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第四話 杖を探す少女

「ふあぁ~あ、ねむ……」


 俺は大きな欠伸をしながら馬車を降りた。

 遅れを取り戻すためほとんど眠らず勉強したせいだ。


「お客さんお金」

「おっと悪い、ここまでありがとう」


 財布から一万ネロ紙幣を二枚取り出して御者に渡す。


 紙幣に横顔が印刷されている人物は、ネロ・ドラクセス・ゴッドストーンだ。

 帝国に召喚術をもたらした偉大な召喚士として、硬貨や紙幣には彼の顔を乗せることが決まっている。


「ここが我が主の目的地か」

「ああ、帝都アルブランだ。しっかしこの景色久しぶりだな。子供の時以来だ」


 道路は広くよく整備され、左右には煉瓦でできた建物が建ち並んでいる。

 都の中心には王の住む城があり、魔術加工された壁が黒く光っていた。


 遠くに見えるのは今さっきくぐってきた城壁で、見上げていると首の痛くなりそうな壁が、ぐるりと帝都を取り囲んでいた。


 この都市の主要機関はほとんど召喚士で成り立っている。

 犯罪者を取り締まる憲兵もそうだが、銀行のセキュリティや交通機関にも召喚獣が力を貸している。


 そんなことを考えている俺の横を、大トカゲが二十人乗りの馬車を引いて走っていった。

 教会のステンドグラスを拭いているのは、四枚の羽根を生やしたピクシーだ。


 俺の村では滅多に見ることのない召喚獣が、ここでは当たり前に歩いている。


 試験会場のエーテル魔術学園は都の東側にある。

 まだ時間があるのでどこかで食事でもしようかと思っていると、一人の少女が道の端で立ち止まっているのが見えた。


 忙しなく周囲を見回し何かを探しているようだ。


 ……他人のトラブルに首を突っ込むべきか。

 試験前に余計なことはしたくないんだが。


 いや、今の俺は魔力ゼロといえど召喚士を目指している身だ。

 召喚士は困っている人を見捨てない。


「ちょっといいか?」

「え、あっ、なんでしょうか?」

「さっきからキョロキョロしてるから気になったんだ。なにか探してるんだったら手伝うぞ」

「本当ですか? ありがとうございます」


 声をかけると少女はパァッと屈託のない笑顔を浮かべた。


 ロングの黒髪は艶やかで、いいところのお嬢様のようだ。

 初対面の俺にこの態度ということは、人を疑ったことなどないのだろう。


「実は召喚陣を書くのに使う杖を失くしてしまって……もうすぐ試験なのに困っていたんです」

「試験? ということは君の召喚士を目指しているのか?」

「はい。あっ、あなたもそうなんですね」


 まさかこんなところにライバルがいるとは思わなかった。

 敵に塩を送るようだが、これも運命か。


「デス、今の話聞いてたか」

「失せ物探しだな。承知した」


 ハーデスが頷く。


「あなたの召喚獣はスケルトンさんなんですね」

「ああ、デスっていうんだ。頼りになるぞ」

「もう召喚しているなんてすごいですね。この世界に留めておくだけでもだいぶ魔力を消耗しますから」

「ま、まあ俺はすごいからな。試験前のウォーミングアップさ」


 自分で召喚していないので、基本的なことを忘れてしまっていた。

 ハーデスからは大気に混じっている魔力を吸収しているので、俺が魔力を供給する必要がないと聞いていた。


 普通の召喚獣はそんな能力を持っていないし、それだけで足りないと思うのだが、特に不具合はないらしい。


 おっと、話を戻さないと。

 まずは杖を探すことだ。


「見つける方法を考えないとな。心当たりはないのか?」

「ごめんなさい、わからないんです。たしかにカバンにしまったはずなのにいつのまにか無くなっていて……」


 これは中々難問だな。

 脱走した家畜を探すなら得意なんだが。


 こういう時こそCクラス以上の召喚獣が持っている能力、スキルの出番だ。

 炎の精霊なら発火、高熱を自在に操り、占いの悪魔なら今日のラッキーアイテムを教えてくれる。


 状況に対応したスキルがあれば杖もすぐに見つけられるのだが、王であるハーデスにそんな雑用めいた力があるのだろうか……。

 俺は少女に聞こえないように、骸骨頭に顔を近づける。


「ハーデス、スキルで見つけることはできるか」

「召喚士の名付けた我々の能力だな。侮るなよ我が主、その程度造作もない」

「おお、さすがだな」

「ただ一つ問題がある」

「え、なんだよ」

「魔力供給なしでこの世に留まるために、我は自らに制約を課している。それは一日につき三回までしかスキルを使えんということだ」


 この話は初めて聞いたがそりゃそうか。

 まったくデメリットなしなんて、そんな都合のいい話はないものだ。


「つまりここで杖探しにスキルを使うと試験に支障があるかもしれないわけか」

「その通りだ。三回以上使った場合、最低でも七日間は休息を取らねばならない。よく覚えておいてくれ」


 たしかにそれは困るな。

 俺がウンウン呻っていると、ハーデスが助け船を出してくれた。


「案ずるな我が主。この程度の問題なら目で見て探せばいい」


 いや、目はないと思うんだが。


「できるのか?」

「視力には自信があってな。例えば時計塔の右隣の店、窓際の客がパイプを吹かしている」


 俺には豆粒のようにしか見えないが、ハーデスが言うならそうなのだろう。

 これならいけるかもしれない。


「無論、魔力を視認し気配を感じ取ることもできる。その杖と同じ魔力を帯びているものはないか?」

「えっと……これを使ってください」


 少女はカバンから深紅の宝石をあしらったネックレスを取り出すと、ハーデスに手渡した。

 宝石にはスキルが付与されているのか、中に海岸線のような景色が見える。


「よし、任せたぞデス。っと、俺たちは下がってよう」

「は、はい」


 魔力の高まりを感じ、俺と少女はハーデスから離れる。

 ビリビリと地面が振動し、一瞬後、黒い影が空へと飛び上がった。


 突風が吹き砂ぼこりが舞い散る。

 俺を運んだ時のように上空から探すつもりなのだ。


「見つけたぞ。少し時間をもらう」


 そう言うと着地したハーデスは疾風のように道路を駆け抜けていった。

 俺と少女がポカンと口を開けていると、一分ほどして戻ってくる。


「待たせたな我が主、コイツが犯人だ」


 ハーデスはインプの首根っこを掴んで、俺たちに見せた。

 インプの指には白く幾何学模様の描かれた杖が握られている。


「これですわたしの杖! ああ、よかったぁ」

「よくやったなデス。というかコイツなんなんだ?」

「スリだと自白していたぞ。主人の名前を言うつもりはないようだがな」


 帝都では召喚獣がスリまで働くのか。

 召喚士が集まる都市だけに気が抜けないな。


「とりあえず憲兵に引き渡すか。あとは向こうが取り調べてくれるだろ」

「待て我が主、伏せろ!」

「キ、キキーッ!」

「なっ!?」

「きゃっ!」


 ハーデスが真上にインプを放り投げた直後、風船を割るようにインプが破裂した。

 パンッと乾いた音が響き、肉と骨が弾丸のように飛び散る。


 俺と少女は言われた通りに伏せていたおかげで怪我はなかったが、かなり危なかった。

 まさか自爆するとはな。


「憲兵に引き渡される前に破裂するよう命令されていたようだな。小賢しい召喚士の使う手だ」

「でも杖が返ってよかったです。デスさん、あ、それと……」

「そういえばまだ名乗ってなかったな。ウィル・ステリオ、君と同じで召喚士を目指してる」

「わたしはアイシャ・コーリングです。デスさん、ウィルさん、本当にありがとうございます!」


 向日葵のようにアイシャは笑った。。

 正直に言うとかなりかわいいと思う。


 杖探しを手伝って良かった。


「そうだ、なにかお礼をさせてください。わたしにできることならなんでもしますよ!」

「じゃあ俺とデスの昼ご飯はおごってもらおうかな。腹ペコペコなんだ」

「任せてください。いいお店知ってますから」


 レストランで俺はトマトのパスタ、ハーデスは召喚獣の瘴気ドリンクをおごってもらった。

 また一歩、召喚士に近づけた気分だ。







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