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青みかん  作者: リュウ
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野球少年ハルオ

 小学校4年生に進級した俺は、習い事として野球を始めることになった。幼少から習ってきた柔道と空手も、今はまだ続けている。

 そう、これまで格闘技で人間を投げてきた俺が、ボールを投げるようになったのだ。しょっちゅう背負い投げてきた、おとんみたいな大男からしたら、野球のボールなんて軽いもんだ。


 「晴男、ええ球投げるやん」

野球を始めてから1ヶ月経った頃に、監督にそう言われるようになった。そのときに、俺は人間だろうとボールだろうと、投げることが好きだと気付いた。

 練習の中でキャッチボールが1番好きな俺は、バッターとして全く打てないわけではないのだが、ボールは打つより投げる方が楽しい。そのため、俺はピッチャーに選ばれるようになった。

 勿論、走ることも好きだし、バッティングの練習も嫌いではない。基礎トレーニングだって、全然嫌にならない。

 野球は、おとんの勧めではなく、友達の誘いと自分の意思で始めたが、楽しいので良い判断だったと思っている。


 しかし、野球をすることで、困ったこともあった。

 まずは、来てくれとは一言も言っていないのに、休日の試合にやたらおとんが来ることだ。

 柔道や空手でも、おとんは無駄に応援に来ていたのだが、野球は屋外で行うので、おとんはやたらテンションが高いのだ。

 おとんは日照時間が少ない雪国で生まれ育ったから、晴れの日は未だにテンションが上がると言っていたのだ。

 そして、これも屋外であるせいか、おとんはやたら大声で応援してくる。それ自体恥ずかしいからやめてほしいのに、おとんは、大声で応援しないと俺に聞こえないだろうと言っていた。

 そしてまた野球の後帰宅してから、迎えに来ていたおとんに

「次の試合も楽しみにしてるべ、今度はいつになるんだ?」

と、次の試合の予定を聞かれた。

「もう、俺の野球の応援に来んといてさ!いちいち試合の予定を聞かんといてほしいんやけど!」

毎回のようにおとんが来ることが鬱陶しくなった俺は、ついにそう言った。

「おらが来んのは嫌か?」

俺に言われても、おとんはきょとんとしていた。

「嫌に決まっとるやろ!おとんが来ると集中できやんし、恥ずかしいんやからな!おとんは、何処におっても目立つんやから」

「ははは。おら、そんな目立つか」

俺に文句を言われているのに、おとんはそう言って嬉しそうにしていた。

「ふっざけんなコラァ!」

俺の話をまともに聞かずにへらへらしているおとんに腹が立った俺は、おとんのネクタイを掴んで引っ張った。すると、そのネクタイが千切れてしまった。

 さすがの俺も、これには動揺した。きっとおとんは激怒するよな?こんな虹色のセンスの悪いネクタイなんて、そう売っていないだろうし。

 でも、このことでおとんに謝るのは、何だか悔しい。

「おめ、また力が強ぐなったな。そんだけ、野球で鍛えてきたんだな」

おとんは、俺に引き千切られたネクタイを名残惜しそうに見ながらも、そう感心していた。

「ああ。やから、もう俺にネクタイを引き千切られたくなかったら、もう応援に来んな!」

俺は、負けじとそう言い張った。

「仕方ねぇな。へば、次の試合が最後だな」

おとんは、諦めたようにそう言った。

「次の試合は来るんかいな!」

俺はそう突っ込んだが、もう次の試合を最後におとんは来なくなるのだからと自分に言い聞かせた。

 しかしその試合で、俺はとんでもないことをしてしまった。


 この日の試合相手はこの地域では有名な強豪チームだった。そのため、あっけなく敗れて、おとんもがっかりしてまた応援に行こうと思わなくなるだろうと想像していた。

 そもそも、俺たちはまだ、勝つことよりも楽しむことを目的に野球をしているのだから。

「晴男、これまでの中で、1番強い相手やで。勝てる気がせえへん。緊張するわー」

俺とバッテリーを組んでいる貴雄が、俺にそんな弱音を吐いてきた。

「緊張したってしゃあないやん。負けるって決まったわけでもないんやから」

俺は、貴雄にそう言った。

「せやな、頑張る!」

俺の言葉にホッとしたのか、貴雄はケロリとそう張り切っていた。本当にコイツって、単純ないいやつだよな。

「おっしゃー、頑張るぞー!」

監督も含むチーム全体がそんな空気感になっていた。そうだ、おとんが来ているなんて意識せずに頑張ればいいのだ。

 そう張り切ってはいたが、おとんの声援がやたら聞こえる。そして、強豪チーム相手ということもあり、前半は俺たちのチームは全く点が取れなかったうえに、相手チームには5点取られた。

「やっぱり強いな。俺らやと相手にならへんのやろか」

チームの仲間たちが、そう弱気になってしまった。

「何、まだ試合は半分しか過ぎてへんやん。こっからや」

俺は仲間たちにそう言った。

 それに励まされたのか、俺たちのチームの攻撃では仲間たちがヒットを連発し、8回では同点に追いついた。俺もピッチャーとして、相手のバッターに全く打たせなかったし、ヒットも出させなかった。

 そして同点のまま続いた9回裏、俺に打順が回ってきた。俺はこれまでにヒットの経験はあるが、今回の試合ではまだだった。

「ぶっ飛ばせー晴男!」

ベンチにいる仲間たちだけでなく、応援席からもそんな声が聞こえた。そこを見なくても、誰が言ったかはすぐわかる。見たら負けだ。色んな意味で。しかも、「かっ飛ばせ」ではなく「ぶっ飛ばせ」なんて…その声の主をぶっ飛ばしてやりたくなった。

 これで点が取れたら、俺たちの逆転勝利だ。ちゃんと打って、仲間に繋げよう。そう思って、俺はバットを握りしめた。

 しかし、俺が打った球は爽快な音を出し、想像以上に遠くまで飛んで行った。なので俺は、ためらいなく走った。

 ホームベースに戻った俺は、歓声を浴びながら仲間たちに迎えられた。

「晴男、すげーな」

「逆転サヨナラホームランとか、かっこよすぎやろ」

「お前のおかげで勝てたよ」

仲間にはそう言われた。

「いや、その前にみんなが点数を稼いできたからやん。俺はそれまでヒットもなかったし」

そう言ったが、勝利に貢献できたことは嬉しい。


 「晴男、よぐ頑張ったな。感動したべ。ご褒美に、おめが欲しい物どご買ってやる」

試合の帰りに、おとんにそう言われた。

「別にいらん」

俺はそっけなくそう返した。

 しかし、わざと高額なものをねだったら、もう応援に行く気がなくなるだろうか。いや、このおっさんは無駄に出世して稼いでいるから、こんなことが言えるのかもしれない。

 おとんの前で、派手な活躍をしてしまった。というか、今回の試合の展開は無駄にでき過ぎていた。そう思うと、何だか複雑な気分だった。


 そしてその日の夕食の時間に、おとんはこの試合のことをおかんにも話していた。

「すごいじゃない。次の試合はあたしも応援に行こうかしら」

おかんは、嬉しそうにそう言った。

 おい待て、「あたしも」って、おとんと一緒に行く気なのかよ。案の定おとんも、

「それもいいな」

とにやけていた。おい、おかんが来るだけでも嫌なのに、俺との約束を忘れたのかよ。

「息子を応援しながらデートできるわね」

満面の笑みでそう言い、おとんの腕に絡んでいたおかんを見て、もう勝手にしろと思った。


 しかし、困ったことはそれだけではなかった。

 休日に毎回練習試合をするわけではない。練習試合のない日は、俺は平穏無事に休日を過ごせる。と思っていたのだが…

 「晴男、おらと公園でキャッチボールやらねか?」

天気が良い日は、おとんがそう言ってきた。

「何で俺がおとんと…」

俺はそう渋ったがおかんに

「練習になるからいいじゃない。行ってきなさいよ」

と言われた。

「あー、はいはい。行ってきますよ」

俺は、ぶうたれながらおとんと一緒に近所の公園でキャッチボールをすることになった。

「さあ来い、おらがどんな球も受け止めてやっがら」

公園に到着するなり、おとんは張り切りながらそう言っていた。この変態がそう言うと、何だかいやらしく聞こえてしまう。

「せやけどおとん、野球したことあったん?」

俺は、わざと全力で投球しながらそう聞いた。

「いや、格闘技しかしたことね」

そう言うわりに、おとんはすんなりと俺の球を受け取って、優しく俺に投げ返した。

「柔道とボクシングやったっけ?」

俺はそう言い、受け取りにくい変化球を投げた。

「んだ」

おとんは返事をしながら、またしても球を受け取っていた。しかし、俺への投球は相変わらず優しい。

「おとん、そんな球しか投げられやんのか?練習なら、もっと強い球を投げてさ」

俺はそう言いながら投球する。

「んだども、もし球がおめさ当たったら大変だ」

おとんは、俺の球を受け取ってから、そう言って手を止めた。

「死球の心配しとんの⁉︎ばかにすんなよ。そんなん怖がっとったら、野球なんてできやんわ」

俺は悔しくて、そう言い返した。

「そうか?へば、強く投げてみるぞ」

そう言って投げたおとんの球は、これまでとは全く違う速さだった。ちゃんと受け取れたが、それは簡単ではなかった。

「楽しいな、こうやって おめと会話しながらキャッチボールできるのは」

おとんは、俺とのキャッチボールに飽きることなく、そう言って笑っていた。

 俺は、その言葉にむっとした。またおとんの思い通りになってしまったと思うと、何だか悔しい。それでムキになって、受け取りにくいような投球をしたが、おとんはそれらを全て受け取っていた。

 確かにおかんが言っていたように、ちゃんと野球の練習になっているかもしれない。悔しいが、それで強くなれるならまあいいかと考えてしまう自分がいた。

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