3月3日
3月3日は桃の節句である。女の子のための行事だが、おとんもこの日が誕生日ということが何だか気持ち悪い。そうでなくても、おとんは「遼」なんて女みたいな名前なのに。
「晴男、今日は女の子のお祭りだから、これ着てくれない?」
小学校2年生の3月3日に、おかんがそう言って、ピンク色のフリフリのワンピースを持ってきた。
「嫌や!っていうか何でそんなもんが家にあるんや⁉」
俺は、女装させられるのが嫌でそう叫んだ。
「この前お父さんがパチンコの景品としてもらったのよ。あと、これもね」
そう言って、おかんは金髪パーマのカツラを持ってきた。
「何で俺が女装する必要があんねん!」
目の前の状況を信じたくなかった俺は、必死でそう言った。
「だってあたし、娘がほしかったのよ。今日は女の子のためのお祭りだし、1日だけ娘になってよ」
「何でおかんのためにそんなことせなあかんねん!」
俺はおかんのことが嫌いだから、親孝行したいと思うことはないのだ。
「服やカツラを揃えてくれたお父さんも喜ぶと思うわよ」
「そーゆーことと違うねん!」
俺は、おとんのことも嫌いだ。だから、両親の思い通りになんてなりたくない。
「あーあ、せっかく用意したのに。女の子の服の着方がわからないなら、あたしが着せてあげようかしら」
おかんがそんなことを言い出したので、
「おかんに着せられやんでも自分で着れるわ!」
と言って、ワンピース姿を手に取った。おかんに自分が今着ている服を脱がされて、ワンピースを着せられるなんて絶対に嫌だ。
ということで、結局おかんの望み通り、俺は女装することになってしまった。男の自分がスカートを穿くなんて、想像もしなかった。変態おとんにめくられたら嫌だなんて思った俺は、ワンピースの下にジャージの短パンを穿いた。
「あら、似合ってるじゃない。じゃあ、もっと可愛くしてあげる」
おかんのところに戻ったらそう喜ばれて、カツラとリボンカチューシャを被らされた。これだけでも屈辱的なのに、おかんは化粧品を持って張り切っていた。
もう、今の俺は男ではないのだと思った。化粧されるためにじっとしているのは耐え難かったが、暴れて悲惨な顔になるのはもっと嫌なので、大人しく我慢した。
「可愛い!こんな感じになったわよ」
おかんは、とても満足顔で鏡を持ってきた。その鏡の中にいたのは、人形のような女の子だった。
「晴男、めんけえな」
それから、おとんも来て、俺の女装姿に喜んでいた。そして、俺に抱きついてキスしようとしてきたので、思わずおとんの腹部を殴った。
しかし、バキバキの腹筋が盾になっているのか、それとも酔っぱらっていて感覚がおかしくなっているのか、効いていないらしく、おとんは全く痛がってなかった。俺のパンチが弱かったのかもしれないと、少し悔しくなった。
「可愛くなったでしょ?」
俺に女装させる前から飲んでいたおかんも、そう言って上機嫌になっている。
ひな祭りということで、てまり寿司や蛤の吸い物、それからひなあられが用意されていることは嬉しい。しかし、両親はそれを口実に飲みたいだけなのだった。
俺はというと、ひな祭りの料理は好きだが、甘酒を飲みたいとは思わない。それなのに、両親は白酒や桃味の酒を飲んで酔っぱらっているのだった。
変態なおとんは、いつも酔っぱらうと下から脱ぐ。真っ先に裸足になるなんて、理解ができない。
「32歳の誕生日どご、こんためんけえ娘が祝ってけれるなんて、おらは幸せもんだ」
おとんはそう言いながらへらへらして、また俺に抱きついてきた。そうだ、俺は今、この両親の息子ではなく娘だったのだ。でも、やっぱりそんな扱いは嫌だ。
「俺は、おとんの誕生日を祝っとるわけやないし、娘になった覚えもあらへん!」
俺は、そう言っておとんを背負い投げた。
「背負い投げ、上手ぐなったな。柔道どごさせた甲斐があったべ」
俺に背負い投げられたおとんは、そう言ってまだへらへらしていた。
俺に投げられて喜んでいるぞこのド変態は。しかも、酔っぱらっていても受身を取っていて、あまり効いていないなんて。
そうだ、この男は学生時代にボクシングをしていたこともあって、筋肉という鎧を全身に纏っているのだった。だから、さっき腹を殴っても効かなかったのだ。それでも、おとんに抱きつかれて撫でくり回されるよりは、背負い投げてへらへらされる方がマシか?
おかんはというと、すでに酔い潰れている。おとんの方も、結局そうなるのだった。ひな祭りって、こんなことをするための行事じゃないだろ?と呆れてしまう。
そして俺は、両親を両腕に抱えて、寝室まで運んで、布団の上に投げ捨てるのだった。もし俺が女であっても、同じような状況になっていただろうか?と、少し考えてしまった。