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第一章 人生の第二ラウンド  2 ダンジネスの営巣コロニー

2 ダンジネスの営巣コロニー


 成長するにつれて、鳥の住み場所への興味は増していった。そして、ある鳥が一つの種名で呼ばれるのと同じくらいはっきりと、その鳥は、水辺から遠く離れたハリエニシダのしげみで、根元の石の上に巣をつくる、と認識するようになった。

 ボスウォールは、共感か楽しさといった同意の声を出した。RSPBのスタッフになったばかりで、伝え聞くところでは、ダンジネス保護区を再開するための人を探すというのは、現場における最初の仕事のひとつだそうだ。ダンジネス保護区は一九四〇年以来陸軍のために放棄されており、五〇〇ヘクタールの広さがある。ボスウォールは風采がよく、魅力的な人柄であるとともに率直でもあった。RSPBは寄付金で成立する団体で、貧乏だった。ダンジネスのワーデン(保護監視人)というのは、たいへん低い給料、困難な生活、時間無制限という仕事を意味していた。

 志願した犠牲者が必要というわけだ、と私は考え、郵政省の年金を神に感謝した。

 私たちは保護区の現状について話し合い、悲しむべき情けない状態だという合意に達した。残っている鳥たちは戦前のコロニーのわずかな名残にすぎず、産卵したとたんに卵をとられるありさまだった。RSPBが考えていたのは、リッドの町の近辺から卵を取りに来る人々を締め出せば事足りるということだった。監視が行われなくなった一九四〇年以来、戦時中の乏しい食料配給に卵を加えるため、毎年のように大々的な略奪がおこなわれていた。保護区と隣接した砂利場全域は、リッドの射爆場を拡大するために徴用されていた。

 ダンジネスは、かつては有名な鳥の繁殖地域だった。二〇世紀初めには、ダンジネスの砂利場の高みで巣を作っている海鳥のコロニーは、イギリス南海岸では最良のものと考えられていた。しかし、当時は数の少ない種類の鳥や卵を収集することが流行していたので、一九〇八年にRSPBは賃金を払う最初の繁殖期の見張り人として、フレッド・オーステンを任命した。岬の北の地域の貴重なイシチドリとシロチドリを保護するためである。翌年には、現在のRSPBの保護区域になっている西の地域のアジサシや他の鳥を守るため、ジャック・タートが任命された。賃金はとても少なかったので、見張り人の義務は、生計を支えるための通常の仕事―おもにグレートストン・サンズでの釣り餌用のゴカイ掘りや漁などーの妨げになるほど重いものにはならなかった。

 一九一五年、自然保護区推進協会はダンジネスを重要度Aに指定した。岬の西側の砂利の上では約一千つがいのアジサシが営巣しており、一〇つがいのコアジサシと、何百つがいものユリカモメも巣を作っていた。海岸からもっと入った砂利場には七百つがいのセグロカモメがいた。ホッペン・ピッツでも、数の変動は激しかったが、カモメ類が繁殖していた。ダンジネス地域全体のカモメ類のうち、もっとも重要な種類は三〇~四〇つがいのカモメだった。カモメはスコットランドでは普通に繁殖している種類だが、イングランドとスコットランドの境界線より南では、このケント州のわずかな繁殖群が唯一のコロニーになっていた。

 イギリスの繁殖鳥の中で、さらに稀な種類としては、シロチドリがいた。レイドの浜の内陸部の砂利場で、沿岸警備の防護壁や、ぽつんと建てられた黒いタール塗りの漁師小屋の裏などで巣が見つかることがある。ほんの数つがいに過ぎなかったが、当時はそれがイギリスで唯一のものだった。八から一〇つがいのイシチドリもこの土地の繁殖鳥の中の重要種だった。どの種類も、野生的で開けた場所の砂利の間で巣をつくるので、人間や他の捕食者に簡単に卵をとられてしまう。ハリエニシダの茂みや草やぶ、砂利採取跡の池やデンジマーシュ・シューア、アシ原やラッシュのしげみなどで巣を作る小鳥類を入れると、この奇妙な環境全体では四〇種類にのぼる鳥が繁殖していた。ダンジネスは海岸にある砂利場としてはヨーロッパ最大のものであり、世界でも最も重要な四か所のうちの一つにあたる。

 ロナルド・ウィリアムズと私がヒナに標識足環をつけるために海鳥のコロニーに侵入すると、すぐさま憤慨した親鳥たちが頭上に群がってぐるぐる旋回し、たいへんな騒ぎになってしまったものだ。親鳥が騒ぎ出す前にリングをいくつもつけられたためしはまずなかった。こうした鳥たちの騒ぎは見張り人のジャック・タートの注意をひきつける。はるかかなたから、彼の制服である白い帽子がひょこひょこと低い谷を抜けてくるのが見えた。ジャックが呼ぶところの「バックステイ(後方索)」―くずれやすい小砂利の上を歩きやすくするため、かんじきのように使っている小さな木の板―をつけて、侵入者を追い払うという骨折り仕事をするために、大急ぎでやってくる。むろんつかまるようなヘマはしなかったので、ジャックはどれほど私たちを呪ったことだろう。

 これは、一九三六年になって、私たちがものごとを本来あるべき姿に正す前のことだ。この年、私たちはジャックと親しくなり、ヒナに足環をつけに行って承諾を得るたびに、チップとして六ペンス渡すようになった。ジャックはあっぱれな男で、ダンジネスの鳥についての記録をRSPBに送ると同じく、H・G・アリグザンダーにも送っていた。また、はえぬきのダンジネスの古老として、このふしぎな土地の鳥や人々についての伝承を数多く語ってくれた。繁殖期の見張りを三〇年間にわたって続けた後、一九三七年にジャック・タートとフレッド・オーステンのふたりが相次いで亡くなってから、ジャックの甥のジョージ・タートが見張り人長の称号を受け継いだ。

 鳥たちのコロニーでいちばん印象的だったのは、いくつもの種類の鳥が仲よく共存していること、そして、通常はたいへんふ化率が高いことだった。カモメたちはライ湾とセント・メアリ湾の一マイル沖まで干出する干潟で、たっぷりと餌をとることができた。ロムニー・マーシュの草刈り跡や牧草地にも餌は豊富だし、ヘイスティングスとハイスの間を往復する小舟から、魚のはらわたや食物を投げてもらうこともあり、カモメがアジサシのヒナをねらったり、ヒナがもらうはずの小魚を横取りする必要はなかった。自然界の捕食者による影響は明らかに重大なものではなく、また広大で過疎な地域のコロニーでは、なわばりをめぐる競合もなかった。

「今は事情が違いますね」ボスウォールは言った。「新しいワーデン(監視人)の仕事は、地域の人たちの卵の略奪を止めさせて、繁殖コロニーに残っている鳥たちの個体数回復をめざすことです」

 監視人の職につくことを切に望んでいる以上、こと、この場に至って、かつて私自身も卵の略奪者のひとりであったと告白するのは得策ではないと思われた。一九四一年にキャンバー・サンズのすぐそばに駐屯していたのは、なんと幸運なことであったろうか。ここは子供のころの私の遊び場だった。私はイギリス砲兵隊の一団と保護区域に向かい、卵をとりにくるリッドの少年たちをはるかに上回る成果を上げて、当時は三〇〇もあったセグロカモメの巣から、バケツに二杯分もの卵を持ち帰った。大きくて斑点のあるカモメの卵に、コックは疑わし気な顔をしていたけれど。遠く離れた砂丘の中にある砲撃基地は、リッドの市民と同様に、十分な食料供給が受けられなかったのだ。

 人間を締め出すだけでは問題は解決しなかった。繁殖場所のあちこちには新しく砲弾の爆裂孔ができていたが、その中から出てきたキツネを追い立てたことを思い出した。ハシボソガラスも今では何か所かで巣を作っている。こうした熟達した捕食者たちは、どちらも戦前は保護区内では繁殖していなかった。もっとも一九三〇年には、一マイル離れたところでカラスのつがいが巣をかけ始めてはいたけれど。監視人ワーデンは、猟場番の役もつとめることになるな、と、仕事の内容にはいささかの風味が加わった。

 ダンジネスのコロニー再生は、その任にあたる人間への挑戦状のようなものだが、ボスウォールが言うには、これはRSPBと、監視への経費を出してくれるはずの自然保護会議ネイチュア・コンサーバンシー(一九九一年四月からはイングリッシュ・ネイチュアと名称を変更した)とによる、言わば財政上の賭けにあたるのだそうだ。保護区の将来が危ういのだった。

「バローズ老が心配されているのはあたりまえですね」

 私は戦前、古くからのRSPBの委員であるバローズ氏とはよく会ったし、当時からこの人をよく知っていた。一九五二年のこの時には八十二歳になられているはずだ。小柄なお年寄りで、リッドの町からあばたのように穴ぼこだらけのデンジマーシュ道路を通って、大きな古ぼけた自転車でよたよたと保護区まで通ってきていた。

 ダンジネスとその鳥たちに魅せられていたリチャード・バローズは、現状に絶望し、なんとか救いの手を差し伸べたいと考えて、一九二四年、リバプール大学の電気工学教授の地位をなげうって、リッドに引っ越してきた。五年後、道路沿いに帯のようにひろがる宅地開発を防ぐため、バローズ氏はボールダーウォール農場と、リッドとダンジネス間の道路に沿った二〇ヘクタールの土地を八〇〇ポンドで購入した。彼は知らなかったことだが、一九三一年にRSPBはウォーカーズ・アウトランズとして知られる一〇二ヘクタールの土地を七五〇ポンドで売りたいという申し出を受けていた。ここは砂利場にふちどられた灌木地帯で、たいへん重要な場所だった。RSPBがこの申し出を断ると、この土地は地元の建設業者に七六〇ポンドでせりおとされたが、一〇〇〇ポンドで再び売却の申し出が出ている。

 リッドの小さな家でお茶をふるまってくれたあと、バローズ老が話してくれたことによれば、この話を聞いた時はひどく狼狽してしまったということだ。しかし一〇〇〇ポンドであっても、投資の対象として、またダンジネスの保護を進めてゆく上で、この土地はよい買い物であると強く主張して、バローズは五五〇ポンドを提供し、また会が行動を起こさなければ委員を辞めるといっておどかした。ウォッチャーズ・コミティの心強き議長であったフランク・レモン夫人―当時のRSPBの方針は事実上彼女の決定にゆだねられたようなものだったがーはこの要請にすぐに応じ、必要な四五〇ポンドをランカスターの二人の婦人、ミス・ハリソンとミス・ソーンリーの寄付によって確保した。

 これに勢いを得て、バローズは同じ年のもっと後、別の一一〇ヘクタールの土地について、九千ポンドの代価のうちの六千五百ポンドを寄付した。高くつく銀行口座の超過引き出しをもっと釣り上げたわけだ。皮肉にも、この土地は一九二五年に二千ポンドで購入しないかとRSPBに提案されていた四〇〇ヘクタールの土地の一部だったが、当時は資金がなかった。残額はダンジネス保存委員会によって支払われ、後に委員会からRSPBに所有権が委譲された。同じく波乱が多かった戦前の十年間のできごとのひとつだが、建築業者たちはその後契約に違反して、南のリトルストーンから岬に至る海岸道路を作った。また、ダンジネスの生死にかかわるというべきデンジマーシュとホッペン・ピッツの大切な地域が一九三七年に売りに出された。RSPBは売値をのむことができなかったが、バローズは地元の有力な農家であるリッドのH・J・ブラックロック家の助力を得て仲介に入った。そして、RSPBの最初の保護区域であるダンジネスが現在の形を成したのである。広さ五〇三ヘクタール、八〇三六ポンドを要し、そのうちバローズによる寄付は少なくとも四〇二六ポンドにのぼる。一個人が提供したものとしてはたいへんな額で、バローズの銀行預金は破産に至った。

 その後時を経ずして、十二年にもわたる軍の占拠のために保護区が監視人ワーデンなしのまま放置され、自然界の捕食者ばかりか、人間の卵採取によっても、地上に巣を作る鳥がほとんど繁殖に成功できないような状態に追い込まれたことは、バローズにとって、胸もはりさけるような事態であった。

 リチャード・バローズは、ダンジネス保護区の野生生物について、多岐にわたるすぐれた知識をやすやすと身につけていた。そして過去何年にもわたって、この保護区の再開と監視を委員会で強く主張していた。委員会の他のメンバーは、この土地の特別の鳥たちーカモメ、アジサシ、イシチドリなどにとって、長いこと放置された保護区の大半は役にたたないのではないか、またシロチドリが再び繁殖することがあるかどうか、あやぶんでいた。九メートルもの深さに堆積した砂利は、砂利採取会社に売ればよいお金になり、会が何よりも必要としている資本金をふやすことができる。誘惑的なアイデアだったが、幸いにもわずかな票しか得なかった。

「長くて悲しい物語ですね。」しかし、ダンジネス保護区はイギリスにおける鳥類保護の歴史にとってはたいへん重要なものだった。ボスウォールはこれに賛成し、元気よく別れを告げた。私には大きな希望がわいてきた。

 私はその後の展開を調べてみた。一九四六年六月四日、J・A・スミスとI・J・ファーガスン=リーによってダンジネスの鳥についての調査が行われている。おもな結論は、会の所有地内で現在繁殖している鳥は皆無に等しく、フルタイムの見張り人の雇用ではじめて繁殖が可能になるだろうというものだった。二年後、委員会のメンバーでもあるA・W・レイノルズによって、ダンジネスの砂利場地域全体の将来のため、RSPB、自然保護会議、そして軍当局が連携し、今後役に立つ事績を上げるための調査がなされた。レイノルズは、RSPBが現在では必要がなくなった何か所かの土地を売ること、自然保護会議は宅地開発がこれ以上進むのを規制するように働きかけること、そして軍当局は、徴用命令によってその時点でもまだ統治下においていた広い地域を請求して入手し、一般人が立ち入れないようにするという内容を提言した。これはよいことだった。戦時中、イギリスと周辺地域での演習に行った経験から、軍部が確保している土地の多くでは、弾丸や砲弾のかわりに鳥がたくさんいるということを私は知っていた。どちらの報告も、捕食者に対して何らかの対策を講じる必要があると述べていた。


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