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西の賢者が死んだ  作者: 安住ひさ
二章 とある賢者の死
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二章 とある賢者の死①

「よう」

 高村が昇降口の下駄箱から上履きを取り出していると、横から陽気な声がした。高村が振り向くと、それは同じクラスの高崎であった。

「久しぶりだな」

 そう言って顔に満面の笑みを浮かべる高崎。それにほだされてか、つい高村まで笑みを浮かべてしまう。

「久しぶりって程でもないだろ。まだ数日だ」

「数日でも体感的には久しぶりな感じだろ。学生生活は一日一日が長いんだからな」

「さいで」

 歩きながら二人は他愛もない談笑に耽る。休日にベンチでうとうとしている中年男性の(ひざ)の上で野良猫が寝ていただとか、それを見ていたら突然黒人の外国人らしき男に道を聞かれただとか、そんな話をしている内にあっという間に教室に着いてしまった。

「受験も少しずつ意識しないといけないな」

 席に着くなり、高崎は唐突に言った。

「ちょっと気が早くないか?」

「そうは言うが折返し地点だぞ? まあ、三年からでもどうとでもなる連中はどうとでもなるがな。でも俺はそんなに器用じゃないし、お前もぼけっとしてるとやばいぞ、アカテンセンセイ」

「買い被るなよ。俺はまだ低空飛行だけど、未だに赤点は取った事はないからな」

「逆に感心だな。どうやったらそんな擦れ擦れの低空飛行が出来る?」

「ま、ちょっとしたコツってやつだ」

 得意げに高村は言った。

 高村と高崎は前と後ろの席の関係だった。高崎とは二年生のクラス替えの時に初めて知り合ったが、高崎が朗らかな人間だった事もあり、すぐに打ち解けて仲良くなった。そして数ヶ月もした頃には、高崎とは一年の時に一年間過ごしたクラスメイトの誰よりも打ち解けた関係になっていた。

 高崎との会話の最中、ちらと高村は教室の廊下側の方を見やると、女子クラスメイトと目が合った。花田というそのクラスメイトはいやににやけた面で高村に何か言っていたが高村にはそれが何かは聞こえなかった。

「おい、高村」

 突如、高村はくいと顔の向きを変えられる。高崎と目が合った。

「お、おお、高崎か」

「聞いてたか? 俺の話」

「当たり前だろ聞いてたって。俺をなんだと思ってんだ」

「じゃ、俺さっきなんて言ってた」

「確か進学先がどうとか」

「聞いてねえじゃねえか、全く。ま、いい。お前も少しは建設的な将来を考えろよ。お前に残されたのは最早勉学だけだからな」

「そりゃないだろ。もっとこう、美術的な感覚とかさ」

「お前、本気で言ってるのか?」

「あの、な、そんな真顔で言わないでくれ。すげえ惨めな気分になったわ」

「少しは身の程を知れ。今のお前は、いや、なんでもない。まあいい事あるさ。体育館裏に呼び出しとかな」

「それっていい事とは限らんだろ」

「そういやそうだな」

 はは、と屈託なく笑う高崎。一体何が可笑しいのやら、それにほだされて高村まで笑ってしまった。



 坂見市は人口三十万程の海に面した地方都市である。中継港として発展したこの街は市内北にある坂が風光明媚(ふうこうめいび)な場所として知られており、春や秋の季節になるとアマチュアの写真家や散歩をする人で賑わう。市内南にある坂見駅は坂見市の中心区域であり、駅から南の港地区へと通じる二キロメートル程の大通りにはビジネス街が広がっている。駅周辺は繁華街が広がっており、夜になると若者や仕事帰りの勤め人などで(あふ)れていた。

 高村の通う坂見北高等学校はそんな街の北部にあった。県立の進学校であるこの高校は通称「北高」と呼ばれており、全国で活躍する部活など取り立てて特徴のあるものは少なかったが、文化祭などは活発でありそれは地域でもそれなりに有名であった。

「高村」

 放課後の事であった。高村は一人女子生徒を残して人の居なくなった教室から帰ろうと廊下を歩いていたら、担任である千葉が声をかけてきた。

「なんですか?」

「率直に聞いてみるんだが、最近何かあったか?」

「え?」

 高村は一瞬固まる。千葉は高村の動揺を察したのか、周りに人がいないのを確認してから高村に顔を近付けてきた。

「高村、お前は最近陸上部を辞めただろ。それは別にいいんだが、その、な、悩みがあるんなら話してくれんか。見て見ぬふりだと俺も悶々とするんだ」

「心配性ですね。禿()げますよ」

「お前という奴は」

「別に大丈夫ですよ。陸上辞めたのも大した理由があって辞めたわけじゃないですから。ほら、これから受験勉強も考えないといけないし。そんなんです」

 高村が言うと、千葉は眉を吊り上げる。

「その割には成績は特に上がってないみたいだが」

「俺、勉強方法が悪いんでしょうね。要領よくないし今度誰かに聞いてみようと思います」

「そうか。ならいいが」

「じゃあ、これで」

 高村は軽く礼をして足早にそこを去ろうとする。

「おい、高村」

「なんですか?」

「お前、誰かに嫌がらせとか受けてないよな」

「え? いや、別にそんなん受けてないですけど」

 何故か神妙な面持ちで、(ささや)くような声で尋ねてきた千葉に高村は反射的に(うなず)く。何か、自分のいない所で自分の悪口でも聞いたのだろうか? 今まで爽やかさが売りのこの担任からこんな態度を取られた事は無かったから、高村は少し面食らってしまった。

「俺の陰口でも聞いたんですか? だったら俺も少し傷付きますけど」

「いいや、そうでもない。済まんな、変な事を聞いてしまった」

「先生疲れてるんじゃないですか? 先生頑張り過ぎだし、一日位休んでも誰も文句言いませんよ」

「そんな事言って、本当は授業サボりたいんだろう」

「いえいえ、んな事無いですって。俺は真面目ですから」

「嘘つけ」

 言って、千葉は苦笑した。

「じゃあな。最近何かと物騒だから寄り道せずに帰れよ」

「へーい」

 千葉は高村に背を向けて教室の中に入っていった。

 名簿とかの忘れ物だろうか、高村は千葉が教室に入っていった事に首を傾げながらもその場を後にした。

 校舎を出た高村はふとぼんやりと空を見上げる。空は灰色の濁った雲に覆われていたが、雲間より陽光が降り注いでおり、ある種の神々しさを地上にまき散らしていた。科学を知らない昔の人間が見たら、神や仏とやらがいると信じるのも無理はないのだろう、などと高村は考えながら学校の外へ向かって歩き始めた。


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