本に忠実なものであった。
卓也もそんなかおりに何も言わずただ、見守っていた。
(うざいのがやって来た…)
卓也が空を仰ぎ見た。
術を発動させているかおりには気がつかれない場所に『組織』の式神が居る。
かおりの監視だ。
(…いや。俺の監視も含まれてんだろうな…)
卓也は式神を意識しつつ、かおりの手際を視ていた。
(…情に流されてかおりを逃がさないか…の、な)
卓也がそんな事を考えている間にかおりの術は最終段階に入っていった。
かおりが複雑な印を組、呪を唱え『祠』に『力』を集中させた。
『祠』に集中した『力』が光の柱のように立った。
その光の柱の光は常人には視えない光だ。
しばらくすると柱の上部が、枝分かれをするように広がり始めた。
まるで噴水のように光が病院を包み込んだ。
しかし、かおりの『力』が定まらないのか光の領域の範囲が何度もぶれた。
「かおり、大きくしようとするな。一定の大きさに留めようとしろ」
何度か光がぶれた後、卓也がかおりの集中力を切らさない程度の声で言った。
「…はい」
かおりは浅く息を吐き意識を集中しなおした。
(…このまま行けば…上手くいく)
卓也は再び傍観者となった。
かおりが創った光は新病棟を包み込み、ある程度の大きさで安定した。
「…卓也…」
かおりが苦しそうな声で呼んだ。
「…タイミングか…いいだろう。ただし、助言だけだ」
「はい」
かおりは言葉少なく、しかし、ハッキリと言った。
「お願いします」
「もっとだ。もっと『気』を集中させろ。大きさはこのままでいい。濃度を濃くしろ」
「はい」
「それと、手のひらにありったけの『気』を溜めろ…そろそろだ」
「…はい」
卓也は最後の仕上げのタイミングを計っていた。
かおりは卓也の合図を待っていた。
「今だ」
「はい」
卓也の合図と同時にかおりは溜めてあった『気』を『祠』に流し込んだ。
「上手く行ったな…」
「はい」
日の出ごろ。
二人は病院の正門にいた。
卓也は寝不足顔。
かおりはぐったりしていた。
あの後、かおりは自分の『気』を見事に操り結界を張った。
「初仕事にしては難易度が高かったが、よく完遂した」
「はい。ありがとうございます」
「後は、自分の『気』を使い切って疲労困憊しないようにするだけだな」
「はい…精進します」
「そうしてくれ」
二人は雑談をしながらその場を去っていった。
(式神も居なくなったな…)
卓也は明るくなりつつある空を見上げた。
「それにしても、よく『祠』の中にあった置物を外向きに置いたな…あれを内向きに置いてたらやり直しだったぞ」
卓也は家に帰り『組織』に提出する報告書の書き方をかおりに指導しながら言った。
「元々は確かに内向きでしたけど、あれは元々の結界が東西南北と中央の『祠』の五柱からなっていたから、内向きに『力』を向ける必要があったから…でも私は『祠』に『気』を集中し、一本柱で結界を張るから『力』を外向きにしないとならなかった…」
「向きによって『力』の流れは変わってしまうからな…これからも細かいことを気にしてやっていけよ」
「はい」
かおりは素直に頷いて言った。
「よし。さっさと書き上げてしまおう」
「はい」
かおりの顔は幸せに満ちていた。
とりあえずひと段落しました。
これからは2〜3話ぐらいの短編を載せるつもりです。