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7話

 翌朝は強烈な空腹と、腹部への衝撃で目が覚めた。目を開けると、ムアンが、皿を持って立っていた。

「全然痛めつけられてねーじゃねーかよ。あのチビに任せるからこうなるんだ。せっかく名誉挽回のチャンスを与えてやったっていうのにな」

 ムアンはそうぼやいて皿の中身を床にぶちまけた。

「俺が作った」

 生の虫の中身だと気付くのに時間はかからなかったが、ムアンの目の前で床のそれを口に入れた。虫の形をしていない上にこの空腹で、気持ち悪いとも思わなかった。

 ムアンは不満そうに鼻を鳴らし、和哉を蹴って出て行った。

 そしてまた質問が始まった。次の日からしばらく家族関係の質問が続いていたが、そのうち友人関係の話に入った。もちろん真琴の話もし始めた。

「その真琴ってのはお前の恋人だったのか?」

「いや、そういう仲ではなかったと思う。ただデートみたいなことはしたことはあった」

「ちょっと待った。でえとって何だ」

 ここ数日の間に、この仮面の男が好奇心旺盛で、知らない単語があれば話がそれる、ということが分かってきた。

「仲のいい男女が一緒に出かけて買い物とか、遊んだりすることかな?」

「買い物ってなんだ」

「あー、欲しいものを手に入れる、って感じかな」

「つまり一緒に狩りに行ったりするってことか」

 話を少し聞いた限り、この目の前の男はこの世界で生まれたらしく、それ故知らないことを知りたいらしかった。一度飛行機の話をしたときには、それで一日が終わった。飛行機の残骸は見たことがあったそうだが、それが飛ぶ、ということで散々痛めつけられた。曰く、あんなものが飛ぶわけがない、嘘をつくな、と。必死になって説明して、それが終わる頃にはボロボロになっていた。翌朝のムアンは機嫌が良く、仮面の男を褒めちぎっていた。ようやく拷問らしくなってきたぜ、とムアンは言っていたが、拷問にしては緊張感も絶望感もないな、と和哉は思った。

 最近は椅子に拘束もされず、延々と質問に答えるだけになってきている。

「その、さっかあっていうのはどういうものなんだ?」

「丸い玉を蹴って、相手の陣地に攻め入る競技だな。昔は人の頭でやってたとかなんとか」

「お前ら野蛮すぎるだろ。ムアンですらしねーぞ」

 おそらく2週間は過ぎたと思う。真琴が現れる夢を3回ほど見ていて、最早ただの夢とは思えなかった。少しずつ2語、3語と会話が成り立つようになっていったのだ。ただおかしなことに真琴の姿はその時々で変わった。お婆さんのときもあれば、保育園児の時もあった。

「で、その真琴ってやつがまねーじゃーをやってたんだな。周りは男ばっかだったんだろ?俺それ知ってるぞ。ビッチっていうんだろ。ムアンが言ってた」

「真琴はそんなやつじゃねーよ。ムアンのことは信じるなよ」

 少しずつ和哉の質問にも答えてくれるようになり、疑問を思いっきりぶつけていた。

「なんで結晶を頭に埋め込んで質問ばっかしてんだ?」

「言っていいのかな。あいつは言っていいって言ってたしいいんだろうな。頭に結晶があると頭がよくなったりするんだけど。例えばブレインがそうだな。頭のおおきい男。脳みそ?の場所によってもなんか違うんだってさ」

 和哉が出会った頭の大きい男は、自分で頭に移植したらしく、人よりも灰人に近いらしいと、この男は言っていた。あいつって誰だ、と思ったが、ガスマスクの男だろうと見当がついた。

「で、頭に結晶があるやつで、たまにだけど元の世界と繋がれるやつがいるんだって。ただ、この世界に来るやつは、そもそも世界を拒絶してるし、世界に必要とされてないから、繋がりが出来ないんだって。だから俺たちは繋がれる素質があるやつのうち、実際に繋がれるやつを探さなきゃいけないんだってさ」

 繋がる、ということがどういうことか分からないが、もしかして自分が見るあの夢は、と思った。

「俺らは家族とか友達の話をさせて、その繋がりを強くさせるんだってよ」

 なるほどね、と和哉は呟いた。

「見つけたらどうすんだ?」

「何でもそういう人が、世界を超える鍵だって言ってたぜ」

 そういえば白衣もそんなことを言っていたっけ、と和哉は思う。あの夢のことは誰にもいわない方がいい気がした。まだまだ聞きたいことがあるが、あまり聞き過ぎると殴られるということが分かっているので、口をつぐんだ。

 しばらく無言の時間が続いた。質問もせず仮面の男は、はみ出した髪の毛をいじっている。気まずい、と和哉は思う。尋問しろよ、拷問しろよ、と思ったところで、まるでドMじゃないか、と思った。そんなくだらないことを考えて現実逃避をしていると、ようやく仮面の男が口を開いた。

「っていうかさ、お前が真琴のこと好きじゃなかったとしてもさ、向こうは明らかにお前のこと好きだったんだろ?」

「いや、向こうはなんかずっと好きだった人がいたらしくてさ、それ以上に恋愛対象として見れないって言われてたよ」

 仮面はそうか、と呟いて、壁にもたれた。

「俺そういうのなんていうか知ってるぞ。ビッチって言うんだ」

 心なしか仮面の中でにやついているような気がしたので、足を蹴った。もちろん鞭でやり返されたが、以前と比べて遥かに威力が落ちていた。

「それでなんだっけ、失恋したわけか」

「なんでそんな楽しそうなんだよ。尋問中だろ?」

「ムアンだって楽しそうだぞ。尋問中」

「あれとはベクトルが違うだろ」

 べくとる、と呟いた仮面を見て、楽しさの種類が違うってことだよ、と言い直した。まあそうだ、と仮面は笑った。

「お前運がいいな。俺が尋問係でさ。ベテランのやつらはやばいんだぞ。しかも素質があるおかげでこうしてまだこの状況が続いてるし」

「ほとんど尋問初めてって言ってたもんな。おかげで毎朝ムアンに殴られてるけど。素質がないやつらはどうなるんだ?」

 和哉がそう聞くと、仮面は少し言い淀んだが、答えてくれた。

「ブレインの車椅子を押してるやつ知ってるか?素質がないと分かったら、見た目のいい女ならそういう役割で、男とか見た目が良くないのはずっと労働にまわされるって聞いたぞ」

「容姿がいいと得だな」

 そういった和哉の顔面を仮面が殴った。雰囲気が変わった、と和哉は思った。

「得?あのきもい奴らの言いなりだぞ?飽きたら殺される。それが得?何も知らないくせに好き勝手言ってんじゃねーぞ」

 そのまま床に倒され、上に仮面が乗った。

「俺が初めて尋問したやつが、今ブレインの車椅子を押してるやつだ。あいつもお前と同じで、この世界に来たばかりだった。頼れるのが俺しかいなかったんだ。俺が守ってやらなきゃ駄目だったのに!」

 仮面の手に力はこもっていなかったが、それでも和哉を殴った。

「本当は駄目だって分かってんだ。お前らは人間扱いしちゃいけない、って言われてきたし、そうだと思ってた。あのじじいに会わなきゃ、こんなこと考えもしなかったんだ!」

「あのじじいって龍一のことか?」

 和哉がそういうと、仮面は殴るのをやめ、かわりに首を絞めてきた。

「あいつのせいで俺の母親は死んだ!あいつがいなければ母は死ぬことも俺がこんなことする必要も無かった!」

 和哉は何も言えなかった。他人にここまで殺意をぶつけられたことも、思いをぶつけられたことも無く、気の利いた言葉も何も出てこなかった。昔もそうだったと思う。結局何も出来ずにごまかしていたし、たぶん今回もそれしか出来ないのだろう。仮面の頭に手をやりしばらくの間撫で続けた。男に撫でられる気分はどうなんだろうという思いもあったが、意識も薄れ始め必死だった。

 


 気が付くとにやついたムアンの顔があった。

「首を絞められて気を失ったって聞いたぜ。あいつも尋問官らしくなってきたな」

 明日から覚悟しておけ、と嬉しそうに殴って去って行ったが、絶対気まずい、と和哉は思った。


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