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第十五章 地球の裏側で オーストラリア  4 オージイ・バードス(オーストラリアのバーダー)

  オーストラリア

 

   4 オージイ・バードス(オーストラリアのバーダー)


「私は『マック』の会長です」

 べリス・フォレストが私にこう言った。イギリスのエセックスにあるサウスエンド・オン・シーから移住してきた新参のオーストラリア人である。マック?え、何それ? 私は眉をつり上げた。

「M―U―C―Kですよ」 べリスは説明した。「『カーネルの町をきれいにする母親連合(Mother‘s Union for Cleaning―up Karnell)』です」 キャプテン・クックの亡霊だとて、大声を上げて『マック』の活動をほめたたえたに違いない。

 キャプテン・クックが一七七〇年四月二〇日、この大陸に初めて上陸した場所を、私は見せてもらっていた。高貴なる野蛮人たちをおどかして追い払い、すばらしい真水を発見し、一週間滞在して目新しい自然を楽しんだところである。この遠征に同行した生物学者、ジョセフ・バンクスは、ここでたいへん多くの新しい植物を発見したので、この地をボタニー・ベイ(植物湾)呼んだ。

 オーストラリア生誕の光栄ある土地として、きちんと刈り込まれた公園には記念碑が立てられ、点在する樹木の手入れも行き届いていたけれど、じっさいの上陸地がある側のカーネルの町は、石油精製工場、作業場、もくもくと煙を吐いている工場の高い煙突、あれやこれやの産業廃棄物などで雑然とした汚れた町だった。

 ベリスが住んでいるのは町のよい方の側である。陽光がふりそそぐ十一月の夏の日、どの家の前庭も花をつけたバンクシア、アカシア、西部から運ばれた濃い赤や黄色のリトル・ガムなどでたいへんはでやかであった。ベリスと友人たちが組織している「マック」は、環境を色鮮やかにするのに成功していることは間違いない。しかし、彼女にとっての最大の報酬は鳥たちではないかと私は思った。

 バードウォッチャーでない人の目には、およそ鳥とは不似合いな環境とうつっただろうが、この地域には鳥が多かった。キリアイ、サルハマシギ、クサシギ、トウネンや他の渉禽類が、工場排水で色がついた水たまりのふちで餌をとっていた。半分埋め立てられたマングローブの沼沢地のまわりでは、ヨコフリオウギヒタキ、カオジロオーストラリアヒタキ、その他私にとっては珍しい鳥たちが、軽やかに飛んでいる。ブッポウソウ、音楽的な声のカササギフエガラス、金切り声を上げている派手な色彩のセイガイインコ類などが、交通の激しい道路に影をおとしているごつごつしたユーカリの木から求愛飛行をしていた。上空には白鷺類やペリカン、各種のサギ類などがいつでも飛んでいて、初めてのオーストラリアサンカノゴイまで見られたのだ。

 何年か後、ジョーンをカーネルに連れて行った時には、旧友のジム・フランシスとジョン・ウォーの助けを借りて、ジョーンはある日の午後だけで、自分のライフリストになんと四二種類もの鳥を加えることができた。私と同じく、ジョーンもひと目でオーストラリアという国にほれこんでしまったが、これは何も鳥のためばかりではなかった。

 べリスは、エセックス人らしい元気のよさを、すべて鳥につぎこんでいた。なかでもシギ・チドリ類をトラップで捕えてリングをつけるのに熱心だった。生気に満ちたこの国の野外活動団体のいくつもの会員として、さっさととけこんでおり、特にニュー・サウス・ウェールズ野外鳥学クラブのシドニー支部では、よく知られたメンバーである。この会のメンバーは、今日のイギリスの会員の多くとは少々異なり、野外に出て鳥を見ることそのものを、ほんとうに面白く思っていた。

 ご主人がゴルフに熱中しているゴルフ・ウィドウのひとりとして、ベリスはバードウォッチングで報復していた。そして、あるゴルフ狂の話をしてくれた。今まさに、勝敗にかかわるパットを打とうとしている男が、とつぜん打つのをやめて、遠くの道を通り過ぎて行く葬列に向かって頭を下げた。対戦相手から質問されると、彼はこう答えた。「ああ、あれは三〇年来このかた、かわいい女房だったのですよ」

「私のことかもしれないんですからね」べリスは笑った。終戦直後、ダンジネスの発展時期に見てきたように、野外へと解放された新しい女性の典型として、彼女はこのたくましい男社会の国で、他の女性から高い評価を受けていた。


 この時は、オーストラリア南西部の諸州から招待された旅行であり、ニュージーランドの野生生物局の協力を得て、チャーチル財団の奨励金によって出かけた研修旅行に続くものだった。私は新しい友人たちや、故郷で会っていた古い友人たちの気のおけないもてなしをおおいに楽しませてもらった。この人たちは、大学での直近の講演の後で、今回の旅行をはじめ、多くのことを計画してくれた。

 こんなにも多くの絆ができているのを見るのはすばらしかった。アデレードからシドニーへ飛んで、私はデヴィッドとエリザベスのクローズ夫妻のところに泊まった。彼女はサフォークのレイストンで、私たち夫婦の息子、ロデリックと同じ中学に通っていた。ミンズメアのまわりを案内したことがあり、愛すべきシドニーの市街を最初に案内してくれたゴールドスタイン夫妻のおかげでこの人たちに会わせてもらったのだ。

 故郷の鳥のサークルでたいへん親しくしていた懐かしいベアトリス・ブラウンの甥、エイドリアン・ブラウンもいた。ジョン・ウォーは二度にわたるイギリス来訪でまわりの田園地帯を案内するまでは、空から見る東アングリアしか知らなかった。同じくオーストラリア空軍の退役軍人で、ジョン・ウォーの親友のジム・フランシスも、私たちのところに来たことがある。オーストラリアの鳥のリストをふくらませつつあるブライアン・フィンチ、ニュー・サウス・ウェールズ野外鳥学クラブの現会長であるアラン・ロジャーズ、一九六六年にミンズメアでイギリス初記録のセグロアジサシを見つけたジョン・コックス。この人はアデレードで指導的な位置にあるエキスパートで、この後間もなく新種のシギを発見し、これは彼にちなんでコックス・サンドパイパーと命名されたのだ(訳注;後にこれは交雑種であることがわかった)。この他にも、移住した人の中に知人が何人かいたが、中にはマルタでいっしょに仕事をした、ジョンとカルメンのアゾパルディ夫妻もいた。

 戦前、そして一九五〇年代の移民ラッシュの時代にあって、移住者の中にいたイギリス人の珍鳥ハンターからインパクトがかかるまでの間は、オーストラリアのアマチュア鳥学愛好者は、限られた裕福な人々だった。彼らは派閥を形成して、バードウォッチングを社交手段としていた。RSPBの草創期の事情とよく似ているのではないだろうか。戦前は、オーストラリア人の九五パーセントまでがイギリス出身者だった。

「私が学校に上がった頃にはね」ジョン・ウォーが言った。「小さい男の子は、みんな卵を集めていたよ。あなたと同じにね。しかし、グールド鳥類保護連盟が一九一九年にスタートして、その会に入った者は、卵採集をやめたんだ」


 この人たちは、タウラ・ポイントを見せたがっていた。ボタニー湾に突き出した砂の半島で、州と国による開発計画が論議されており、ニュー・サウス・ウェールズ野外鳥学クラブは、手遅れにならないうちに保護区にしたいと考えていた。

 私を含めて六人のメンバーは、蚊が席巻しているマングローブを抜ける、長く困難な徒歩の遠征に出かけた。丸太にとまってねぐらをとっていたキアシシギの一群を飛び立たせたり、カオジロサギが地上に立って、まじまじとこちらを見つめているところに出くわしたりした。

 岬には、野生の楽園とも言うべき青い礁湖があった。若き日のキャプテン・クックがこの大陸での休養とくつろぎの時間をどれほど楽しんだだろうかということは、この場所を見ればよくわかるというものだ。湾の対岸には、不釣合いなことにはシドニーの高層ビル群が、まるでマンハッタンよろしく地平線に突き出していた。

 遠い摩天楼の景色はさておき、ここではあらゆる鳥を見ることができた。狭い砂嘴には何千羽ものミヤコドリ、オオソリハシシギ、ホウロクシギ、そしてこうした大型の渉禽類に比べると、ひどく小さく見えるウズラシギ、トウネン、キョウジョシギ、ムナグロ、オバシギ、そのほかのシギ・チドリ類がぎっしりと群れていた。

 集まっているシギやチドリの群れは、ぜんたいとしては褐色に見えるが、白い鳥が混じって色調を明るくしている。オオアジサシ、コアジサシ、それにもちろんギンカモメといった種類である。ギンカモメは、イギリスのユリカモメの南太平洋諸州版ともいうべき種類だった。きらきら輝く水を胸で押し分けて進んでいるのは、モモイロペリカンの小艦隊だった。マミジロウ、シロハラコビトウ、カワウ、ミナミクロヒメウなどが先触れ役をつとめ、古いカキ礁に止まって監視していた。

 とても暑い日で、足についた乾いた泥の上を、汗が筋をひいて流れ落ちた。こうした時にはいつもそうだが、私は水に飛び込みたくてたまらなかった。もちろん、べリスは私たちがパンツ一枚になっても気にしなかった。「私には同じことだもの」彼女は自分の衣服は一枚たりとも脱ごうとしなかったが、服をぜんぶ着込んだままで岸をすべりおり、澄み切った水に入った私たちに加わって、有頂天になってため息をついた。

 注意深いネズミイルカよろしく、私たちは静かに浮いて、シギ・チドリたちのねぐらのへりからわずか四メートルのところまで近づいた。おうへいなホウロクシギたちは、長い足をほんの数センチばかり動かしただけだった。シロハラウミワシが一羽、低く輪を描いて私たちを見に来た。私たちは、凍りついたようにじっとしていたが、シギたちも同じことをした。「やーあ、生きていてよかったよ!」かすれたささやき声が聞こえた。

 やがて私は水に浮いたまま服の山のところに戻り、カメラのカバーをはずして、これまで会った中でも最高に幸せなバーダーたちの証拠写真を撮った。


 オーストラリアでのバーディングは、ほんとうに気楽だった。オーストラリアでも、英米と同様に一種でも多く見ようとするリスティングはもちろん支配的なのだが、それにもかかわらず、である。北アメリカとちょうど同じく、オーストラリアでも国内で六〇〇種を見た人の六〇〇種クラブはもはや威信を失っていた。現在は、オーストラリア国内で七〇〇種を見るのが目標になっている。オーストラリア産の鳥類リストは七五〇種だが、増加を続けている。ただし、北米ではリストが八〇〇種をこえているので、勝算が高い。

 大学でフランス語とドイツ語を教えているアン・リンゼイといっしょに、私は広大なロイヤル国立公園のヒース地帯に出かけた。シドニーからおよそ五六キロ北に行ったところで、市街地は四五℃をこす熱気でちらちらしていた。たどりついた小さな峡谷でも、気温はちっとも下がらなかった。巨大な砂岩の丸石がごろごろしていたが、熱くてさわれないほどで、そよとの風もなかった。しかし、アンは幸せで楽天的な野外を愛する女性の典型で、どうやって楽しむかをよく心得ていた。オーストラリア人を水から出しておくことなどできない。むろん、私もそうである。まもなく、私たちは岩だらけの深いプールにつかっていた。彼女は驚くようないでたちで、おかげで私は冷や汗をかいてしまった。

 鳥見から方針を変更する前に、私たちは少々ながらちゃんと鳥も見た。レッド・ガムの木陰では、しわがれ声のアカクサインコが侵入に対して不平の声を上げた。ゴボゴボ音をたてる流れに足を浸して立っていると、何種類ものトカゲたちが、微動もせずに、冷淡な視線を浴びせた。ムナグロオーストラリアムシクイー実に鮮やかな色どりをしたムシクイの類であるーは、一〇センチもある長い青い尾羽を背中の方に思いきり傾けて、なんとも不条理なかっこうをしているが、水際の草から昆虫をとらえるのに忙しくしていた。丈の高い草のやぶにはいろいろな鳥がいて、とうとうエミュームシクイを見つけることができた。それどころか、一羽をうまくつかまえて、まるでダチョウの羽を小さくしたような、奇妙なもろい尾羽を調べてみることまでやったのだ。それから、うまく逃げ回る小さなヒワの一種、サザナミスズメを追いかけた。

 私はアンの後ろを歩いていた。彼女のビキニのウェストには、タバコとおなじみのレッドヘッドのマッチが突っ込んであった。ヘリが大きくてゆるく傾斜した日除け帽子は、あいにく、ぶらさがっているはずの押さえのコルクがなかったーいたずらしてやれなかった。しかし、褐色に日焼けしたアンの肩とウェストのまわりには、驚いたことに、「アクセル式」双眼鏡ハーネスをつけているではないか。ずっと昔、ダンジネスで働いていたころに、旧式のバー・アンド・ストラウドの双眼鏡の一・二キロもある重さを支えるために考えた、簡単なひもの結び方で、双眼鏡を首にかける時、首のうしろに重みがかからないようにするものだ。エリック・ホスキングの写真でこの方法は本にのり、やがてアメリカで、高級な応用品が売られるようになった。

「あなたが考えたんですって!」アンは大喜びだった。「私は何年も前にアメリカの人に教わったのよ。まあ、これはレディ・バードス(女性のバーダー)にあなたがやってくださったことの中では最高だわ!」

「見てらっしゃい!」私の双眼鏡をもぎとると、アンは私を水の中に突き落とした。

 まるでエデンの園であったーちゃんとヘビまでいた。もう少しで、私たちは夕食の約束を忘れてしまうところだった。シドニーに戻って、新聞界の大立者であるサー・ヴィンセント・フェアファクスと奥さんのレディ・ナンシーのお宅に伺うことになっている。レジ―とジョイス・グレンフェルがミンズメアに連れてきてくれた人たちだった。

 服を着ている時間などなかった。スピード制限や赤信号を無視して、アンはフォルクスワーゲンのキャンパーをふっとばし、ラッシュアワーの渋滞を抜け、エリート階級が住むダブル・ベイの邸宅の車道に車を横滑りさせて止めた。ありがたいことには、五分しか遅刻しておらず、私も車の中で黒のスーツに着替えてネクタイをしめたところだった。たぶん、フェアファクス夫妻は、運転してきたわが冗談仲間が車で去る時、ビキニ姿のままだったとは気づかなかっただろう。私たちはすばらしい夜の時間をすごし、産業と野生生物との競合について語り合った。



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