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8話

 翌朝、想像通り気まずい空気が流れていた。仮面はちらちらとこちらを見ては目が合いそうになると逸らす、ということを繰り返していた。会話が一切ないまま15分ほど時間がたち、しびれを切らした和哉が話し掛けた。

「あー、なんていうか。昨日は事情を知らないのに色々言ってごめん」

 仮面はびくっとしておずおずと喋りだす。こいつ最初とキャラが違うな、と和哉は思った。

「俺もごめん。なんかどうしようもないことで怒ったりして」

 別にいいよ、と和哉が返す。

「ただ昨日はまた知らないことが増えたよ」

 仮面がごめん、と頭をかいた。

「俺思ったんだけど、お互いに名前も知らないし、ちゃんとした方がいいのかなって。俺はヒカルっていうんだ。字もあったんだけど忘れちゃってさ」

 そう言ってヒカルと名乗った仮面は、自嘲気味に笑った。和哉もそういえば自分の名前を言ってなかったな、と自己紹介する。

 かずや、かずや、かずやか、とヒカルはブツブツと呟いた。

「改めてよろしくな」

 俺たちはどういう関係なんだろうと和哉は思った。その時、ふと誰かに見られているような気がしてドアの方を見たが、気のせいだったようで、何の気配も無かった。

「どうかしたか?かずや」

 わざわざ名前で呼んできたので、和哉も名前を呼んであげた。顔は見えなかったが、嬉しそうにしているように思えた。

「昨日のことだけど、俺の話聞いてもらっていいか?」

 そう言ってヒカルは話し始めた。

「俺は元々ここで生まれて、母に育てられてきたんだ。父親は誰か分かんないけど。俺が生まれてからも、多分母はそういう目的のために生かされてたんだと思う。物心着いたときには母親のそばには知らない男が常にいたから」

 和哉は相槌すら打てなかった。

「ある日急にこれを着るようにって、大きな黒い服と、大きな仮面を渡してきた。今着てるこれなんだけどさ」

 ヒカルは黒い服をつまみながら話した。

「母はいつも誰かと一緒だったけど、それでも俺の居場所はあったんだ。でも、あのじじいが来て全部変わったんだ。母さんが俺を見なくなった」

 龍一の言っていた好きな人っていうのは、ヒカルの母親か、と和哉は察した。

「それって何年前の話?」

 和哉の質問に、ヒカルは13年前だ、と答えた。龍一の年齢は聞いていないが、60は超えているように見えた。そう思うと龍一が50代くらいの話か、と和哉は驚いた。

「母さんもここじゃない世界から来てて、そこで話が弾んだみたいでさ」

 和哉はここで、前から疑問だったことを聞いた。

「なんでここには日本語を喋れる人しかいないんだ?」

 ヒカルは、言ってなかったっけ、と呟いた。

「ここで生まれたやつは日本語を習って育つから喋れるだろ。ブレインは他の集団と連絡を取る手段を持っているらしくて、別の世界から来たやつは、言葉が通じる集団へ移動させるんだ。ただ、他の言語のやつらと関わるのはその時だけで、基本的に敵対してるよ。縄張り争いが絶えないし」

 なるほど、と和哉は納得し、話を続けてくれと、促した。

「ああ、それで母さんと仲良くなったじじいは、母さんを連れて逃げるって言い出してさ、俺は別の女に預けられた」

 気づいたら母さんは殺されてた、とポツリとヒカルは言った。

「あのじじいは周りのやつらを殺して逃げ出して、俺は一人残された」

 こんなこと言うつもり無かったのに、とヒカルは笑った。和哉は話してくれてありがとう、とだけ言った。

 なんとなく気まずさが無くなってきた頃、ドアが乱暴に開かれた。仮面をつけた男たちが数人入ってきて、ヒカルの制止も聞かず、和哉を押し倒した。仮面の一人が和哉の頭に金属製の筒を押し当てた。その瞬間、和哉の意識はあの夕方の教室に飛んでいた。その反応を確認した仮面の男たちは、和哉を外へと連れ出した。

「待てよ!俺は何にもきいてねーぞ!」

 そう叫びながらヒカルが後ろから着いてきた。

 ついた場所は初日のショッピングモールで、車椅子に乗った頭の大きな男、ブレインの前に突き出された。いつの間にかヒカルの姿は消えていた。

「鍵が見つかったという報告だったが?」

 ブレインが口を開くと、仮面の男たちは跪いてしゃべりだした。

「アンブラからの報告でこの男が鍵であると。確認はしております」

「あの老いぼれめ、最後に役に立ったな」

 ブレインは嬉しそうにヒヒヒと笑った。

「それは地下につないでおけ。我々は全てを把握した。すぐに準備に取りかからせよう」

 ブレインの目はどこか遠くを見据えている、と和哉は思った。

「これは私たちの手柄です。そこだけはよろしくお願いします」

 仮面の一人が言った。

「おお、そうだった。お前たちには褒美をやらねば」

 その言葉とともに、仮面の男たちの体が崩れ落ちた。流れるように男たちを刺したのは、あのガスマスクだった。

「今夜は肉を振る舞ってやるぞ。担当の尋問官には特に多く与えてやれ」

 ブレインはそう言って、背後の少女に指示を出した。この子がヒカルの言っていた子か、と和哉は思った。ガスマスクは和哉に軽く手を振ると、建物の奥へと姿を消した。

 今ならブレインを倒してあの子を助けられる、と和哉は思った。ガスマスクがやって来ればきっと切られるが、ガスマスクは戻って来ないと和哉には分かった。おそらくガスマスクはあえてこの状況を作り出したのだろう。違ったとしても、恐らく殺されることはないだろうと判断して、手錠のついた手を振り上げ、ブレインへと走り出した。異変を察して、ブレインは少女を打ち、それと同時に、奥から男達が現れた。

 その時、どこからか結晶が飛んできて、着弾と同時に辺りを吹き飛ばした。煙の中で、小柄な仮面の姿が見えた。

 和哉はブレインに体当たりして地面に転がし、少女の手を引いて走った。

「かずや、これを使え!」

 そんな声とともに、結晶で出来た鍵と袋が飛んできた。慌ててキャッチして、走りながら苦労して手錠を外した。

 袋をのぞき込むと、萎びた右腕が入っている。

「これでどうすりゃいいんだよ!」

 そう叫ぶと、煙を割いてヒカルが現れた。一階へと駆け下りながら、器用にヒカルは萎びた手の甲から、結晶を抉り取った。

「結晶には核がある。一番密度の濃い部分だ。それを体内に取り込めばいい!」

 そう言って、和哉の手のひらにナイフを突き立て、傷口に結晶をねじ込んだ。

「頭の方の結晶も馴染んだし、多分大丈夫だ!」

 そう叫んで背後に結晶の弾を撃つ。着弾の度に爆発するのを見ると、そういう特性のようだ。

 入り口を吹き飛ばして外へ出た瞬間、ヒカルをムカデが襲った。慌てて避けるが弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。仮面も吹き飛んで、素顔が現れた。霧が濃く、よく見えないが、かなり整った顔立ちだ、と和哉は思った。

「え、なんだお前女だったのか!?」

 ムアンの叫び声が聞こえたが、和哉でも薄々気付いていたのでムアンは相当馬鹿何だと和哉は思った。もう見捨てられるほどの仲じゃないんだよな、と和哉は、手をひいてきた少女に向こうへ行くように言って駆けだした。右手の甲がジクジクと音を立てている。まだ使えないようだし、そもそも使い方も分からないと判断して、囮に徹する。

 横目で、ヒカルが息を整えているのを確認して、ムアンを挑発する。

「おいはげ!料理不味いんだよ馬鹿!」

 ムカデの標的が完全に和哉に切り替わったようだった。突進を横に転がって躱して、距離をとる。ヒカルはどこか足を怪我したのか、足を引きずっているが、逃げられないことも無さそうだ。

 そこへ、他の男に車椅子を押させたブレインが追いついてきた。ヒカルがムカデを撃ち、煙幕をはる。そこへブレインの声が響いた。

「とまれ!我々の命令を聞け!」

 誰がとまるか、と和哉が走り出したとき、離れたはずの少女が戻ってくるのが見えた。

「何やってんだ!走って逃げろ!」

 ヒカルが叫ぶ声が聞こえるが、少女はそのままブレインの元へとたどり着いてしまった。戻ってそれを助けようとするヒカルの体を担いで、和哉は駆けだした。

「お前ふざけんな!下ろせよ!下ろさなかったら一生お前を恨むからな!」

 その言葉に和哉は耳を貸さなかった。深い霧の中、元いた建物はすぐに見えなくなり、しばらくヒカルの罵倒だけが響いた。

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