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第四回~嘘つき~

今回、少々読みにくい構成になってしまっています。時間と場面の転換を意識して読んでいただければなんとか……といったところです。すみません。

「――そんなことが……? 本当なの、マキトくん?」


 一言も発さず部屋へと消えたサヤカの代わりに、マキトがサヤカの両親に事情を説明した。普段はつかみどころがなく何を考えているかわからないサヤカの母親も、今は深刻な表情をしている。口調もいつもと違う。


「ルミちゃんまで……? あの子が一人でいなくなるなんて……」


 父親も動揺しきっている。村の人間が多数消えている中、車などの移動手段を持たないルミもいなくなった。どこかへ遠出した、という考えが通用しない。


 マキトは、自分とサヤカだけが知っている真実までは言い出せなかった。遺体が消えた以上、死んだことまでは言えない。下手をすると村がパニックになる。あくまでもルミは行方不明だと伝えた。


「警察には、まだ?」

「そうだね……ルミちゃんまでいなくなったとなると、考えている場合じゃない。私がみんなに、警察に頼もうと声をかけてこよう」

「お願いします……」


 サヤカの父親が警察に通報してくれることになった。マキトは一応の安心が得られ、感謝の気持ちで軽く頭を下げた。


「マキトくん、君も疲れたろう。家で休みなさい。車で送るよ」

「ありがとうございます。では……」

「うん。行こう」


 父親の言葉に甘え、マキトは車で帰宅。昨日からずっと一緒だったサヤカと離れることとなった。


 内心、マキトも人のことは言えない状態だった。家に帰り、自室にこもる。やれることはサヤカと同じだった。ただただ、苦悩するだけ。何もできない。警察を呼ぶくらいしか手がない。どうにか、ルミは見つかってほしい。


 もしかしたらあれは幻覚、夢だったのではないか。死んだと思ったのは勘違いで、どこかで生きているのではないか……わずかな期待を抱きながら、マキトは考えを巡らせる。


 しかし、期待はしても、いい方向には考えられなかった。どうしても思考が悪いシナリオを描く。最悪の事態を連想する。


 気を紛らわせるため、マキトはスマホを手に取った。ブックマークしてあるサイトを開いてなんとなく見てみる。動画サイトのお気に入りの投稿者に更新がないかチェックしてみるが、こういう時に限って何もない。最近の動画をもう一度開いてみたりもするが、一分と続かなかった。ネットでごまかそうとしても、現実世界の不安が胸を締め付けてくる。


 やがてマキトは、布団に転がった。眠気が襲ってくる。思えば今日は、目が覚めるのが早かった。夜が明けきる前、サヤカに起こされたのだ。


 疲れもあり、マキトはその後静かに眠りに落ちていった。



「サヤカ。起きて」

「ん……」


 家に戻ってから、サヤカはいつの間にか眠っていた。今朝起きるのが早く、疲れもあってぐっすりと眠ってしまっていた。時刻はすでに夕食の時間。昼間ずっと眠っていたようだ。


「疲れていたのね。夕飯ができたわよ。お腹、すいてるでしょ?」

「……うん」


 食欲はないが、お腹はすいている。サヤカは朝から何も食べていないのだから当然といえば当然だが、それでも今からがっつきたいとまでは思えなかった。


「お腹の負担が軽い料理にしたから、少し食べてからまた休みなさい。ね?」

「……うん。ありがとう、お母さん……」


 いつもは個性的でつかめない母の、その優しさが身に染みた。目を覚ましたことで現状を思い出し、その悲しみと母の優しさに涙が出てくる。


「大丈夫。渋る人もいたけど、明日の朝に警察に通報することになったから。警察が来てくれたら、みんなを見つけてくれるわ」

「……まだ言ってないの?」


 明日も何も、今朝の時点で通報する必要があったはずだ。なのに、まだ通報はしていないという。


「騒ぎを大きくしたくないって、年配の人たちがね……お父さんたちが説得してくれたの」


 おそらく説得にかなりの時間を費やしたのだろう。捜索よりも時間をかけたかもしれない。村の年寄り連中は頑固だから。


「ともかく、ごはんにしましょ。お風呂も入って、早く寝ちゃいなさい」


 納得はいかなかったが、サヤカにできることはもうなかった。母の言う通り今日はおとなしく寝て、明日来るはずの警察に任せる。それしかない。


「それと、キョーコちゃんも今夜はうちに泊まってくれることになったの」

「え……?」


 キョーコ。起き抜けのせいか、忘れていた。この異常事態において最も怪しい人物。彼女が、今夜はサヤカの家に泊まる?


「ルミちゃんのこともあるし……サヤカと一緒にいたほうがいいと思って。さっきも夕飯の準備を手伝ってくれてたんだけど……軽く食べて、また探しに行っちゃったわ」

「…………」


 母の気遣いとしては、正しい。キョーコはいい人だし、昨夜はサヤカと同じ屋根の下で寝ていた。サヤカよりも年上だし、サヤカを守る意味で泊めるのも自然なこと。


「……わかった。ありがと」


 妙な感じがする。嫌な予感がする。だが、キョーコが無実である可能性もある。今朝、ルミの遺体を消す時間が彼女にはなかった。遺体を動かしたのは絶対にキョーコではない。


 逆に、同じ家にいれば監視ができる。また何か起こりそうな夜は見張ってやろうと決意し、サヤカはリビング夕飯のためにリビングへと向かった。



 夕飯と入浴を済ませたサヤカは、何をすることもなく寝室へ直行した。スマホに手を伸ばし、電話帳から選んだある人物に電話をかけた。


『おう。大丈夫か?』


 呼び出し音はすぐに終わり、マキトの声が聞こえてきた。信頼する相手の声を聞き、サヤカの胸に安心感が生まれる。


「うん……なんとか」


 母の温かい料理を食べ、少し落ち着いた。恐怖と不安は拭えないが、震えるだけで動けないということはなくなった。現実を受け止め、状況は分析できる。


「そっちはどう?」

『ああ、平気だ。父さんと母さんもいるしな』


 マキトのところには両親がいるらしい。サヤカの父も、もうすぐ帰ると連絡があった。昼間は誰かいなくなったりしていないのだろうか。


「そう、よかった。あのね……キョーコさんが、今夜はうちに泊まるって」

『そうなのか。まあ、キョーコさんは大丈夫だと思う』

「……そうなの?」


 マキトも彼女のことを疑っていたように思えたが、今は大丈夫だという。


『みんなと一緒に、必死に探していたらしいからな。特に、ルミのことを』


 朝、キョーコはルミのことを探しに外へ行った。あれからずっと、日が暮れるまで探していたのだ。怪しいのは違いないが、信じたい。サヤカの頭にはそんな複雑な思いがあった。


『明日は警察に通報するって話だ。さっさと寝ちまおうぜ。俺も疲れたよ』


 マキトも通報の件を知っている。どうやらそれで決定のようだ。ならば、明日の朝までのこと。今夜を寝て過ごしてしまえば、後のことは警察に任せられる。


「そうね……それがいいわよね」


 キョーコは大丈夫。幼馴染がそう言っている。キョーコを信じて朝を待つ。それが一番だ。


「わかった。じゃ、おやすみ」

『ああ。おやすみ』


 短い通話を終え、サヤカはスマホを置いた。会話の内容こそ特異だが、互いの喋りはいつもとそう変わらない。キョーコについても話が聞けたが、なんとも言えない。マキトは大丈夫だと言ったが、絶対ではない。


 やはり監視の必要はあるか……サヤカがそんなことを考え始めた、その時。


「サヤカさん、キョーコです。ちょっとだけ、いいですか?」

「どうぞ」


 ドアのノック音と、キョーコの声が聞こえてきた。外はもう暗い。捜索を終えてやってきたのだろう。


「失礼します。……すみません、サヤカさん。ルミさん、どこにもいなくて……」


 申し訳なさそうに頭を下げるキョーコ。昨日までの元気な表情とテンションから一転、疲弊しきっている。顔に汚れや切り傷が見える。村を歩くだけではこうはならない。山のほうまで探しに行ったのだろう。


「そんな、キョーコさんが謝ることはありません。探していただいて、ありがとうございました」

「…………」


 サヤカは見つけられなかったことを責めるつもりはなかった。人を探して一日中動き回るというのは容易ではない。部屋で倒れていたルミがどういう状況にあるかわからないのに、探せというのが無茶な話だ。奔走してくれただけでもむしろ礼を言いたいくらいである。


 が、キョーコは納得していない表情でいる。見つけられなかったことを気にしているようだ。


「駄目ですね私……人探しも、私がやるべき仕事なのに」


 彼女はなんでも屋を名乗っている。その役目を果たせなかったことに責任を感じている。見つけることが役目なのに、見つけられなかった。


「……本当に、気にしないでください。お気持ちだけでありがたいですし、キョーコさんは頑張ってくれています」


 その姿勢は素晴らしいと思った。改めて、キョーコはいい人だとサヤカは思った。本当に、心からそう思った。


 だからこそ、キョーコの裏が気になった。


「でも……ひとつだけ。ひとつだけ、聞かせてください」


 目の前で落ち込むキョーコに、言う。


 考えたわけではなかった。本能や反射に近い感覚で、その言葉が出た。


「キョーコさんは、何もしていませんよね。『人狼』のように……村の人間を手にかけたりは、していませんよね……?」


 それは非常に失礼な質問だった。だがサヤカはじっとキョーコの答えを待った。慌てて謝ったり訂正したりはしなかった。


「……そうですよね。私は、よそ者ですからね……疑われて当然です」


 その失礼な質問に、キョーコは反発しない。淡々と受け止め、まっすぐな瞳をサヤカに向けた。


「私は、やっていません。人を殺めるなんてことは」

「…………」


 キョーコは寸分たりともサヤカから視線を逸らさない。昨日会って以来見たことのない真剣な表情で、サヤカを見つめ続ける。


「……ありがとうございます。それと、ごめんなさい。変なことを言って」


 嘘はついていない。それが最終的なサヤカの判断だった。


「いえ。人狼の曰くがあるこの村に、こんな名前で売り込んできた私に問題があります。余計な不安を煽ってすみませんでした」


 そう言って、キョーコは微笑んだ。その笑顔で、張り詰めていた空気がすうっと緩んでいく。


「お話があったとは思いますが、本日はここサヤカさんのお宅に泊めていただくことになりました。何かご用や、気になることがあればお申しつけください」

「わかりました。ありがとうございます、キョーコさん」

「こちらこそ、二晩もお世話になってしまって……ありがとうございます。それでは」


 去り際の挨拶も、さすがに昨日の昼のような元気はなかった。キョーコは静かに一礼し、部屋を出ていく。ドアが閉まり切るまで、サヤカは彼女の姿を見送った。


 その後しばらく。サヤカは、キョーコや村のことについて考えをまとめた。答えは出ないが、頭の中を整理した。


 ルミが死に、彼女の遺体が消えた。ほかにも村から消えた人たちがいる。捜索が行われたが見つかっておらず、明日の朝に警察を呼ぶ。


 キョーコがルミの遺体を隠すことは不可能だった。そして今日一日、人探しをしていた。その上で、キョーコはどうか。信用したいが……


「……う~ん……?」


 昼間ずっと寝ていたのに、眠気がひどい。ルミのことがそれだけショックで疲れたのか、警察を呼ぶということの安心感からか。


 念のためキョーコを見張っておきたい。だがサヤカは強い眠気に抗うことができず、いつの間にか目を閉じてしまっていた。



『人狼はね、嘘つきなんだよ……』


 幼い頃の記憶。ルミの祖母から聞いた、人狼の話。


『口ではいいことを言っていても、人狼の腹は真っ黒……信じちゃあいけない……』


 薄暗く広い部屋で、その話を聞いている。マキトとルミも一緒にいる。


『人狼と手を組む人間もいる……そいつも嘘つきさ』


 人狼と手を組む。共犯者。人狼ゲームでは、狂人と呼ばれる存在のことだろうか。


『嘘を見抜けなければ、人狼に食われてしまう……』


 騙されると、ゲームに負ける。現実では、死ぬのだろう。


『人狼は、一人とは限らない……村が襲われても、それを肝に銘じておくんだよ……』


 人狼は、一人だけとは限らない……



 頭が起きる前に、目を見開いた。


 自分の意志に関係なくぱっちりと開いた目は、何も変わらない自室の天井を映す。


 また、夢を見た。まるで一昨日の続きのような夢を。


「人狼……?」


 冷静になりかけていたサヤカの心が、また乱される。


 事の始まりとなった一昨日。人狼の話を聞いている夢を見て、起きた。幼い頃の記憶が、夢の中で急によみがえった。そして、人狼を名乗るキョーコという人物が現れた。


 昨日、明朝にルミが殺されていた。村の人間が多数行方不明になっていた。ルミの遺体も消えた。


 そして、今日。また夢をみた。人狼の話。一昨日に見た夢の続き。


 人狼は嘘つき。


 人狼は一人とは限らない。


 人狼には協力者がいる。


「…………!」


 サヤカは急いで服を着替え、部屋を飛び出した。


「お母さん!」


 キッチンに駆け込み、母を呼ぶ。が、そこに母の姿はない。


「お父さん……!」


 部屋をすべて回り、両親を探す。どこにもいない。部屋が荒らされた形跡もない。


 家からも飛び出す。心当たりを探す。父が管理している畑や倉庫を探して回る。走る。ひたすらに走る。


(どうして……)


 まだ農作業には時間が早い。しかし家の中にいないのなら、畑かどこかにいるはずなのだ。


 なのに、いない。どこにもいない。いつも優しい父と母がいない。それどころか、


「どうして、誰もいないの!?」


 人の気配がしない。アスファルトの道路やほかの家の前を走っているのに、誰とも出会わない。もう明るいのに。早いとはいえ、畑に出ている人がいてもおかしくない時間なのに。家の外に出ている人がいるはずなのに。


 誰も、いない。いくら小さい村とはいえ、誰もいないなんてありえない。生まれてから十七年、こんな経験は一度としてない。


「! マキトは……!?」


 誰もいないとしたら、マキトは? 毎日顔を突き合わせている幼馴染もいないのか?


 そんなはずはない――根拠はないが確信をもって、サヤカはまた足を動かす。今までよりも更に速く。息を切らしながら駆けていく。


(近道……っ!)


 アスファルトの道路から逸れて、土の道を行く。畑を横切り、坂を駆け降りる。子供の頃、マキトとよく通った近道。あの頃とは少し変わっているが、道は覚えている。


 しかし、今の土の状態までは把握できていなかった。


「っ!? きゃっ……!」


 日陰で暗くなっている地面に片足をつけた瞬間、泥で滑った。走りの勢いを乗せた体が軽く宙に浮き、転がり落ちる。


「痛っ……くう……!」


 幸いにも柔らかい土の上だったので大きな傷や出血はなかったものの、体を強く打った。すぐそこがマキトの家。よろめきながらも、サヤカは玄関へと向かう。


 マキトさえいれば。誰もいなくてもマキトさえいれば。もはや意味がわからないが、その気持ちだけで足を進める。


 玄関の扉が見えた。横滑りの戸。あれを開ければ。


 もう少し。痛みをこらえて歩くサヤカ。戸に手をひっかけ、開ける――


「あれ? サヤカさんじゃないですか」


 戸に伸ばした手が止まる。心臓が胸から飛び出そうなほど強く脈打ち、汗がどっと流れてくる。


 耳に届いた声は、今やよく知っている声だった。昨日も、一昨日も聞いた声。


 声は妙に弾んでいた。町を歩いてばったりと知り合いに会ったような、気の抜けた声。


 その声音は、昨日までの彼女を知るサヤカにとって、狂気すら感じるものだった。


「…………!」


 頓狂な声の主は、キョーコだ。どこからかするりと現れ、しれっとサヤカに声をかけてきた。声をかけるだけなら、何もおかしくはない。が、声にこもる感情がどう考えても奇妙だ。


 昨日、あれだけ落ち込んでいたはずなのに。ルミを見つけられなくて、と頭を下げていたのに。


 一夜明けて、何も解決していない。それどころか人の気配が消えているのに、この態度。いったい、どういうことなのか。


「どうしたんです? そんなに慌てて。怪我をしてるじゃないですか。私が手当てをしましょう。なんでも屋なら、これも一つの仕事ですよね」

「っ……!」


 キョーコが一歩近づく。サヤカは一歩後ずさった。サヤカには今のキョーコの態度は恐怖でしかない。なぜ、何事もなかったかのようにしているのか。


「どうしました? 大丈夫、簡単な傷の手当てくらいはできますから」

「どうした、って……こっちの台詞よ! ここで何をしてるの!? マキトは!? 村のみんなは!?」


 誰もいない村。唯一見つけたのは、よそ者のキョーコだけ。ありえない。こんなこと、ありえていいはずがない。この村で生まれ育ったサヤカは、これを受け入れることなどできない。


「ああ……すみません、まだ見つかっていないんですよ。どこ行っちゃったんでしょうね、ルミさんは」

「ふざけないで! あなたでしょ……!? あなたがやったんでしょ、全部!」


 サヤカが激昂し、怒鳴りつけた。が、対照的にキョーコはきょとんとして眉を上げる。


「私が? そんなわけないじゃないですか。いくら人口が少ない村とはいえ、一人じゃ無理ですよ。それに、昨日。私は昼間、ずっとルミさんを探していたんですよ? あの時点で、消えた人は数人。一夜の間にそれ以外の人を消すなんて、できるわけないじゃないですか」

「そんなことどうでもいい! どう考えても、あなたしかいないでしょうが!」


 可能かどうか、サヤカにはどうでもよかった。自分はやっていなくて、村にキョーコしかいない。やったかどうかが確かでないにせよ、キョーコが無関係なはすはないのだ。


「私しかいない、と。そうですかぁ……まあ、そうですね」


 腕をL字に組み、すっとぼけた態度で頬杖をつく。大げさな身振りは最初に見た通りだが、今はそれがサヤカの神経を逆撫でする。


「そうですよね。人狼は嘘つき、ですからねえ……」


 人を小馬鹿にするように目を細め、口元を緩めて笑うキョーコ。


「私を疑うのは構いません。しかし仮に、私が人狼だとしたら……どうしましょうね? ふふふ……」


 不敵に笑いながら、キョーコはサヤカに背を向けた。悠々と歩き去っていく。


 間違いない。サヤカは確信していた。人狼というのが眉唾ものだとしても、村の異変の原因がキョーコなのは確実。


 最後の言葉が、サヤカの脳に強く残った。人狼だとしたら、どうする。人狼であるキョーコと、村人であるサヤカ。残ったのは二人。お互いに、どうするのか。普通の人狼ゲームなら、村人の負けだ。だがこれは当然、ゲームなどではない。


 もう走ることはしなかった。サヤカは痛む体でとぼとぼと、マキトの家に入っていく。この家も静かだ。ほかと同じく、人の気配がまったくしない。


 マキトの部屋に行ってみる。マキトはいない。十年以上前になるが、この部屋でもよく遊んでいた。少し物が増えているが、家具の位置などは当時と変わっていない。唯一、マキトがいないことを除けば、あの頃と同じ。


 勉強机と、椅子。テレビにゲーム機。服が入っている箪笥。


 見回してみると、箪笥の上に写真立てがあるのを見つけた。収められている写真も、十年前のもの。幼い頃、お互いの両親と一緒に撮った一枚。マキトはサヤカの隣で笑っている。


(…………)


 誰もいない。お向かいのおじさんも、サヤカの両親も、ルミも、マキトも。


 すべて、奪われた。すべてを奪ったのだ。あのキョーコというなんでも屋が。人狼を名乗る彼女が、この村を壊した。


『私が人狼だとしたら……どうしましょうね?』


 キョーコの言葉が耳に去来する。その言葉に対する答えに苦悩する。


 否。答えは出ているのだ。本当にやるのかどうかを悩んでいる。


「マキトも、あの人が……」


 思い出の詰まった部屋で立ち尽くすこと数分。サヤカは一つの決断を下し、誰もいない自宅へと向かって歩き出した。

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