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現実に打ちのめされた日

 それからが大変だった。おっさんはとりあえずお父さんがガムテープでぐるぐる巻きにした上で、リビングの真ん中に配置した。

 そのあとお父さんが警察を呼んでいる間、お母さんは俺たちを抱きしめてわんわん泣いていた。あきらも泣いていた。俺はいまだに何が起きたか理解が追い付かず、ただ、みんなが死ぬかも知れなかったことに思い至ってがくがくと震えていた。

 電話が終わったお父さんが振り返ったとき、ベルトがないズボンがぱさっと落ちてパンイチになったときに大笑いしてしまい、それで緊張がほぐれた。

 

「ごめんなさい。めいわくをかけて」

「あきらは悪くない!」

 だってこいつはこんなにいい子なんだ。あのおっさんが悪いに決まってる!

「あきらくん。大丈夫よ。事情は知ってるから」

 お母さんがそう告げるとあきらは目を伏せた。

「ごめんなさい。あれ、わたしのお父さん」

 薄々とは感じていた。あきらの家は普通じゃないって。

「あんなの親じゃない!」

 だから思わず口にした一言の重さに気付いていなかった。

「だけどね、お父さんなんだよ。それでもね、お父さんなんだ」

 自分お父親を否定されたらそれは悲しい。けど、俺は認めたくなかった。あきらを守ろうとするんじゃなくて傷つけようとするコイツを。

「あきらくん。君の気持ちはわかる。けどね、この世には親になってはいけない人間というのがいるんだ。難しいかも知れないけどね」

「はい……」

「じゃあさ、ほんとにうちの子になっちゃえよ!」

「え……?」

「養子ってあるじゃない。それがいいよ!」

「おいおい、気持ちはわかるけどな。お前が決められることじゃないぞ?」

「じゃあ、誰が決めるの?」

「うん、ちょっと難しい言い方になるが、よく聞きなさい」

 お父さんのいい方は難しかった。けどそれは子供だからと難しい言い回しをしてごまかすんじゃなくて、俺を子供じゃない、対等の人間として扱ってくれていた。

 と言ってもあとで、俺がそれなりに成長したから理解できたことで、その時は色々と疑問がぐるぐるしていた。

「まず、親権という言葉がある。親の権利と書く。これは子供の親をやりますよってことで、勝手にそれを無視して子供とやったりもらったりできないということだ」

「誰が決めたの?」

「法律で決まっている。そうだな。赤信号は止まれだけど、なんで止まるんだ?」

「そう決まってる……ああ、そういうことか!」

「ふむ、我が息子ながら察しがいいな。親権を持っているもの、すなわち親に当たるが、この者は子供を健康的に養育する義務がある」

「俺みたいに?」

「そうだ。ただそれは義務だけじゃないけどな」

「そうだよね。けど義務にしないといけないってことは……」

「うん、悲しいことだけどね。子供をまともに育てない親もいるってことだ。こんな風にね」

「あきら……」

 俺とお父さんの話をあきらも聞いている。すでに泣き止んで、落ち着いているように見える。けど不安なのか、ときおり体を震わせている。

 お母さんも普通の評定に戻って、あきらを抱きしめていた。むしろそれがなかったらあきらも参っていたんじゃないかな。お母さんに抱きしめられるとなんか安心するんだ。


「それでさ、お父さんがそういうってことは何か手があるんじゃない?」

「うん、良く気付いたな。親の義務を果たさない場合、行政がその子供を保護する仕組みがあるんだ。児童相談所ってやつだな」

「それって……お母さんの」

「そうだ。お母さんの仕事はな、不幸な子供を守ってやることなのさ」

「そうだったのか。よくわかってなかった。お母さん、すごい人だったんだね」

 そういうと、少し誇らしげに、けども少しの悲しみをたたえた目で微笑んだ。あとで聞いたが、通報が遅れて虐待死した子がいたそうだ。もう少し早く手を打っていたらと悔やんでいたところにあきらがうちにやってきたらしい。その亡くなった子も小学生だったって。

「じゃあ、お母さんが何とかしてくれるの?」

「そうだな、けどすぐには無理だ。あきらくんの母親がいるしな」

「うん、そのことなんだけどね。育児放棄の実態が認められそうよ」

「そうなのか?」

「ええ。あきらくんのご両親は別居中で、親権はお母さんが持っていたの。そういう意味じゃ、このゴミは血がつながってるだけの他人ね」

「で、こいつがここに来たってことは……」

「母親が漏らしたんでしょうね。そもそも子供に対する暴力から守るために別居って話だったんだけどね」

「自分可愛さに子供の居場所をばらしたか」

 その話を聞いて俺はよくわからない怒りと、あきらに対する悲しみに襲われた。自分勝手なことばかり言いやがって。あきらはどうなるんだよ? こいつ未だこんなに小さいんだぜ? 弱いんだぜ? 誰かが守ってやらないといけないだろ?

「うちで保護はできないの?」

「法律上はできない。一度児童養護施設で保護することになる」

「じゃあそのあとは?」

「両親が親権を放棄した場合は孤児に近い扱いになる。基本的には施設だな」

「その後はうちに来れるの?」

「里親制度はある。子供がいない世帯にそう言った子供を紹介するんだ」

「なら!」

「まあ、気持ちはわかるけどな。お前はこの子の将来に責任が持てるのか?」

「え……?」

「子供を引き取るってことはきれいごとで済まないこともある。そうだな、お前が小学校に行くのにそれくらいお金がかかっているかわかるか?」

「ごめん、わかってない」

「正直なのは良いことだ。中学、高校とかかるお金は増える。大学までってなると大体そうだな……2000万円だな」

 あまりの数字に想像もできなかった。俺の小遣いって月に1000円だ。それ以外の学校で使うものは別に買ってもらってる。マンガとかゲームもその小遣いとは別だ。

「ざっくりの平均で、これから12年かかるとして一年に160万だな。お前の分がそれだけかかるとして、弟が出来たらそれが単純に倍だ」

 あきらは黙り込んでいる。何かをあきらめたような顔をしていた。

「じゃあさ、俺小遣いなしでいいよ! 中学でたら働く! 法律じゃ、中学校卒業したら働けるんでしょ?」

「だからその分をあきらくんに回せと?」

「中学出るまでは甘えてしまうけど、そっから先はあきらにかかるお金稼ぐから! 頑張るから!」

「なんでそこまでする? わかってるか? お前は自分の将来を棒に振ろうとしてるんだぞ?」

「だってさ、俺が弟にしなかったらこんなことにならなかった! お父さんとお母さんに迷惑かけちゃった! 俺は男だから責任取らないと!」

「あー、確かに言った。男は責任から逃げちゃいかんと」

「あなた……いいこと言ってるみたいだけど、ちょっと早くない?」

「ああ、心がけを教えたつもりだったがこうも直情型に育つとは……」

「まあ、いいんじゃない? あなたそっくりよ」

「いいのか悪いのか。やれやれ」

 なんかよくわからない話をし始めた。

「まあ、後は任せとけ。悪いようにはしない」

「うん……あきら、ごめん。今の俺じゃお前を守り切れない。頑張ってお前を守れるようになるからさ。待っててくれよ」

「もう、守ってくれたよ? お父さんが大声で叫んでるとき、わたしをぎゅっとしてくれた。お兄ちゃんがいるから怖くなくなったよ?」

「あきら……」

「だからね、待ってるよ。お兄ちゃんを信じて」

 あきらは俺の手をぎゅっと握りしめた。にっこり笑ってるのにぽたぽたと涙が零れ落ちる。俺の手は小さくて、こいつの涙を止めてやることができない。それが無性に悔しかった。


 遠くからパトカーのサイレン音が聞こえた。あきらはそのままパトカーに乗って連れていかれた。俺はお母さんと留守番で、お父さんはあきらと一緒に警察に向かった。

 クリスマスだってのにさんざんだ。けど、あきらが楽しげに笑ってたし、いい方に向かうならよかったのかなって思った。

 けど、あきらに会えないと思うと寂しくて、自分の無力さに腹が立って、俺はお母さんに抱きしめられながら泣いた。それはもうわんわんと泣いた。一生分くらい泣いたかもしれない。

 それは、少し早い子供時代からの卒業だったのかもしれない。

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