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西の賢者が死んだ  作者: 安住ひさ
三章 キメラの少女
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三章 キメラの少女③

 高村は四方坂邸へと帰り着くと、屋敷のドアを開けて靴を脱ぎ居間に入っていった。

 居間には四方坂がいた。ソファに腰を掛け、ノートパソコンを開けたまま左腕を擦ったり揉んだりしていたが、高村が居間に姿を見せると、ノートパソコンを閉じて徐に顔を上げた。

「あら、お帰りなさい」

「ただいま戻りました」

 高村がそう告げると、四方坂は口元に手を当てて笑う。

「あれ、なんか可笑しかったですか?」

「いいえ、そういえば今日は自分の家みたいに入ってこれたわねと思って」

「は、はあ」

 それで何故笑うのか、高村には四方坂の感覚がよく分からなかった。

「そういえばさっき左腕を触ってたみたいですが、腱鞘炎(けんしょうえん)か何かですか?」

「あら、見ちゃったのね。そうなの、なんか違和感があってね。最近手の辺りが熱っぽいし、歳かしら」

「あ、はは」

 冗談で言ってるのか本気で言ってるのか分からず、高村は思わず苦笑いする。

「それで、今日も調査かしら?」

「はい」

 高村は頷く。別に一刻を争うというわけではないが、なるべくこの状態に終止符を打ってしまいたいと彼は考えていた。多分、夜は四方坂邸にいれば安全なのであろうが、その分四方坂に迷惑をかけてしまう。四方坂は気にしないと言うが、実際のところ少しは迷惑を感じているだろうし、高村としても他人にどっぷり頼り切りになるという状況を快くは思っていなかったからだ。

「円さん、杜ノ宮さんはどうしてますか?」

「彼女なら今は屋敷にいないわよ。市内を視察するって外出したけど」

「そうですか」

「あら、彼女に用事?」

「いえ、そういうわけではないです。ちょっと聞いてみただけで」

「そうね。一ちゃんは可愛いものね。健気な感じもするし」

「えと、なんの話ですか?」

「ううん、なんでもないわ」

 そう言った四方坂はしかし、「含みを持たせた笑い」という言葉がとても似合う表情を浮かべていた。


「それにしても高村君。調査もいいけど、頭の中は大丈夫?」

 高村に紅茶と菓子を出しながら、ふいに四方坂は聞いてきた。

「あの、それって俺が鳥頭って事ですか?」

 言われて、四方坂ははっとして苦笑する。

「え〜と、ごめんなさい。そういう訳じゃなくて、決してそういう訳じゃなくてね? 誤解しないでね? ね?」

「は、はい。えーと、じゃあどういう意味なんですか?」

「あれよ、あれ。そう、頭の整理をしなくても大丈夫なのかって言いたかったの」

 そう言ってほっと安堵する四方坂。高村はその言葉に「そうですね」と頷く。

「ひょっとしたら、幸太郎君は頭の中だけで整理出来る子なのかもしれないから余計なお世話かもしれないけど、定期的に情報の整理は目に見える形でしておいた方がいいわ。そうする事で見えてくるものもあるから」

「いえ、ありがとうございます」

 冷静になれば当然の事だが少し気持ちが焦っていたのかもしれない。高村は(かばん)からキャンパスノートを取り出し、自分がこれまで知り得た情報を書き出していく事にした。


《賢者の石について》

・賢者の石は元々西の賢者と呼ばれた八意が所有していたもの

・八意は四方坂円の師である

・八意は魔術師でもあり、呪術師でもあった

・賢者の石は石の形をしているとは限らない。誰も実物を見た事がない

・賢者の石の効能は不明。名称も仮にそう呼んでいるだけ


《賢者の石の行方について》

・現時点で持ち主は不明である

・賢者の石を奪った人物は賢者にカウンターとして呪詛を喰らっており、一年の間は街を出る事は出来ない

・石自体に賢者の仕組んだ罠がかかっており、坂見市を出れば賢者の石が出ていった事を四方坂は感知できる

・賢者の石が出ていった反応はない

・賢者の石を持った人物はまだ街の中にいる

・既に賢者の石を奪った人物から石が何者かの手に移った可能性あり


《賢者の敷いたルール》

・賢者の石を盗人から取り返して市内に持ち出した者が正式な所有者となる

・もし賢者の石が市外に持ち出された事が判明し次第、賢者の使い魔であった(はと)がその旨を参加者に告げる

・賢者の石奪取のため市内で起こす事は全て不問とする。但し、一般人への漏洩は許されない

・期限は半年以内


《補足情報》

・魔術、呪術の素養のある者が坂見市に入ってきた場合、賢者の仕掛けを利用して四方坂がそれを把握する事が出来る

・三週間前程からこの争奪戦は始まっている

・身元不明の変死体がいくつか発見されているが、それは(ことごと)く賢者殺害事件の関係者である

・最近は新しい魔術師による参入は殆ど無く、また、数人の魔術師は既に手を引いている


 こんなものか、高村は深呼吸をする。次いで、現在把握出来ている魔術師一覧を書き込んでいく。


中恩寺類(ちゅうおんじるい)

はぐれ魔術師。

かつてはそれなりに知られた人形師であった。しかし、いつからか人間を使った人形作りに手を染め、それまで所属していた結社から追放された。

現時点での目的は不明。

※補足

人形師とは、魔力を動力として動く人形の事である。基本的にマスターと呼ばれる使い手の傀儡(かいらい)として動かされる意思のない物体だが、稀にそれ自体が高性能の人工知能を兼ね備えている事もある。なお、あくまで人間性を考慮しないゴーレムとは違い、人間の再現を主な目的としているため、これらは似て非なる分野である。


□アスミナ・アリアンティ

金髪碧眼の魔術師。しかし、国籍不明であり、魔術師である事以外は多くの謎に包まれている。

目的も不明だが、度々街の中で見かける事から、やはり賢者の石が関係しているかと考えられる。


□一ノ目秀一郎(いちのめしゅういちろう)

下の名は不明。典型的なはぐれ魔術師らしく、身寄りの無い子供を魔術の実験のために使っているなど、いい噂を聞かない。


□全道道明

小柄な男の魔術師。

仲介屋をやっており、賢者の石についても把握している。

しかし、坂見市にいるのは四方坂円より依頼を受けたため。


□時上鈴

時上家の現当主。

時上家の前当主はキメラについての権威である。現当主も先代と同じくキメラに造詣が深い 模様。

賢者の石についての発言があった事から、賢者の石を求めている模様。

その他、少女の割には落ち着き払っていた。ませている。


□北野家

坂見市にある呪術師の家系。

以前はこの辺りでも名を知られていたが、今では知る人ぞ知る存在になっている。

特に不審な動きは見られない。無関係?


 こんなものか、高村は書き終わるとどっと疲れが出てくるのを感じた。勉強中などは意識もしなかったが、文字を書く作業というのは意外と体力を使うものらしい。書く事で頭の整理になるというが、しかし、知っている事を全部書き出すわけにはいかない。せいぜいが必要そうな情報を書き出すくらいか。

 書いて少しの間眺めてみるが、やはり筆頭候補としてはこの男だろう。

 中恩寺類。

 かつて賢者、八意とも交流があったというこの男であれば、賢者を背後から襲う事も可能であろう。冷めた見方だと自分でも思うが、いくつか考えた中でこれが一番説得力があると高村は思った。賢者の石を奪ってしまえばこちらの者だ。自分を襲ったはぐれ魔術師の()()にもなるし、そもそも、賢者の石の力で高村の置かれた状況くらい、どうとでも出来るかもしれない。

 狙いは定めたとして、次はどうやって探すべきなのか。高村は(うな)る。街にいる魔術師の類は四方坂によって教えてもらった。四方坂自身、賢者が街に仕組んだ仕掛けによって状況を把握しているという事だ。

 だが、今何処に潜んでいて何処をうろついているかまでは分からないらしい。

「あれ、高村さん何をしてるんですか?」

「え、うわっ」

 高村は横に仰け反る。横の、息がかかるくらいの場所にいつ間にか杜ノ宮がいたからだ。

「杜ノ宮さん、距離感とか、その」

「はい?」

 杜ノ宮は首を傾げる。先日のセーラー服形式とは違って、ブレザーの学生服を思わせる服を着ていた。

「いや、なんでもない」

「高村さん。少し休憩にしませんか? 疲れに効くものも買ってきましたので。円さんも如何でしょうか?」

 杜ノ宮がそう言うと、四方坂は静かに首を振った。

「私は遠慮しておくわ。書斎の方でちょっと作業しないといけないから、どうぞ二人でごゆっくりね」

 そう言って四方坂は居間のドアを開ける。それから思い出したように振り返った。

「ああそうだ。休憩なら、二階のバルコニーを使うといいわ」

 雰囲気も出るし、そう言い残して四方坂は居間を後にした。

「ではお言葉に甘えてバルコニー使わせていただきましょうか?」

「あ、ああ」

 何故あんなに上機嫌なのか。高村は首を傾げるばかりであった。


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