二章 とある賢者の死④
くらかま喫茶店は個人経営の喫茶店で、市内中心部である坂見駅の北口から少し道を逸れた場所にある。今時珍しく全席にて喫煙が可能な場所で、次第に数を減らしつつある愛煙者の数少ない溜まり場になっている。
高村は来店を知らせる鈴の付いたドアを開けて、中に入って少したじろいだ。何故なら、少し薄暗い店内には若者らしい若者はおらず、場違いな場所に来てしまったと感じたからだ。
高村は煙草の匂いの染み付いた店内を見回すと、入って奥の方に、高村に対して小さく手を振っている男がいた。
歳は四十代だろうか、喫煙者が猛威を振るっているこの店内で、彼は煙草を吸う素振りも見せずに静かにコーヒーを飲んでいた。
「急に呼び出して済まんね」
「いえ」
「まあ取り敢えず座りなされ」
男に促されるままに高村は対面の席に座る。ふと、彼は男の席の隣に女の子が座っているのに気が付いた。年齢は自分と同じくらいだろうか、高村は少女を見ながら邪推する。ショートの髪にほんのり少しだけ日焼けした肌のその少女は、ぱっちりとした瞳で手にしている文庫本の中身を目で追っている。
「おい、来なすったぞ」
少女は肩を軽く叩かれて、体をビクリとさせた。
「は、す、すみません。つい」
少女は反射的に頭を下げる。
「自己紹介といこう。俺が全道、全道道明だ。んで、こっちが杜ノ宮一」
「は、初めまして。よろしくお願いします」
少女、杜ノ宮一は再び頭を下げる。
「どうも、高村幸太郎って言います。あの全道さん、彼女は」
「電話の時に話しただろう? 身辺警備についての話、って」
「えっと、それってまさか」
「ああ、察しが良いな。その通りだ。彼女がその護衛役だよ」
高村は杜ノ宮を見る。まだ幼さをその相貌に残した少女もそわそわしたように目を泳がせている。
「あの、私の顔に何か付いてるでしょうか?」
「ああ、ごめん。なんでもない」
「どう見ても、そういう風には見えないって顔してるな」
高村の様子を見ながら、全道は言った。
「ええ。そりゃそうですよ、当たり前じゃないですか」
「だそうだ、杜ノ宮。お前じゃ頼りないと」
そう全道は横にいた杜ノ宮に告げると、彼女「え」と声を漏らした。
「そうですよね。頼りないですよね、こんな見た目ですし、いえ、でも私」
段々と声が小さくなっていく。
「坊主、ハンターって分かるか?」
「ええ、円さんから聞いています」
ハンターというのははぐれ魔術師やそれに準ずる存在の捕縛、処分を生業とする者達の事だと四方坂は言った。誰もが戦いに関する知識が豊富で、並の魔術師では歯が立たないという。そして物騒な仕事のためか、その分稼ぎがいいのだとも四方坂は言っていた。
今目の前にいるこの大人しめな少女が、そのハンターだというのか。
「まあ、仮に彼女が普通の人間だったとしても、一人より二人いた方が心強いだろう。騙されたと思って連れて行け。ま、実力は見てからのお楽しみだ」
全道は不敵に笑みを浮かべた。