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11話

 かなり古いノートだということが、手に取った瞬間分かった。

 軽く目を通すと、日記のようにその日の出来事が書いてあったり、考えたことが書いてあったりと、内容はバラバラだった。箇条書きのようでもあり、きちんとした文章のようでもあった。ただ、古い順に書かれているということは確かなようだった。

「じゃあ、読むぞ」

 少しヒカルが身を乗り出した。

「こっちへ来てからおそらく1週間が経った。ようやく落ち着いて来たのでこのノートに記録しておく。この空間では食事を取らなくても生きていけるようで、体が衰弱していく様子はない。それどころか身体能力が上がっている。ここ数日窓から眺めていて、霧が出ている間と、晴れたすぐ後は、あの巨大な人間が大人しいことに気がついた。……ここで多分日付が変わってるな」

「みたいだな」

「掻い摘まんで話した方がいいか。じいさんは他のやつらを見つけたけど、接触はしなかったみたいだ」

 ペラッと紙をめくる音だけが部屋に響いた。

「メモ代わりに使ってたんだな」

 和哉の言葉に、ヒカルはめも、とだけ返した。気にしなくていい、と告げて続きを読みあげる。

「それで結局あいつらの仲間に入ったらしいけど、労働の方にまわされたみたいだ。でもしばらくして、会社での経験を生かして、組織の運営の手伝いをさせられてたらしい」

 ふと和哉は寒気がして、思わず身震いした。思った以上に気温が低くなっていることに気がついた。

「あ、ヒカル。そこに薪があるだろ、ストーブに入れて火をつけてくれ。気温が下がってきた」

「分かった」

 ヒカルは慣れた手つきでストーブをつけた。ついでに水をやかんに入れておいてくれ、と頼むと、自分でやれ、と睨まれた。仕方なく和哉は下へ降りて水を入れてきた。

「なんでこんな寒いんだ?ここまで寒くなった事はなかったぞ」

「ああ、豪雨の直前はこうなんだ」

 ヒカルはベッドの毛布を引ったくり、包まってイスに座り直した。こうやって見ると普通の女の子だな、と一瞬和哉は思う。火が大きくなってきたのか、少し部屋が暖かくなってきている。

「街が水没するっていうあれか?だから追っ手が無かったのかな」

「そうかもな。それでも追っ手が無いのはおかしいんだけど。アンブラが上手くやってくれたのかな」

 和哉はその名前にピクリと反応した。

「やっぱあいつがけしかけたのか」

 おかしいと思ったんだよ、と和哉は言った。

「正直さ、ある程度打ち解けたとはいえ、出会ってそんなに経ってないやつのために、組織を裏切るのは変だと思ってた」

 カヨを助けるいい機会だったのもあるけどさ、と続ける。

「俺がブレインに飛び掛かったときさ、明らかにお前準備してただろ?」

 ヒカルは頷いたが、そのまましばらく固まっていた。よく見ると指先が小さく震えている。

「俺さ、アンブラに事情を聞きに行ったはずだったのに。気付いたらカヨを助けようと息巻いてた。なんで俺はそんなことしたんだ?」

「何を言われたんだよ」

「何を言われたっていうことはねーけど。その気にさせられてたんだよな」

 ヒカルはそう言って黙りこくった。和哉は空気を変えようと、お茶をいれた。久しぶりにこのお茶を飲むな、と少し懐かしくなった。ヒカルは猫舌なのか、必死に冷まそうとしている。それを見て和んでから、ノートの続きを読んだ。

「どこまで見たんだっけ。ああ、ここか。運営に回ってから10年以上たった頃、お前の母さんがやって来たらしい。素質が無かったせいで、そういうことをやらされていたみたいだ」

 ノートには、日本出身の人がいたが、私には助けられない、と記してあった。

「罪悪感で会うことすらしなかったらしいけど。同時期にアンブラが現れたりしてそれどころじゃ無かったみたいだ。アンブラはお前より少し年上なんだな」

 別に知りたくなかった、とヒカルは言った。ノートには、ヒカルが生まれたらしい、ということが書いてあり、そこからしばらくはヒカルの母さんのことは書かれていなかった。悪口や、愚痴も書かれており、和哉が出会った白衣の男としか思えない男についても書いてあった。

「結晶のエネルギーを使う、っていう技術を作ったらしいな」

 あのおっさんがか、とヒカルは感心した。

 そこから何年かして、龍一は結晶を移植して、地位を確かなものにしていった。そんなある日、ヒカルの母親が結晶能力に目覚めたという報告があった。そこで龍一はブレインに呼び出され、ある計画を聞かされたという。

「ある計画ってなんだよ」

 そこが重要だろうが、とヒカルは言った。ヒカルに待つように言って、和哉は全てのページに目を通した。

「計画のことは書いて無かった。お前の母さんの能力については書いてあった。あとは、お前の母さんとお前についてのことが書いてある。残りのページは全部植物とか生き物についての知識だな」

「なんて書いてあったんだ?」

「能力に関しては、非常に珍しい空を飛ぶ能力を持つ、って書いてある。飛行時間は短いけど、結晶を取り込み続ければ飛び続けられる、って」

「で、俺のことは?」

 こう書いてある、と和哉は書いてあるまま読んだ。

「実の娘のように思っている子が、好き勝手されているのを、仕方ないと逃げてきたことを許して欲しい。ようやく同郷の話が出来たと笑う彼女の目をまともに見れなかった。……このあたりはお前の母さんと、初めて会話した後みたいだ」

 ヒカルは黙って聞いている。

「彼女はある実験に参加することになった。飛行時間を伸ばすものだ。外部の結晶からエネルギーを供給する、という新たな技術だ。開発者は理論的には安全だと言っていたが」

 結果的に失敗だった、と文章は続いた。

「今回は空中にホバリングしていたが、粒子が集まって結晶が大きくなり、容量以上のエネルギーが流れ込んだためらしい。灰人になるほどではなかったが、脳の一部が麻痺し、発作的に凶暴性が増すようになった」

「そんな話聞いてない……」

 ポツリとヒカルが言った。気づくと手に持ったコップはぬるくなっていた。

「奴らの狙いが分かった。アンブラの助言を聞いて良かった。私は彼女の娘が死んでいたことにした。幸い彼女は娘に男の格好をさせていたため、意外にスムーズにことは進んだ。私はこれから彼女を連れて逃げる。娘には本当に悪いことをしたが、それは彼女が娘を愛していたからだ」

 そんな彼女に対して私は尊敬に近い何かを感じた、と和哉は読み上げた。

「わかんねーよ……」

 ヒカルは俯いていたが、和哉は続けた。多分ここからは日付が変わってる、と前置きをして、

「私が悪かった。私が悪かった。ごめん、ゆるしてくれ」

 と言った。

「この直前にお前の母さんは亡くなったんだと思う。筆跡が違う文章が書いてあるけど、多分これはお前の母さんの字だ。……陽ごめんね」

「これでヒカルって読むのか?どういう意味なんだ?」

「多分太陽とか明るいとか、そういう言葉だと思う」

「太陽の話は母さんからよく聞いた気がする。元の世界では、皆の真上で全てを照らしていたんだって言ってた」

 下に小さく、彼女から形見としてネックレスを受け取った、と書いてあり、さっきの箱の中身か、と和哉は思い出した。渡した方がいいかな、と食い入るようにノートを見つめるヒカルをよそに、箱を開けた。細いチェーンの先に、銀色の小さな飾りが付いている。悪戯ごころで、ヒカルの首にかけてやろうと、ヒカルに近づいた。首に手を回そうとすると、鳩尾を思い切り殴られ、和哉はベッドに叩きつけられた。

「何どさくさに紛れて変なことしようとしてんだ!」

 息も絶え絶えで、和哉はネックレスを示し、形見、とだけつぶやいた。

「ごめん」

 ヒカルは謝りながらも、俺が悪いのかと訝しんだ。

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