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最終回~またのご依頼お待ちしております~

 最後の村人を殺すため、振り上げられた鈍器。


 恐怖するサヤカの頭上、ルミの手に握られたそれが下りてくることなく、止まった。


 振り上げられたルミの腕を、別の手が握っていた。


「マキト? どうしました?」


 マキトがルミを止めた。ルミはそれに怒ることはしない。手首を握るマキトの手は、力がほとんど入っていない。単に、行動に疑問があるとしてマキトを見る。


「一旦、下げてくれないか。これ」

「……わかりました」


 マキトの言葉に従い、ルミはバールを持つ手を下ろした。サヤカを押さえている足もどかし、マキトの動きを見守る。


 マキトはサヤカのそばにしゃがむと、そっとサヤカの体を起こした。サヤカの背を腕で支える。


「マキト……」


 涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔で、サヤカはマキトを見る。倒れた際に口元を切ったのか、血も流れている。


 マキトはサヤカの顔を袖で軽く拭った後、ルミを見上げた。


「……俺は、サヤカを殺す必要はないと思う」


 ルミの目をまっすぐに見て、マキトは言う。ルミの行動を否定はせず、あくまでも自分の意見として告げる。


「理由を……聞いてもいいですか?」


 ルミはマキトの顔を見たまま、バールをキョーコの体の前に差し出した。キョーコは一瞬戸惑ってルミの顔を二度見したが、そっとバールを手に取る。ルミが手を放し、バールは完全にキョーコの手に戻った。


 この状況でも話を聞いてくれるルミにマキトは微笑んで返し、話を続ける。ルミではなく、キョーコに視線を移す。


「キョーコさん。人狼ゲームにおける、人狼の勝利条件……なんでしたっけ」

「はい? 村人の人数を人狼と同数以下にする……ですが」


 村人は人狼を全滅させれば勝ち。人狼は、村人を自軍と同数以下にすれば勝ち。それが人狼ゲームの終了条件。


「ゲームなら、この時点で人狼の勝利ですね。ですがマキト、それが?」


 ルミもマキトの言いたいことがわからず、疑問符を浮かべる。今やっているこれはゲームではない。ルミの目的はこの村の全滅。村人であるサヤカを見逃す理由はない。サヤカはすでに真相を知っている。ルミはすべてを捨てるつもりだが、まだやることが残っている。ここまで来たからには、復讐を完了させるまでお縄につきたくはない。


「サヤカの……立ち位置、って言うのかな。少なくとも、ほかの村人とは違うと思うんだ」

「だから見逃せと言うのですか? マキトさんそれは――」


 キョーコがマキトに反論しようとする。ルミはマキトと向き合ったまま、キョーコを手で制した。ご主人様の命令なら、キョーコは従うしかない。


「聞かせてください、マキト。あなたの見解を」


 マキトはうなずき、身も心も衰弱しきったサヤカに目を向けた。虚ろな目がマキトを見つめ返してくる。


「幼馴染だとか、友達だとか……そういうことは置いといてさ。サヤカは抗ったはずだ。村人として死ぬだけの結果に。俺やルミじゃなく、最初から疑いをかけていたキョーコさんを殺そうとした。それはルミの思惑通りだったわけだけど……でも、サヤカは……」


 マキトがルミに視線を戻す。ルミの目には、月の光に照らされたマキトの真剣な表情がはっきりと見えている。


「サヤカは、俺とルミのことも思ってくれたんだ。俺たちは自ら人の道を外れたけど、サヤカはちょっと違う。道を外してまで、俺たちの仇を取ろうとした。死んだ俺たちを……守ろうとしてくれたんだ」

「…………」


 ルミは黙って聞いている。キョーコも場の空気を察し、何も言わない。マキトの言葉を待つ。


「ルミ。サヤカはお前のことを悪く思ってなんかいなかった。村長の孫だからとか、押し付けるような奴じゃない。好きなことをすればいいのにって、むしろお前に肯定的だった」


 事実サヤカは、そう言っていた。それに普段から、村長の孫という立場を投げ出すことも可だと考えていた。殺戮に賛同はできないまでも、心情的にはルミに賛成のはずだ。


「目指したものは違う。サヤカは俺たちと手を組むことはしないだろう。けど、俺たちと敵対する存在じゃない。サヤカの敵は、キョーコさんだけだった」

「……私は、サヤカの両親を殺しましたが」


 サヤカとマキトの両親を殺したのはほかでもない、ルミだ。今となってはサヤカにとって仇敵。事実サヤカはそれに怒って殴りかかった。敵対するに十分な状態だ。


「それを言われるとな……でも、サヤカはやり直せるんだ、まだ。ここで死にさえしなければ」


 サヤカはただの被害者だ。キョーコに刃物を向けたことだけ黙ってもみ消せば、サヤカは生きていられる。


「そうでしょうか? 私が誘ったとはいえマキト、あなたも大罪人です。これだけのことをしておいて今更、サヤカがやり直せるなどと……加害者の台詞ではありませんよ?」

「……そうだな」


 しかしそれは、第三者の目線。村を全滅させた当事者が言っても格好がつかない。かける言葉としては最低の類だろう。それこそ、被害者であるサヤカに殺されかねない。


「それでも……それでもだ。サヤカを殺す必要は……」


 マキトには情があった。人間である以上、どうあがいても私情は残る。捨てられない。


 サヤカの事情が違うのは事実だった。ルミが憎んでいる家柄や逃げ出した両親と、サヤカとは違う。


 マキトの話はそこで止まった。ルミを納得させるために理論でなんとかしようと思ったが、ここが限界だった。これ以上は感情になる。サヤカのことを思い、助けたいとマキトは考えている。


 助けたい。だが言えなかった。もう後戻りはできない。感情だけで助けたいと言っても、ルミは却下するだろう。真実を知る者を生かしておく理由はない。元々、殺すつもりだったのだ。真相を教えたのは友人ゆえのリップサービスに過ぎない。


「ルミ……俺は……」

「…………」


 ルミは何も言わない。ルミもまた、迷っている。


 自分の目的。狂った計画に協力してくれたマキト。同期であり友人の二人。もっとも重要な役割を担ってくれたキョーコ……ルミはすべてを天秤にかけ、考える。


 マキトはルミにとって友人であり味方。ルミは彼の気持ちをないがしろにはできない。一方サヤカは友人ではあるものの敵。知ってしまっている。放っておくことはできない。命は助けてやるから黙っていろ、というのは通用しない。警察に話されればそれまでだ。


 重い沈黙が続いた。時間だけが過ぎていく。


 マキトやサヤカは、もう何も言えなかった。両者とも結局は自分に都合のいい結果を望んでいるに過ぎず、ルミがサヤカを見逃す理由にはならない。目撃者を消すこと以上のメリットを見いだせないのなら、ルミはサヤカを殺すだろう。


 ルミもまた、黙ったままでいた。キョーコに預けた鈍器とサヤカの間で視線を動かすが、答えが出せないでいる。


 月が下がっていく。いつまでもこうしてはいられない。朝までに決着をつけなければならない。少なくともこの沈黙を破らない限り、変わらない。誰かが、終わらせなければ……


「……妖狐、という役職があります」


 鳴り響く虫の声がかき消された。マキトとルミの目が、声の主に集中する。サヤカもマキトに支えられたまま、力なくその人物を見る。


 へらへらした笑みも雰囲気もない。キョーコの幼いイメージが一変し、四人の中で唯一の成人という大人の空気を醸す。


「特殊な役職です。人狼にも村人にも属さない。基本的に一人で参戦し、人狼または村人が勝利した際、生き残っていれば勝者となります。言うは易しですがたった一人で騙り続けることは非常に厳しく、勝利は困難です。ただ、妖狐は村人でも人狼でもない第三勢力ですので、一人勝ちになります」


 妖狐は村人にも人狼にも数えられない、独立した一人の役職。一人勝ちと簡単に言っても、仲間もいないので現実には難しい。


「妖狐も狂人と同じく、騙ることで勝ち抜こうとします。サヤカさんが騙れるのであれば、生き残りも可能ではないでしょうか」


 それは、純粋に提案だった。狂人ゆえのサヤカを殺す誘導ではなく、サヤカの生死の分かれ目となる案。


「騙るとは、どういうことです?」


 ルミがキョーコに問いかける。ルミも妖狐のことは知らない。知っているのは、この場ではキョーコだけ。一昨日の夜に四人で遊んだ時も、妖狐の説明は受けていない。キョーコが特殊と言った通り、預言者のようにどんな人狼にもいる役職ではない。


「マキトさんの論に従うなら、サヤカさんは村人と人狼どちらにも属せる立ち位置です。ならば逆に、どちらにも属さないことができるでしょう。人狼に不利益なことはせず、村人にも組しないことが」


 ルミの考えでは、サヤカを最後の村人として殺す。マキトの考えでは、サヤカは村人だが心情的に人狼寄りであるとして、命は取らない。


 そのどちらでもないとキョーコは示唆する。騙ることで生き残れる、と。


「回りくどいですよキョーコ。具体的に、サヤカは何をすればいいのです?」


 結局、キョーコは何を言いたいのか。要点がわからず、ルミは少々苛立った口調で言い放った。キョーコはそれと同時に厳しい目を向けられたが、眉ひとつ動かすことなく続ける。


「すべてをなかったことにし、騙る。事件の犯人である私たち三人について嘘をつき、自らについても騙る。そうすればこの惨劇の被害者、生き残りとして再スタートすることができるでしょう。マキトさんが言った『やり直せる』とは、そういうことかと」


 サヤカは刃物で人を刺そうとした加害者。なおかつ、両親や知り合いを殺され、自身も暴行を受けた被害者。警察を呼んでその両方に嘘をつくことで、惨劇の唯一の生き残りとしてお咎めを回避する。ルミたちは少なくともサヤカの口から犯人だと語られることはない。


 人狼となって村を滅ぼすわけではなく、村人となって人狼を突き止めるわけでもない。ただ一人残った狐として、生き延びる。


「……私とマキトは、もう終わりです。すべてを捨てました。最初から、その覚悟で計画を実行しました」


 ルミが背を向けた。彼女の表情は誰からも知れない。何を思っているのか、感情が読めない。


「キョーコは私が雇っただけ。そして、仕事はここまでです。キョーコなら、黙って逃げればどうとでもなるでしょう」


 ルミはキョーコの腕をずいぶんと買っているようだ。キョーコは食えない人物だが、実力はあるらしい。こんな話に乗って死体遺棄をするくらいだ、腕も度胸も人並み以上か。


「サヤカは、嘘をつき通せば助かる。そうだな?」


 マキトが口を開く。サヤカは助かる。ここで命拾いするという意味ではなく、人間としての生活に戻れる。人生を再スタートさせられる。家族を失い絶望からの出発にはなるが、人狼となったルミやマキトよりはマシだ。


「どうです、サヤカ? もしあなたがその、妖狐であるのなら……」


 振り返ったルミは、サヤカの目をまっすぐに見据えていた。


「私は……二人を……」


 わずかに光の戻った瞳で、サヤカは答えを返した。



「キミ! 大丈夫か!? 聞こえるか!?」


 ハキハキした声と肩を叩かれる感覚に、サヤカは目を覚ました。薄目を開けると、目の前に知らない男性がいた。警察官の恰好をしている。


「おい、こっちだ! 怪我人がいる! 来てくれ!」


 警察官の男はサヤカの意識が戻ったことを見るや、さらに声を張り上げた。それを聞いた救急隊が即座に駆けつけてくる。


「もう大丈夫ですよ。楽にしてくださいね」


 サヤカの体は担架に乗せられ、運ばれていった。救急車に乗り、病院へ向かう。静かな村に鳴り響くサイレンの音が、ぐんぐん山を下っていく。


「痛みますか? 何があったか、覚えていますか?」


 救急車の中で、隊員が質問してくる。呆けた意識の中、サヤカは小さく口を開く。


「わかりません……一瞬のことで……」


 それ以外のことは、サヤカは何も言わなかった。



 けたたましく鳴るサイレン。窓からその音を聞き、マキトは小さく息を吐いた。


「……これでよかったんですか? ルミさん」


 運転席に座るキョーコが、ミラーに映るルミに声をかける。


「結果は結果です。狐は一人、勝ち残った。それだけです」


 後部座席のルミは腕を組み、そっけなく言い放った。キョーコは肩を脱力させてため息をつく。


「勝ち……なんですかねえ。全部奪われちゃいましたけど」


 故郷、家族、友人……サヤカは何もかも失った。ルミによって奪われた。唯一拾ったのは自分の命だけ。ルミやマキトよりはいい状況であるが、絶望的であることにかわりはない。命があるからといって、立ち直れるとは限らない。


「二人を守りたい……あんな状況になっても言えるんですねえ。間違いなく警察にも誰にも話しませんね、あれは」

「それはあなたが気にかけることではありません。それより、ここを離れましょう」


 救急車の到着は確認した。もうここに用はない。ルミとマキトがここに戻ってくることはない。


「わかりました。で、駅まででいいんですか? お金さえ出していただければ、お送りしますよ?」

「あなたは依頼を完遂しました。これ以上、私事に巻き込むつもりはありません」

「私事……ですか」


 キョーコが車を走らせる。田舎の深夜、誰もいない道路を悠々と進む。


「とんでもない私事があったもんですね。まあ、私は稼がせていただきましたけれど」


 三日間の仕事で、大学生にしては破格の大金が手に入った。春休みの小遣い稼ぎどころか向こう一年の遊びがこれ一件で済むくらいの金額で、キョーコの握るハンドルも心なしか軽い。


 十分ほどかけて、駅に到着した。車を止め、ルミとマキトが降りるのを確認してからキョーコも運転席のドアを開けて降り、二人の前に立つ。


 まだ電車は動いていない。街灯一つの暗がりに、三人の若者が向き合う。


「三日間、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いしますね」

「今後? 嫌味ですかそれは?」

「違いますよぉ。社交辞令です」


 ルミとマキトに、今後はない。これから向かう先での用事を終えたらそこまでだ。このド田舎と違い、次は絶対に逃げ切れない。この国の警察はそこまで甘くない。たとえキョーコの手を借りたとしても、不可能だ。


「マキトさんも、依頼はいつでもお待ちしていますよ。サービスしますから」

「はは……機会があれば、お願いします」


 苦笑気味のマキト。彼もルミと同じ末路を辿る。ゆえにこれも、社交辞令でしかない。


「では、私たちはこれで」

「はい。またのご依頼、お待ちしてます」


 まだ静かな駅に二人の姿が消えていく。キョーコは手を振りながら見送り、運転席に乗り込む。ノートパソコンを開き、立ち上げて自分のサイトを確認。メールが一通、届いている。仕事の依頼のメールだ。どうやら、飼い猫がいなくなったらしい。キョーコは返信のために時間指定のメールの作成を始めた。



 ご連絡ありがとうございます。デリバリー労働サービス『人狼』です。




これにて、おしまいです。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。ご感想等、いつでも受けつけております。ではまた長編で、もしくは別の作品でお会いしましょう。

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