表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

6話

 次の日、和哉は白衣を着た数人に囲まれ、台の上に転がされていた。取り囲む人間の手には、キリやノコギリ、金槌などがあった。メスを持っている人間もいる。

「この世界には麻酔がない。ゆえに君は痛みに耐えなければならない。君がショック死しなかった暁には、改めて君の不幸を祝おう」

 和哉はうつぶせにさせられ、手や足、頭を固定された。

「今から君の頭に小さな穴を開ける。この結晶が入るだけの小さな穴だ。穴は結晶を使って塞ぐから問題ない。安心するといい。ここには医者もいる」

 一人の白衣がケースに入った結晶をふりながら言った。手に、握るのにちょうどいいサイズの木を与えられ、口には布をくわえさせられた。

 このリーダーのような白衣はそこまで悪い人間じゃない、とは思ったが、見た目がマッドサイエンティストだな、と既に諦めの境地に達している和哉は思う。

「さて諸君、始めよう」

 髪の毛が剃られ、消毒のつもりか水洗いされる。頭皮に刃が突き立てられ、歯を食いしばると同時に皮膚を切り裂く感触と、痛みがあった。

 それを数回繰り返し、おそらく頭蓋骨が見えたのだろう、頭蓋骨穴を開けだした。ゴリゴリと削る音、痛み、不快感がおしよせ、和哉は吐いた。最近固形物を食べていないせいで胃液しかでなかった。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。一時間だったような気もすれば、一分だったような気がする。

「結晶を挿入する。聞こえているか分からないが、この結晶は脳のどの部分に定着するかは分からない。失敗すればそれまでだ。大丈夫だ、脳味噌は痛みを感じないそうだからね」

 頭の中を覗き込まれているようだったが、和哉はどうでも良かった。

「もしかしたら穴なんか開けなくても良かったかもしれないな。既に結晶が出来つつあるぞ」

 珍しいな、ナチュラルか、と誰かが呟いた。じゃあ開けんなよ、と和哉は思う。

「結晶を追加する、という形になるが別に悪いことではない。君が鍵で無いことを祈ろう」

 頭に異物が入ってくる。胃液を全て床にぶちまけ、ぐるぐると回る床をぼんやり眺めていると、意識がすっと遠のいた。




 気付くと和哉はまたあの教室にいた。

 真琴は泣いてはいなかったが、その姿は中学生の時のものだった。夢だしこんなものか、と和哉は思った。中学生の真琴、懐かしいな、と思う。真琴を眺めていると、一瞬目が合ったような気がした。真琴が立ち上がり近づいてくる。

「お前見えてんのか?」

 言葉には反応しないようで、結局和哉の体をすり抜けていった。

「一瞬和哉が見えたような気がしたんだけどな」

 久々に声を聞いた気がする。記憶よりも少し若いが、一番話していた時の声だ、と思った。今の真琴は元気かな、とふと心配になった。目の前で友達が消えたのを目撃したはずで、精神的にダメージがあったはずだ、と思う。普段の明るい性格のわりに落ち込みやすいやつだったな、と思い出す。いつだったか、いじめにあっているかもしれないと一人泣いていた。その時はどうしたっけ、確かずっと頭を撫でていた気がする、と思った。泣いている真琴には悪かったが、少しドキドキしていた気がする。

 そんなことを思っていると目の前に真琴がやってきた。

「やっぱりいるよね?どこか分からないけど、ここらへんに」

 そう言って伸ばした手を、思わず和哉は握った。先ほどはすり抜けたはずの手は実態を持っていた。

 急に存在感が増したようだ、と和哉は思った。教室のあらゆる部分が、自分は存在しているぞ、と自己主張しているように思える。真琴と目が合った。泣いている、と思った。

「和哉のお兄さん?」

 真琴がそう漏らすが、昔のようにただ黙って頭をなで続けた。

 分からないことばかりだが、取りあえずこれでいいと思った。








 目を覚ましてすぐ、和哉は金属製のイスに縛り付けられていた。頭に少し痛みがあり、そういえば頭に穴開けられたんだっけ、とそこで思い出した。目の前には仮面を被った黒い服の男が立っている。細身で背が小さいなと和哉は思った。そこまでひどい目に合うイメージがうかばず、内心ホッとしていた。

「これから聞く質問に、正直に答えれば痛い目にはあわねーさ」

 仮面の男はそう言った。仮面は白いのっぺりとした顔で、目の部分に丸い穴が開いているが、口の部分に穴は無かった。所々血飛沫の痕が残っている。中性的な声だ、と思った。もしかしたら女かもしれないな、人によってはこのシチュエーションは最高かもしれない、と和哉は考えていた。

 質問に答えろと言っても、特に自分は聞かされていないぞ、と和哉は思う。多分答えられないことが大半だろうと予想はつく。舌を噛み切れば死ねるんだっけ、と思い始めていた。

「家族は?」

 想定外の質問をされ、一瞬戸惑ったが、母と父がいる、と答える。

「お前は母親に愛されていたか?」

 何だこの質問は、と和哉は思ったが、少し待ってほしいと告げ、考えてみる。母の過干渉ぶりを見るに、きっと愛している、という部類に入るのだろうと思い、はい、と答えた。

「お前は母親を愛していたか?」

 自分は親の干渉を嫌っていたから、多分そういう感情は無いのだろう、と判断して、いいえ、と答えた。仮面は手に持ったハンマー振り上げ、右手の親指を潰した。和哉が叫ぶと、仮面は黙れ、と言い、もう一度ハンマー振り上げる。慌てて口をつぐんで、何故やられたのかを考えた。

「重要なのはすぐに答えることじゃないそうだ。お前はよく考えて本当の答えを出せ」

 異常だ、と思った。母親に感謝はしている。いなければ生きてこれなかった、とも思う。

「仕方ないな、質問を変えるぞ。母親の好きなところと嫌いなところは?」

 少し考えて和哉は答えた。

「なんだかんだ優しい所は良いと思う。……ただ何でも一人でやりたがるところとか、過干渉なところ、父親と喧嘩したりするところは嫌いだと思う」

 そうか、と仮面はつぶやいて、次は父親に関して聞いてきた。家族での思い出も思い出せるだけ全て話してしまい、和哉は落ち着かなくなってきた。家族で行った海のこと、キャンプ、そしてその時和哉がどう思ったか、ということを延々と聞かれ続けた。

 結果的にその日は、殆ど痛めつけられることは無かった。若干拍子抜けした和哉は、仮面の男の、よく休め、という言葉に、ありがとうございます、と返してしまった。

 ベッドに横になると、昨日は気づかなかった他の部屋の音が気になった。隣の部屋だろうか、男の叫び声が聞こえる。ムアンかな、とぼんやりと思ったが、しばらくしてこれはムアンじゃないと分かった。規則的な音が聞こえ、え、やってんの、と思わず起き上がって耳をすました。どうやら看守が囚人を、という構図のようで、和哉は怖くなった。

 耳を塞いでベッドに横になっているうちに、睡魔が襲ってきた。うとうとしながら今日のことを考えた。

 実は自分が家族のことが好きだった、ということに驚いていた。会話をしない父親、過干渉な母親という点だけを見ていたように思える。自分は愛されていたんだ、と実感し、この異状な状況にも関わらず和哉は少し嬉しかった。もし帰れたらお礼を言いたいな、とふとそんな考えが浮かんだ。気づかないうちに目頭が熱くなっていた。

 何故そのことに気がつかなかったんだろうな、と思った。やつらの狙いが全く分からないとも思う。洗脳でもするつもりだろうか。実際最後あたりは何故か仮面の男に親近感を覚えていたしな、とぼやいた。

 何故頭に結晶を入れられたのだろう。自分の頭の中にすでに結晶があったと言っていたような気がする。分からないことしかないな、と思う。

 とりあえず明日はあの仮面の質問に答えれば大丈夫そうだ。急に襲ってきた空腹感に耐えながら、結晶持ちは燃費が悪いんだっけ、と思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ