第六話 冥王の実力
「試験時間は今から五分だ。いいな?」
「はい」
緊張で心臓がバクバクする。
ここで結果を夢にまで見たエーテル魔術学園に入学できるんだ。
「よし、では始め!」
大丈夫だ、落ち着け。
どの属性の障壁を張ろうと、ハーデスのスキルで突破できないはずがない。
そうスキルで……。
…………。
そこで俺は気づいた。
勉強に必死でハーデスのスキルをまったく把握していなかったことに。
冥王が弱いはずないのだが、三回しか使えないスキルを無駄打ちするわけにはいかない。
「なんだアイツ、ボーっとして」
「もう召喚獣は出てんだろ。今更作戦タイムか?」
「ウィルさん……?」
他の受験生のざわめきに混じって、アイシャの心配そうな声が聞こえる。
もたもたしている間にもう三十秒は経過しているはずだ
早く決めないと。
俺はこっそりとハーデスに訊いた。
「あの丸太を倒せそうなスキルを教えてくれ」
「倒すだけなら容易いがどの程度の力を希望する?」
力か……ハーデスが本気になれば丸太どころか学園が消滅しかねない。
アイシャやデジルをあっと驚かせたい気持ちもあるが、ここは慎重にいったほうがいいだろう。
「できるだけ弱いスキルだ。絶対に俺や他の人間を巻き込むな。あとはお前に任せる」
「承知した。では【冥界の門】を使うことにしよう」
【冥界爆炎超竜破】みたいなスキルがきたらどうしようかと思っていたが、これなら安全そうだ。
俺は丸太を人差し指と中指で指さし、スキルの発動を宣誓する。
「デス、狙いを定めろ! 【冥界の門】を発動する!」
俺の声に合わせてハーデスは丸太へ掌を向けた。
ビリビリと空気が振動し、闇の魔力が丸太の前の空間に集まっていく。
暗黒の球体が出現し、不規則に回転を始めた。
空は真っ黒に曇り雷鳴が響きだす。
突風が吹き荒れ受験生たちが腕で顔を覆う。
あれ? これってヤバいんじゃないか?
と、俺が思っていると、空間がヒビ割れ【冥界の門】が出現した。
それは眼球を半分に割り、中に触手を詰め込んだような姿だった。
見ているだけで鳥肌が立ち気分が悪くなりそうで──、次の瞬間、崩壊が起こった。
「きゃっ!」
「うわ、ああああああ!」
ドス黒い光が四方八方に伸び、俺は思わず目をつぶった。
周りから悲鳴が聞こえてくる。
次に目を開けると、丸太は消滅していた。
ただし、直径五十メートルほどの大穴と一緒にだ。
「なっ、なんだこりゃ……」
試験官のダールトン先生は驚きで開いた口がふさがらないようだ。
アイシャもデジルも他の受験生たちも同じ顔をしている。
「ハーデスなにやってんだよ! やりすぎだろ!」
「む、すまん。だがこのスキルは我がゴミ箱代わりに使っているものだぞ」
思わず実名を呼んでしまう。
というか冥王のゴミ箱どうなってんだよ。
しかも丸太を倒すのが試験内容なのに消滅させちゃってるし。
「えーと先生、今のってアリですか? いちおう倒したとも言えません?」
「まあ丸太の位置を変えたことには違いないが……い、いやそれよりなんだあのスキルは!? Sクラス相当だぞ!?」
「Sクラスのスキルが使えるのって王直属召喚獣レベルじゃ……」
「ただのスケルトンじゃないのか!? 何者だアイツ!?」
俺は先生と受験生に取り囲まれてしまった。
どうしよう。
まさか本当のことを言うわけにもいかないしな……。
「あ、あれ? もしかして今のってすごいわけ?」
「すごいに決まっているだろう! 一体どこで召召喚術を学んだんだ!? 俺にも教えてくれ!」
「先生、俺の家では召喚獣の力を最大まで引き出せるよう修行しているんです」
「どんな修行なんだ!?」
「それは門外不出の秘密ですが、俺からしたらこれくらい当然なんですよね。だから特驚くことはないというか、にまあ基本スキルです」
よし、特殊な家系の出身だから説明できないってことにしておこう。
というか俺が一番驚いているんだが。
「聞いたか? 今のが基本スキルだってよ」
「天才ってのはいるもんだな」
うーん、周囲の勝算の声が怖い。
「あのウィルが……こんなのありえねぇ。何かの間違いに決まってる」
輪の外でデジルがこっちを睨んでくる。
いい気味だとは思うが、今は勝ち誇っている場合じゃない。
「それより試験の続きをした方がいいんじゃないでしょうか」
「あ、ああそうだな。まだ終わっていない受験生はとなりのグラウンドに移動だ! あとのヤツら受付に番号を返したらもう帰っていいぞ!」
動揺しながらダールトン先生と受験生たちが移動していく。
残った俺は素早くその場から立ち去ろうとして、
「ウィルさん、すごいです! あんなスキルわたし初めて見ました!」
「おっおう。じゃあ歩きながら話すか」
アイシャに捕まった俺は一緒にグラウンドから離脱する。
興奮した彼女に嘘の説明を並べるのは中々大変だった。
☆
試験から二日後、合格者が発表された。
校門前の掲示板にずらりと番号が並んでいる。
「あった……ありましたよウィルさん!」
「やったなアイシャ」
自分の番号を見つけたアイシャは感極まったのか、目尻に涙を浮かべている。
番号の横には筆記と実技の点数も掲載されていた。
《アイシャ・コーリング》
筆記、92点。
実技、89点。
合計、181点。
ボーダーラインを三十点も上回る高得点、さすがアイシャだ。
一方、俺はというと……。
ない。
ないない、ない。
どこを探しても俺の383番がないのだ。
やっぱり実技試験でのやらかしがマズかったか……
「我が主……申し訳ない」
「いや、お前のせいじゃない。ちゃんとスキルを確認しておかなかった俺のせいだ。金を溜めてまた来年受けにくればいいさ」
「あれ? 待ってくださいウィルさん!」
そう言って立ち去ろうとした時、アイシャに腕を掴まれた
一体どうしたんだろうか。
「ウィルさん、あそこを見てください!」
「え、ウソだろ?」
よく見ると掲示板の横にもう一枚、小さな掲示板があった。
何故かフラワーアートのように花を散りばめられた掲示板、そこにはこう書かれていた。
《特別合格者、ウィル・ステリオ》
《おめでとう》
筆記、81点
実技、200点
合計、281点
……嫌がらせかな?
というか200点って100点満点だったはずでは?
学園側の思惑が怖いが、俺はついにエーテル魔術学園に入学を決めたのだった。