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5話

 和哉は、弦巻にされ、ムカデの背で揺られている。先ほどからスキンヘッドが延々と悪態をついているが、和哉の耳には全く入ってきていなかった。スキンヘッドの背負っている赤い血のついた袋には、龍一の腕が入っている。今すぐ灰人が襲ってきてこの二人が死なないかな、と和哉は思った。それで自分が死のうが全く構わないから、とこっそりと祈った。そうしながらそんなことしか出来ない自分を呪う。

「思った以上に簡単に人が死んで驚いてるのかな?」

 その声で和哉は現実に引き戻された。それは違う、と和哉は思う。

「人は死ぬものだろ」

 和哉がそう返すと、スキンヘッドから蹴りが入った。

「分かったような口をきいてんじゃねぇよ。ガキの癖に何を知ってんだ」

 もう一度蹴られ、鳩尾に入ったことで和哉はむせた。

「あのおじいさんが死んだことに、別に驚いてるわけじゃないみたいだね。今は感覚が麻痺してるのかもしれないけど。あれかな、自分が死ねば良かった、とかかな?」

 近いことを自分は考えていた、と和哉は思う。まるで、さっきからこの男は自分の考えを読んでいるようだ、とも思う。こっそりとガスマスクを盗み見ると、心なしか少しつまらなそうに見えた。

「あ、わかる?そうなんだよ。面白い人に会えると思ったのに、想像以下だったからね。ちょっと落ち込んでんのさ」

 自分はそれほど顔に出やすいだろうか、と和哉は内心慌てた。ガスマスクは和哉を眺めながら、君もそんなに面白くないだろうなぁ、とぼやいている。

「おい、外人どもがいるぞ。200mくらい先だ」

 スキンヘッドがガスマスクをちらりと見ながら言った。外人、というのが分からないが、他に人がいるのか、と和哉は思った。

「ゴミ溜めに来てから人に会ってない、っていうのは本当みたいだね」

 ガスマスクの言葉に、和弥は色々と疑問がわいた。聞いてもいいものだろうか、と悩むがまた蹴られることを恐れて辞めておいた。

「ムアン、今回は迂回しよう。わざわざ敵対心を煽るようなことはしなくていいよ。それはそれで楽しそうだけどね」

 スキンヘッドはムアンっていうのか、と和哉は思った。一体何人なんだ、と考えたとき、そういえば龍一が日本人であったことに今更気付く。この世界に来ているのが日本人だけだと、どこか考えている節があった。何故龍一は一人だったのだろう、何故教えてくれなかったのだろう。龍一は何も知らなかったのか、または隠していたのか、はたまた忘れていたのか、とにかくこの世界にはまだまだ知らないことがありそうだ、と思った。外人、というやつらが気付くように大声をあげようかとも思ったが、とりあえずこの疑問が解決してからにしようと決めた。

「君は楽しい人生を送ってきた?」

 唐突にそう聞かれ、和哉は思わず、えっ、と返してしまった。

「大人の質問には答えるように習わなかったかぁ?」

 ムアンと呼ばれたスキンヘッドの拳がお腹に突き刺さった。和哉はこいつはいつか殴る、そう心に誓う。

「それなりに楽しい人生だった」

 ぶっきらぼうに和哉がそう答えると、ムアンは可愛げがねえな、と愚痴った。

「そんな楽しい人生は興味があるけど、とりあえず二人は先に行ってて。灰人が来る」

 ガスマスクはそう言ってムカデから飛び降りた。

「やつらにやられちまえばいいんだ」

 ムアンは怠そうにそう吐き捨てた。和哉が身を捩ってガスマスクの姿を視界に収めると、同時に白い巨人が目に入る。3mほどのゴリラだ、と思った。ガスマスクはこちらを一瞥し、楽しそうに手を降った。片手には龍一の命を刈り取った、あの鉄の剣を持っている。

 灰人が咆哮した。空気がビリビリと震え、和哉の体が強制的に臨戦態勢になった。空気がはりつめ、咽がカラカラと乾く。両者の動きを固唾をのんで見守っていたが、少しして動く、と直感した。

 灰人が軽く前傾姿勢になったかと思うと、土煙とともに前へと飛び出した。ガスマスクは一歩横へずれ、その突進をかわす。赤い血が舞い、思わずやられたか、と和哉は思うが、よく見るとあの一瞬で灰人を切ったことが分かった。ガスマスクは剣についた血を振り払い、突如その場を離れる。その瞬間再び灰人が襲いかかり、ガスマスクがいた辺りが爆発したかのように抉れた。一瞬遅れてガスマスクが巨人の足の腱を切り、そのまま体を駆け上がる。灰人が慌てたように腕を振るうが、軽くいなして目に刃を突き立てた。そのまま剣を抜き、その回転の勢いで首を切り落とした。コントロールを失った腕が空をかいているのが、妙に印象的だと和哉は思った。

「なんで生きてんだよ馬鹿。死ねよ」

 ムアンがそう呟くが、日本語巧いな、と和哉は考えていた。

 その後は特に何事もなく進むことが出来た。ガスマスクが本部と呼ぶ場所は、和哉の拠点から数km離れた場所にあった。強化された壁に囲まれたショッピングモールだが、あちこちに書かれている文字は日本のものではない。

 ムカデが入り口に近づくと、シャッターが音を立てて開いた。和哉はそこで歩くように言われ、ガスマスクの後をついていく。後ろにはムカデとムアンが続き、和哉が逃げ出さないように見張っているようだ。妙に隙を見せているムアンだが、逃げ出せば嬉々として暴力を振るうのだろうと見当はつく。いい意味でも分かりやすいやつだな、と思ったが、目の前のガスマスクは何を考えているのかが分からなかった。それだけでなく、何を考えているかが向こうにダダ漏れのような気がしている。一番警戒すべきはこういうやつなんだな、と和哉は思った。

「連れてきましたよ。新しい子」

 二階へ上がり、少し開けた場所に、それはいた。頭がでかい、としか和哉は表現出来なかったが、その通り後頭部が異常に膨れ上がった人間が車椅子に座っていた。首輪のついた少女が、車椅子を押している。その女の子が着ている白い服は所々破れ、その隙間からはミミズ腫れのような赤い痕が確認できた。

 和哉は頭を掴まれ、頭が大きい人間の前で地べたに叩きつけられた。

「これは駄目だ。侵食が進みすぎている。あの老いぼれめ、余計なことをしおって。お前たち、一目で判断出来るだろうに。無能はこの組織にいらんと言ったはずだが?」

 しゃがれ声が静かに響いた。ガスマスクは肩を竦め、ムアンは頭を下げた。

「これはコネクトの方へまわせ。今まで通りだ」

 話は終わったとばかり、巨大な頭の男は手に持った細い杖で後ろの少女を叩いた。掠れた音が漏れ、その少女の声帯が壊れていることが分かった。少女は慌てて車椅子を引っ張った。

 車椅子が部屋から遠ざかっていく音が聞こえなくなった頃、和哉は無理矢理立たされた。

「まあそうだろうと思ったがよ、お前ついてねーなぁ」

 ムアンはそう言って和哉に蹴りをいれた。

 和哉はそのままショッピングモールを出て、別の建物に連れて行かれた。コンクリート製の建物で、脱出は難しそうだと悟った。

 入り口の守衛らしき男に声をかけ、中をしばらく進む。鍵のかかった金属製の扉をいくつもくぐり、簡易ベッドの置いてある部屋にたどり着いた。壁には手形や黒いシミがいくつもついている。

「ここがお前の部屋だ。まあ簡単に死ねると思うなよ」

 ムアンは笑って、和哉に手錠をかけた。青白く光っていることから、結晶で出来た手錠であるとわかる。

「ここは別に覚える必要はねーんだけどな。どうせ気絶して運ばれてくるだけだからな」

 こっちがお前の仕事部屋だ、とムアンが開けた扉の先に、拷問器具としか言えないものが置いてあった。何故それが行われるかは分からなかった。ただ、何が行われるかは分かってしまった。そこから、しばらく和哉の記憶は薄れている。ただ、人生で最も叫んで暴れた、と記憶している。ムアンは笑って和哉を殴り続けた。気がつくとぼろぞうきんのようにベッドに放置されていた。ムアンの笑い声がまだ聞こえてくる気がした。痛い、と思った。ただ痛くて怖くて、久しぶりに和哉は泣いた。あの時死ねば良かったと心から思った。


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