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第十二章 マルタの虐殺  1 地中海の銃猟

地中海の島国、マルタ共和国では、激しい銃猟に抵抗して保護活動を続けているマルタ鳥学会のメンバーに協力して、この国初の自然保護区造成を進めました。苦しい挑戦です。

 第十二章 マルタの虐殺


 

   1 地中海の銃猟


 渡り鳥に国境はない。私たちはヨーロッパ北部の繁殖地で鳥を保護している。しかし、同じヨーロッパでも南では、同じ種類の鳥が殺されている。鳥たちは、生まれ育ったヒースや森林地帯だけではなく、渡りのルートや越冬地でも、移動する地域の全体で保護されるべきものだ。

 国際鳥類保護会議;ICBPは、一九二二年に創立されて以来、こうした問題に立ち向かってきた。しかし、状態が改善されたのはようやく戦後になってからのことである。EC;ヨーロッパ会議の野生鳥類保護部会が、加盟国に対して何らかの制限を加えようという試みをはじめる前から、ICBPは政治的な影響力と、フィールドに投入すべき財源を持っていた。最初に必要とされたのは、問題の重要度をはかり、いちばん罪が深いのはどこの国かを調べることだった。このための委員会が一九七六年に結成された。

 大がかりな仕事には、おおげさな名がつくものだ。委員会の名称は、「渡り鳥大量殺戮防止ヨーロッパ委員会」というものである(一〇年のうちに、発音するのもやっかいなこの名称は「渡り鳥プログラム」に改められた)。

 一九七八年と一九七九年、オランダのツェイストに置かれた委員会の本部から、ジーグフリード・ヴォルデクが地中海地方の国々のほとんど全域に派遣され、事情を聴取した。ヴォルデクは活動的で、尊敬に値する人物である。この人は鳥の保護のためにはかくあるべきという地方の条例を作った政治家と話をした。この条例を実施する役人をおおいに勇気づけるため、規則を施行する立場にある役人と話をした。こうした法律を鼻でせせら笑う鉄砲撃ちや罠猟師たちとも話をし、仮にもしそういう人々が存在している場合は、自然保護家とも話をした。

 委員会と名がついたものには、竜頭蛇尾に終わるものもないわけではない。しかし、このレポートはそんなものではなかった。ヴォルデクの報告書「地中海地方で殺されている鳥」は、鳥の保護という我々の仕事に関してこれまでに書かれたものの中でも、もっとも影響力を持ち、考えさせられるドキュメントである。

 このレポートによれば、殺される鳥は莫大な数にのぼることが示されている。世界の自然保護家は衝撃を受け、一般の注意を喚起するためにできるかぎりの努力を行った。尊敬すべき何人かの議員は、田園の猟区を一掃したいとまで言った。しかし、たいしたことはできなかった。

 アメリカ合衆国における全米狩猟協会のように、南ヨーロッパのハンターは政治家を手中におさめている。「猟がだめなら票もなし」とハンターは言った。狩猟欲と、グルメによる小鳥の肉の需要とは共存を続けていたのだ。一九五五年、アルルのジュール・セザール・ホテルでツグミのパイを出された時には、私は食欲を全くなくしてしまったものだけれど。この時は、イギリス系アメリカ人の劇作家、レジー・デナムにカマーグの鳥を見せるための二週間の旅行の初日だった。

 何百万羽かの前後はあるにせよ、およそ五〇億羽の渡り鳥が地中海を毎年横断している。ヴォルデクは、このうちの少なくとも一五パーセント、七億五千万羽にのぼる鳥が撃たれたり、罠でとられたりしていると見積もっている。大半は単なる楽しみで殺されているものだ。土地にしがみついて暮らす貧しい小百姓が、食用とするために小鳥を罠で捕るという日々は、もはや過去のものになったも同然だった。しかし、少年たちはよそに売るために、いまだに網や手製の罠をしかけているし、東の地域では、丘のきわのオリーブの小枝にとりもちを塗っておく方法がとられている。

 陽光を求めて北国からやってくる白色人種が、観光でお金を落として行くために、地中海のハンターもわりあいふところが豊かになっている。そして、車やモーターバイクといった機動力を手に入れて、渡り鳥が上陸した場所にすぐさま到着できるようになった。今では彼らは五個もカートリッジを備えた散弾銃を獲物に向けて発射し、血染めの羽毛の束に変えることができる。ずたずたになった死体を拾い集めて、戦利品としてベルトにぶらさげ、家に戻ったり、土地の酒場に入って、鼻たかだかで見せびらかすことが、男らしさの証明になるのだ。

 イタリアに旅行する観光客は、夜明けとともにわき起こる銃声の連発で起こされることが多い。いなか道を散歩していると、民兵よろしく肩を並べて進んで行くハンターの列にぎょっとすることもある。こういった経験をしていると、ヴォルデクの報告にあるように、渡り鳥を殺している国のなかでもイタリアが最悪とみなされる結論も納得できる。しかしながら、イタリアの小さな島であるカプリ島が、単位面積あたりでは地中海沿岸地方で銃猟者の密度が最も高く、悪しき土地のうちでも最悪の地方であるとしても、世界全体で最悪の暗黒地帯はマルタ共和国であるに違いない。


 マルタ共和国の主要な三つの島は、合計してもわずかに面積三一二平方キロにすぎない。住民は三四万人。年間これに倍する旅行者が訪れる。この島には、失われつつある田園地帯を徘徊するおびただしい狩猟者の大群が存在している。狩猟免許をもっている銃猟者は一二六〇〇名、罠猟者は四〇〇〇名で、全人口のおよそ五パーセントにあたる。この他に、法律を侵す密猟者として、銃猟者二五〇〇名、罠猟者二〇〇〇名がいる。

 鳥撃ちは、いわばこの国の国民的なスポーツで、並々ならぬ情熱が傾けられている。運の悪い渡り鳥が餌や休息を求めて上陸しようものなら、ほとんどどこの場所であっても銃撃されることになった。それどころか、北の国から渡ってきたアマツバメやツバメ(マルタでは繁殖するチャンスなどないのだ)が、断崖沿いに飛んでいる最中に、沖に出た舟から銃撃されて海に撃ち落とされることもある。

「どうってことはありませんよ」と彼らは言うのだ。ごくありふれた鳥だし、射撃練習のよい的ではないか、というわけである。

 墓地や公園でさえ、サンクチュアリにはなっていない。樹木におおわれた小さな地域、バスケット・ガーデンは、長年にわたって銃猟禁止の表示がなされているにもかかわらず、公的な銃猟場にされている。渡りの季節の木陰の道をあえて歩くなどという危険をおかそうものなら、雨あられと散弾を浴びることになる。

 マルタ人男性の男らしいいでたちといえば、迷彩服、薬包をびっしりつけた弾薬帯とベルトといったものである。これは、おびただしい戦争の結果だった。紀元前五千年ごろ、新石器時代初期のシチリアから移住してきた人々が住み着いて以来、この小さな島はフェニキア、カルタゴ、ローマ、ビザンチン、サラセン、ノルマン、十字軍、近代にはフランスなどに次から次へと占領されてきた。戦略的にたいへん重要な位置を占めているためである。一八〇〇年、フランスに替わってイギリスがこの島を領有した時には、イギリスはむしろ留まってほしいと依頼された立場であった。

 浅黒くて背が低いマルタの男は、小柄な体格を補うためのいわば補償作用で、やかましい音を出す大きな銃器が必要だと思っている。教養がある人は、おおかたのイギリス人よりも注意深く英語を話した。そして、外国人に対して天性友好的だった。

 この人たちは、誓って、どれほど自分が鳥を愛しているかと言うに違いない。なにしろ、いつも身近に鳥を所有しているし、毎年一〇〇万羽以上も殺して手に入れているのだから。食用にされるのはキジバトやツグミだけで、珍しい種類や羽のきれいなものは、島に五〇人もいる剥製師の手で剥製にされた。地元で入手した鳥の剥製の大きなコレクションを持つのは、おおいに誇りとされることだった。

 この他にも、無双網クラップネットによって、おもに短い渡り期間中のヒワ類が一五〇万羽もとられていた。鳴禽類の雄は、首都ヴァレッタの日曜朝市で、法外な値段で売られている。鳥たちの大半は保護鳥のリストにのっているというのに、すべては堂々とおおっぴらに行われていた。たいへん人気の高いアオカワラヒワは三〇マルタ・ポンド、ムネアカヒワの雄は一〇マルタ・ポンド、同じく法律的には保護されているはずのヒメコウテンシとハクセキレイは、生きているわずかな間、子供のおもちゃにするために、一イギリス・ポンドで売られていた。

 年配の罠猟師の何人かは、雌や売れない種類の鳥を放してやっており、鉄砲撃ちの無神経でやかましい行動を嫌っていた。しかし、そのまた何人かについては、たいしてましなことをしているわけではなかった。囀らない雌はやっかいものにあたるので、雌を網にかけてしまい、また骨折って仕掛けなおす面倒を避けるため、雌がとれると尾羽を切ってしまう。網のところに鳥が戻ってきた時、かんたんにわかるようにするためだ。

 狩猟や無双網猟に適した場所はどんどん少なくなっている。わずかな場所をめぐる競合の結果として、残っている開けた土地で、岩や石にペンキで大きく書かれたRTO;禁猟区の文字は、銃撃の標的にされることになった。

 同じ一羽の鳥をめがけて多くの銃口が火を噴き、時にはハンター同士がお互いを撃ってしまうという状態はおそろしいものである。一羽のカッコウが、撃ち落とされるまでになんと二七発もの銃撃をうけたのを私はじっさいに目にしている。一羽のキガシラコウライウグイスは、アフリカからの長い旅路から休息を求めてやってきて、マルタ島の北のせまい首の部分を波打つように飛んで横断している間に、二〇発もの銃撃を浴びた。この鳥は、結局海へと再び逃げおおせた。

 何人かの男たちが、保護区域であるケネディ・メモリアル・グローヴのピクニック・サイトにある小さなアシのしげみをとりかこんでいるのを見たことがある。二頭の犬が繁みに入れられて、一羽のバンを追い立てた。バンはすぐさまずたずたになるまで銃撃された。犬の一頭にも弾が当たってしまった。スポーツマンたちは、射撃の名手であることに勝ち誇って大声で叫んでいたので、哀れな犬の悲鳴はかき消されてしまった。

 私はよくメリーハ湾にある友人のアパートを使わせてもらっていた。造成地であるにもかかわらず、そこでも銃声がひんぱんに聞かれた。ある朝早く銃声を聞いたが、この時はハンターのひとりが静かな水面に木製のカモのデコイを浮かべて隠れていたところ、別の鉄砲撃ちがやってきて、ほの暗い水面に浮かぶデコイを木っ端みじんになるまで撃ち飛ばしたのだ。同じ湾で、両親に連れられた男の子がペットのマガモを水ぎわで泳がせていたことがある。マガモは軽いハーネスでひもにつながれていた。そこへやってきた車が急ブレーキをかけて止まり、鉄砲撃ちがとびだしてきて、いきなりカモを撃ち殺した。

 

 ジョー・アタード警部は、バスケット・ガーデン「鳥類保護区」で、まさに命をかけて、ギャングのような鉄砲撃ちを取り締まっていた。裁判所は軽い罰金刑を課すだけで、押収された火器も、嘆願書によって、後にすべて返却されている。安全であるべきこの公園で、秋ごとに鳥たちが撃たれ続けているのだ。

 渡り途上のハチクマは、ねぐらに下りてくる前に、木立の上空でのどかに輪を描く。ハチクマはヨーロッパでは年々数が少なくなっている猛禽だが、九月のある日曜の午後には、なんと四五羽もが数えられた。まかり間違えば撃ち落とされるところだったものだ。しかし、これはマルタで年間に殺されている四五〇〇羽ーぞっとするような数ではないかーもの猛禽類のうち、ほんの一部を占めるだけだった。

 人間が近づくことのできないフィルフラ岩礁で営巣しているセグロカモメとオニミズナギドリを別にすれば、マルタ共和国では中型から大型の鳥は何一つ繁殖していない。建物や崖にごくふつうに見られたコクマルガラスは、一九五六年に根絶やしにされた。タ・センクのハヤブサが最終的に消滅してしまったのは、一九八二年のことである。崖に巣を作っていたメンフクロウは、巣立ちしたばかりで難を避けることができないヒナを撃たれたため、一九八八年にマルタで繁殖する鳥のリストから除外された。

 現在、マルタで繁殖している鳥はわずか一八種類、しかもジョー・サルタナによれば、このうちの一三種類(すべて留鳥)は、マルタでは絶滅のおそれがあるとされている。一九八九年にこの人とパトリック・シェンブリによって出された「マルタのレッド・データ・ブック」の内容に含まれているが、これはおそろしいリストである。繁殖がうまくいっているのは昆虫を食べる小型の種類で、ヨーロッパウグイス、ごく小さなセッカといったものだ。マルタ共和国の国鳥であるイソヒヨドリは、南ヨーロッパから日本やマレーシアにまで広く分布しているので、種としての絶滅の危険はない。しかし、国鳥に指定されているのに、銃猟者からはいっこうに尊敬されず、巣泥棒もいるので、わずか二〇〇つがいほどに減ってしまっている。

 ジョー・アタードが押収されたロビンを放してやったのは、バスケット・ガーデン以外ではありえなかった。男の子たちが罠でとらえ、小さなケージにとじこめて、死ぬまでの間飼っていたものだ。 マルタ共和国は川がない小さな島の集まりで、マルタ島(二四三平方キロ、長さはわずか二七キロ)、ゴーゾ島(六七平方キロ)、コミーノ島(二・六平方キロ)には、バスケット・ガーデンのほか、隠れ場となるようなまとまった木立のある場所はほとんどない。都市化が及んでいない地域と言えば、さんご質の石灰岩の露出地や、イギリスの分割貸与農地によく似た小さい農場といった環境だった。墓地などを含めた公共用地と同じく、ほとんどの土地は鳥撃ちの場となっていた。

 マルタの銃猟者は、鳥撃ちにかける情熱を満たすため、もっと場所を求めて北アフリカにまで足をのばしている。最近、一〇人からなる一行がカイロの近くで五日間にわたって浮かれ騒ぎをやってのけ、なんと一万羽もの鳥を撃ち殺した。そして死んだ小鳥の小さな体をひもにつないで、衣服を完全におおった姿を誇らしげに写真にとっている。エジプト政府は現在ではこうした虐殺を規制している。

 



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