第二話 見回り
「これが仕事になるんだ」
かおりは関心半分あきれ半分で呟いた。
「まあな、だから『力視』の仕事なんだ…本当は」
そう答えた卓也もかおりと同じような心境だった。
それもそのはずだろう。
二人の目の前に有るのは祠だ。
しかもその祠は、水族館の中にあるお遊びで建てた物だ。
しかし、お遊びでも祠は祠。
お遊びでそれに手を合わせても『気』は向う。
向った『気』は溜り、そして淀む。
淀めば人に影響が出る。
だから、その前に『気』を『祓う』のが今回追加された仕事だ。
本来だったら『力視(霊力があると断定された人間)』にどの程度力があるのか調べるための、極めて危険度の低い仕事だ。
「まあ、ぼやいても仕方が無い。始めよう」
卓也が周りに人が居ないことを確かめると気持ちを切り替えるように言った。
「はい。ではまずどうしたらいいですか?」
「『力視』の場合はこっちでいろいろとお膳立てをするんだが、お前はその必要が無いから俺は口だけ出すぞ」
「はい」
「では、まず視線逸らしの結界を張れ」
「はい」
かおりはそう言われると、祈るように手を組んだ。
数秒そうしていると周りが揺らいだ。
「張りました」
「よし。OKだ。これで人が通っても俺たちには気づかない」
揺らぎが収まるとかおりは手を解いた。
「でも、実戦経験がないせいか少し時間がかかりすぎる。きちんとした結界が張れているから後は慣れだな」
「はい」
かおりは神妙な顔で頷いた。
そこには朝、卓也に甘えていたかおりの顔は無かった。
仕事に入れば弟子と師匠の関係、卓也が自分の父親とそうであるように、かおりもきちんと区別している。
「次はどうすればいいでしょうか?」
「溜まっている『気』を祓い、しばらくの間は『気』が溜まらない様に見えない場所に魔除の札を貼る」
「分かりました」
かおりは頷くと祠の前に祈るように座った。
「・・・・・・」
(ほう…流石)
卓也は感心した顔でかおりを見た。
かおりは自分の『気』を高め、口笛を吹くように祠に息を吹きつけた。
「溜まっていたものは祓えました。これより札を制作します」
「最後まで気を抜かぬように」
「はい」
かおりは『気』を込めた息を吹きつけただけで溜まっていた物を吹き飛ばしてしまった。
(ここまではよし…)
かおりは持っていた荷物から手のひらサイズの白紙を取り出し、それを額に当てて念じ始めた。
かおりの『気』が紙に集まり、白紙の紙に文字と紋様を浮き上がらせた。
「気を抜くな」
卓也はかおりの『気』を乱さない程度の声で言った。
どれほどそうしていたのだろうか、かおりが顔を上げたときには、二人して汗が浮かんでいた。
「札が出来ました」
一息つくとかおりは卓也に札を差し出しながら言った。
「よし、見せてみろ」
卓也は札を受け取ると細部まで細かく見た。
「よし、完璧だ」
そう言うと卓也は札をかおりに返した。
「では、貼ります」
かおりは札を手に取ると祠の底、覗き込まなければ見えない所に貼った。
「よし。結界を外せ。それで、終わりだ」
「はい」
かおりは一回大きく手を打った。
そうすると一瞬周りが揺らぎ、結界が外れた。
「後、これと同じようなのを幾つかやる。うまくまわれば今日中には終わるぞ」
「はい。行きましょう」
そう言うと二人は次の場所に向かって行った。
「卓也。おはよう」
「ああ、おはよう」
翌日、二人は最後の仕事場所近くの旅館に泊まった。
「昨日で追加分終わってよかったね」
「そうだな。お前もだんだん慣れてきたし、手際も、あの短時間でよくなった」
「本当?ありがとう」
「でも…」
「はい。今日が本番ですね」
「そうだ。気を引き締めろよ」
「はい!」
朝食も終わり、二人は気晴らしに近くを散策し、昼過ぎには本来の仕事場所に着いた。
「ここ?」
「そうここだ」
かおりはソレを見上げた。
「ここまでほっとくとは…ある意味すごい…」
「本当に…」
二人はあきれ返って見上げていた。
「ここまですごいなら最優先にすべきなのに…」
「…とりあえずどうしますか?」
「そうだな、とりあえず周りと、その後中を見回るか」
「はい…」
二人がいるのは病院の敷地内だ。
一般的な少々古い感じがする。
しかし、二人が視ていたのは建物ではない。
建物に纏わり付いているモノを視ていた。
視える者には見える物を視ていた。
「かおり」
「はい」
「資料はよく読みこんだか?」
「はい」
「では、周りを視ている間に説明して見ろ」
「はい。まずこの病院の始まりは今から約五十年前。一族経営。建物は何度か改築。今は二代目が経営を担当。その二代目が五年前新病棟を建てた頃から異変が起きた」
「その異変とは?」
「ラップ現象、ポルターガイスト等。あまりに病院の人間が騒ぎ立てるので二年前新病棟の屋上に『祠』を建てた。それから騒ぎは少なくなった」
「で?今回『組織』に依頼が来たきっかけは?」
「二代目が視てしまったから」
「そう…ただの勘違いや気のせいだと、済ませてほっといた人間自身が視てやっと騒ぎ出した」
「新病棟を建ててから病院の経営は悪化。今は潰れるかどうかの瀬戸際…」
「悪評までは祓えないのにな…」
「でも、祓いを行ったら居心地は格段に良くなるはず」
「まあ、俺に言わせて見れば無駄な努力だな…」
かおりは何か聞きたそうに卓也を見たが、卓也のほうが先に口を開いた。
「『祠』を建てたのは『組織』の人間だ。そして、二、三年に一度『祠』の浄化を行なわなければ、また同じような事が起こると警告した」
「『祠』を建ててから二年。ちょうど警告した頃ですが、少し溜りすぎでは?」
「そうだな。俺も実際に視て驚いた…ここまでとは」
「なぜこんなに溜まってしまったのでしょうか?」
「おそらく、これがその理由だ」
そう言って卓也は止まった。
かおりもつられて止まり卓也の目線の先を見た。
「どうして…」
かおりは呆然と呟いた。
其処は病院の裏手に当たる場所だ。
二人の目線の先に有ったのは、何も無い更地だ。
その更地で幾人かが、何やら作業をしていた。
「あの、何をしてるんですか?」
思わず、っといった感じにかおりが近くにいた人に話しかけた。
「ああ、ここにリハビリセンターやら病院に入っていない科の診療所を建てるんだよ」
人は嫌な顔一つせず答えてくれた。
「・・・・・・」
「…そうですか。ありがとうございます」
かおりがその答えに止まってしまった変わりか、卓也が例を言い二人はその場を後にした。
「『組織』の術者は警告しなかったの?」
しばらく歩くとかおりが口を開いた。
「警告はしておいたはずだ…しかし、工事を決めたのはここの二代目…恐らく経営不振を一掃するために大規模開発をすることにしたんだろう」
卓也はあきれ返っていた。
「かおり」
「はい」
「『組織』がこの病院に施した祓いの説明をして見ろ」
「はい。まず新病棟の屋上に『祠』を建て、それを中心として東西南北に『力』のある石、もしくは水晶を配置した」
「そうだ。配置したのは水晶だ…そのことを警告したはずなのに…」
「工事をして水晶を動かしてしまった…」
「ああ…近くに行ったときに探ったが、水晶は無かった…恐らく土砂と共にどこかに運び出されてしまったのだろう…」
「愚かな…」
二人は今度は病院内部を視るためにまずは、元々あった病棟の方に入って行った。
「こっちはとばっちりだな」
「そうですね」
二人は人に気がつかれないように自らの気配を消し、人が見かけてもけして、例え知り合いでも認識せず記憶に留まらない様にした。
ただし霊力がある人間は別だが…。
「新館に集まった色々なモノがこちらに流れていている…感じですね…」
「そうだ…あっちに行くのは気が重いな…」
卓也はしばらく歩くとかおりに聞いて見た。
「かおり。今の段階でのお前の見解を言ってみろ」
「あ、はい。…こちらの病棟は新病棟に溜まったモノが流れて来ているだけ…なので、新病棟の方を祓い、結界をきちんとすれば、こちらの病棟は簡単な祓いで済むはずです」
かおりは少し考えると、自分が思ったことを口にした。
「正解だ。それじゃぁ、結界はどうやって張る?前任者が残していったモノは、ここの二代目のせいで使えなくなった。残された水晶や、前任者に連絡を取り、新しい水晶を取り寄せる事はできる。しかし…」
卓也は言葉を切るとかおりに問い掛ける様に顔を向けた。
「…恐らく一つの水晶を四つ…いえ、五つに分け東西南北と『祠』に収めた…」
「そうだ。一つのモノを分けることで結界を強化したが、その一つが欠けた」
「たとえ似たような水晶で結界を張り治しても所詮は『違う』モノ…合わない」
「しかし、今ある水晶を取りのぞき、新しい力のあるモノを媒介にしようとしても、たった二年とはいえこの『地』の『守り』をしていたモノを取りのぞく事は、事態の悪化に繋がる可能性がある」
「では、どうしたら?」
「これはお前の仕事だ、まずは自分で考えてみろ。考えて、考えてお前の答えを出してみろ・・・俺に助言を求めるのはそれからだ…行くぞ…」
二人はいつの間にか新病棟に繋がる渡り廊下についていた。
「ひどいですね」
「そうだな、よくここで働ける…」
新病棟に入ってから二人は落ちつき無くあたりを見回した。
視える二人はもちろん視えない人間にも何かしら感じるであろうと、思えるほどにひどいものだった。
「ここに居たら治るものも治らない…」
「でも、半分以上ベッドはうまってますね」
「…普通はほとんどうまってるもんだがな」
「かおり、ここはどうしてこんなに溜まっていると思う?」
「…え?」
「この新病棟、どうしてここまでになると思う?」
かおりは急に話しかけられ、卓也の言葉を聞き逃してしまった。
「これじゃあ、落ちついて話も出来ないな…かおり、少し祓ってみろ」
「あ…はい。…臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
かおりが九字を切ると二人の周りにいたモノは一瞬にして消え去った。
「こんなに溜まったところは初めてだからな…辛いなら祓っていいからな。何も我慢する事はない。悪いモノを祓うんだ、躊躇することは無いぞ」
「はい」
かおりが頷くと卓也は質問を繰り返した。
「で、どうしてここはこんなになったと思う?」
「ここは『気』の通り道です」
「あっちの病棟も通り道だが、どうしてこっちのとばっちりしか受けてない?」
「あちらの病棟は、一代目か建設に携わった人間の誰かがそういった知識があり工事手順や建物の向きなどを考えて建てられています」
「こっちはどうだ?」
「まったくそう言った事に配慮がされていません」
かおりはハッキリと言った。
「その通り」
卓也はその答えに満足そうに頷いた。
「さて、その事を踏まえたうえで見回って、方針を決めようか」
「はい」
かおりは顔を引き締めるとしっかりと歩き出した。