表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/59

第十四章 大きいことはよいことだ  2 憧れのアメリカ

  2 憧れのアメリカ


 鳥を見るには、適正な場所、適正な時期を選ぶことが大切だ。バンクーバーの北の山地にあるみごとな針葉樹林で、九月なかばに二時間を過ごした時には、見られた唯一の鳥は、高空を飛んでゆくナキイスカの大群だけだった。かろうじて声で識別することができた。そのわずか二週間前には、およそ一六〇〇キロ南にあたるヨセミテ国立公園のログ・キャビンで、数日間にわたって、森林の鳥のいわば大饗宴ともいうべき光景にあずかったものである。ふだんはめったに見ることができないカラフトフクロウのつがいが、早朝の陽光の中でぴったりとならび、お互いに暖めあっているところまで、目にすることができた。

 この時、サンフランシスコ在住のベテランのホストであるパトリシア・イエイツは、ジョーンと私をセコイアオスギを見るための旅行に連れて行ってくれた。崇拝すべき世界最大の樹木である。これはね、感謝の意味でもあるのよ、とパトリシアは言った。オークニー諸島の探鳥行の時、高い崖のふちがくずれて、私が彼女を助けたことに対してのものだそうだ。

 私たちの世代のイギリス人は、小学校の時、一本の特別のセコイアオスギ、ワウォナ・ツリーのことをしっかり覚えたものだ、と話すと、パトリシアは驚いてうれしそうな顔をした。他のアメリカ人もそうだった。世界最大の生物であるこの木の根元にくりぬかれたトンネルを、馬と二輪馬車が通り抜けている写真は、われわれの地理の教科書中の驚異だった。写真にうそがなかったことを自分の目で確かめることができたのは、まさに畏怖すべき偉大な瞬間だった。老いた君主、ワウォナ・ツリーは数年前についに齢にたおれ、かたわらに横たわっていたのではあったけれど。

 パトリシアが後に、七五メートルもの樹高をもつセコイアメスギを見るために、ミューア・キャニオンに連れて行ってくれた時も、感傷的になるのを禁じえなかった。これが世界でもっとも樹高の高い木々であり、ナチュラリストのジョン・ミューアとセオドア・ルーズベルトによって一九〇八年に救われたということを、はるかな昔に私たちは学校で習った。自然界の驚異の縮図とも言うべき偉大な木々のもと、畏怖に満ちて立ち尽くし、長いこと憧れていた巨人たちを目にしたジョーンは、感動に目をうるませていた。

 この森林には鳥がほとんどいないことも印象的だった。セコイアメスギの樹皮は、昆虫にとって有害なためである。


 私たちは、たいていのイギリス人同様に、アメリカというもののイメージのなにがしかをハリウッド映画から受けて育ってきた。ミチバシリという鳥を紹介してくれたのは漫画映画だったが、現実に目にするまでは、ほんとうにこんなものがいるとは信じられないような奇妙な鳥である。乾燥した道路を走る速度は、なんと時速四二キロにも達するのだ。

 アリゾナ南部の砂漠で、熱心な標識調査者(イギリスではリンガー・アメリカー日本でもーは「バンダー」)のジェーン・チャーチといっしょに見た一羽はものすごかった。砂ぼこりをけたてて私たちの車の前を走っていたかと思うと、巨大なジャイアント・サグアロ・サボテンの垂直の幹をそのまま駆け上がり、サボテンの腕に沿って走ったものだ。サボテンは、まるで石でできた交通巡査のようなかっこうで道の脇に立っていた。テキサスとメキシコの境界にあるサンタ・アナ保護区の熱帯の灌木林では、ふとって黒いムジヒメシャクケイとミチバシリが、まさに「トムとジェリー」のアニメそのものの追いかけっこを演じてくれた。

 イーベン・マクミランは、カリフォルニアで経営している食堂で、死んだハツカネズミを箱から出して道に放り投げ、口笛を吹いた。すると、どこからともなくミチバシリが一羽あらわれて、芝居がかったしぐさでネズミをくわえ、ごっくり呑みこんで、カメラのお呼びに対してポーズをとってくれた。二二〇羽ものカンムリウズラが見物に集まってきていたが、ミチバシリは猛然とウズラを追い散らし、群れはちりぢりになってとげだらけのやぶに消えてしまった。バードウォッチングは、いつでも娯楽産業の一端をなしている。

 ジョーンにはもうひとつ、映画によってかき立てられていた野心があった。ラッコがあおむけに浮いて、甲殻類をたたき割り、身を食べる光景を自分の目で見てみたいとずっと憧れていたのだ。それぞれ別の機会に三回にわたって西海岸に旅行したにもかかわらず、この目的は果たせずにいた。

 アラスカの漁労野生生物局のジョン・アンドリューが、アンカレッジからスワードへ向かって南下する旅に連れて行ってくれた。雲ひとつない十月の青空のもと、静まりかえった湾がひろがっている。すぐ沖で、四頭のラッコが獲物を食べていた。お腹を上にして浮き、カニの足や甲羅のかけらをお腹から払い落とすのに躍起となっているところだった。たっぷりと食べて満足していたのは、およそ十二羽もいたハクトウワシも同様である。かんたんにとれる大きな鮭の肉を十分に食べた後で、道路わきの松のてっぺんにとまって羽繕いをしていた。

 寒い北方へとここまで北上してみると、種構成の傾向と気候との関連は明白だった。南方のように多種多様の種類が見られるわけではない。しかし、私たちが見た鳥は、どれもむしろ特別のものだった。ヨーロッパでは見ることができない各種のウミスズメやウミガラスの類、カモ類では、もしイギリスで見られたとしても非常に稀なアラナミキンクロ、シノリガモ、コオリガモ、キタホオジロガモといった種類だ。

 アンカレッジのゴミ捨て場では、何千羽ものカモメが入り乱れて飛ぶのをみた。シロカモメ、ワシカモメ、そしてワシカモメとセグロカモメの混血児といったおそるべきしろものである。暖かくて鳥がたくさんいるフロリダで、私に新しい種類をとてもたくさん見せてくれたポール・サイクスも、メキシコより北の北米で七00種類を見るというマジカル・マーク達成の野望のため、この場所に来たことは疑いの余地がない。

 しかし、こうしたことすべてにもかかわらず、ジョーンと私にとっての最高の眺めは、ごくありふれたカナダガンが何百羽も、いくらか乱れたV字型の編隊を組んで、一六〇〇メートルの高さから、鳴きかわしながら、雪におおわれた山々を越え、南を指して飛んでゆく光景だった。この鳥たちは四八〇〇キロも離れた南部の諸州で冬を過ごし、ハンターに撃たれるものも多い。イギリスにいるカナダガンとはなんとロマンチックな差だろうか。イギリスのカナダガンは三〇〇年前に導入されたものだが、肥え太った怠け者で、繁殖力旺盛であり、もはやカモ撃ちのハンターの獲物としても喜ばれていない。生存のための渡りさえ、やらないも同然なのだ。


 セオドア(テディ)・ルーズベルトこそ、アメリカのバーダーにとっての恩人ともいうべき人と言えるだろう。大統領在任中に、この人は森林局を設け、六十万七千平方キロに上る地域を野生生物のサンクチュアリとして確保した。一九〇九年、この偉大な人物は職を退いて、鳥を見たり声を聞いて楽しんだりする余生を望んでいた。鳥を見る助けにはイギリスの鳥の本をひもとき、多くの書物を読んでいた。

 政治上の困難な局面に外交手腕が必要とされ、イギリスの外務大臣の交渉の場にのぞむにあたって、いったんは引退したこの人以上の人材は望むべくもなかった。当時のイギリス外務大臣といえば、鳥学愛好者としてこれ以上高名な人物はいないと言うべきサー・エドワード・グレイその人であったからだ。一九一〇年六月九日、この二人の政治家は、ニューフォレストでかの有名な歴史的散歩を行った。この時に見られた鳥は四一種、そして二三種にのぼる囀りを聞いている。

 有名であれ無名であれ、熱狂的であれ穏やかな興味であれ、私たちはそれぞれある意味では自分なりのリスターである。鳥の美しさや行動をただ見て楽しむタイプの人に対するいわゆるバードリスターは、北アメリカでもイギリスのトウィッチャーと同様に大きな割合を占めている。

 七四五〇平方キロに及ぶカナダのアルゴンキン州立公園では、巣についているハシグロオオハムのかたわらにカヌーをとめて、座っている鳥をまじまじと見つめることができる。前の晩、不気味なヨーデルのような声を上げて人の目を覚まさせた張本人だ。海岸では、休息しているアジサシやカモメにゆっくりと歩いて近づき、チェックリストに印をつけたり、至近距離で写真をとったりすることもできる。ビスケットのこまかいかけらを置いておき、寄ってきたミユビシギがつまんでいる間、わずか二メートルの距離から眺めることもできるのだ。

 保護区域―その多くは湿地であるーの中では、鳥たちは一定の観察路を歩いている人間に慣れている。各種のサギ類やアメリカヘビウ、アメリカムラサキバン、ヒメコンドル、クロコンドル、その他たくさんの鳥は、まるで写真を撮るためにポーズをとってくれているようだ。フタオビチドリは農場に巣をつくっている。南部では、キャンプ場のキャラバンの間で、シロトキやユキコサギが餌をとっているし、日中、競技場のグランドに何百羽ものハサミアジサシがおりて休んでいることもある。

 フロリダのキーズの近くでは、カッショクペリカンとダイサギが釣り人と肩を並べて止まっていた。この鳥たちは、魚がたぐりあげられるのを待って、釣り糸からひっさらってしまうのだ。キイ・ウエストの港では、何羽も来ていたミサゴがえびとりの漁船のマストの先止めを止まり場にしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ