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空の勇者と祈りの姫  作者: 卯月
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第八十四話 真の友人



 ホランド王国旧アルニア領にて、サピン軍七千とホランド軍二万が激突して既に二十日が経った頃、ドナウにもその情報が入ってきており、情報源だった諜報部からの申請により、城内で会議が開かれる事となった。

 情報を持ち帰ったのはドナウの貧民街に流れてきたアルニア人で、読み書きが堪能だったことから一早く密偵として送り出した男だ。彼から報告書を受け取りつつ口頭で説明を受けていたアラタは彼の仕事を高く評価し、引き続きアルニアにて情報収集と地元住民との接触を命じていた。




「皆さま、急な招集に応じて頂きありがとうございます。早速ですが本題に入らせて頂きます。――――先月、ホランド王国アルニア領にて王甥エウリコ=ロドリー=エレディア率いるサピン軍七千が、第二王子ユリウス=カトル=カドルチーク率いるホランド軍二万と激突し、ホランド軍は大きな被害を受けながらも国内に侵攻したサピン軍を撃破しました。その後のホランド軍の動向の詳細は未確認ですが、被害の大きさと軍を纏めて本国方面に行軍をしていた事から、軍の再編の為に一時的に王都に帰還したと思われます。詳細はお手元の資料に載せておきましたので、ご覧ください」


 会議室のテーブルには人数分の書類が置かれており、アラタの説明を補足する詳細な報告が書かれていた。この資料にはソルペトラで作った紙を使用している。

 西方の紙とは主に羊皮紙を指すが、この紙はそれとは違い麻を原料にした新しい紙である。原料の大半は使い古して役に立たなくなった麻縄、麻袋、麻布を細かく切り刻み、アルカリ質の木灰液に漬けこみ磨り潰して繊維を摘出した物を糊を混ぜて網で梳いて乾かしたものだ。

 それなりに手間の掛かる製造法だが、一頭の羊から数枚程度しか作れない羊皮紙に比べれば圧倒的な数を生産出来る事から、今後の紙の主流はこちらになるだろう。ただし重要書類や外国への親書など、格式が必須となる手紙には従来通り羊皮紙を使う事になるので、完全には廃れる事は無いと見ている。アラタも国内の羊皮紙製造業者を完全に廃業に追い込む気は毛頭無く、既得権を侵害する事は無用な恨みを買う事を知っているので手は出さなかった。

 元々羊皮紙は生産量が少ない事から、そちらは国の重要書類に使用しつつ、麻紙は重要性の低い書類や、娯楽用品、読み書きの練習用に使用する事を考えていた。それならば互いに棲み分けが出来ると見ており、取り敢えずはアラタの権限の中だけで試験運用する事で王政府とも話が付いていた。

 現在は簡単な報告書や計算の下書きなどに使用しているものの、大きな不満は聞こえてこない。羊皮紙に比べて質が違って若干書き辛いと苦情があったものの、大量に用意出来て羊皮紙より安価なのが好評だった。特に羊皮紙一枚の値段に比べて桁が二つ違うのが財務官僚から絶賛されており、すぐにでも大量生産に踏み切りたいと、長官のテオドールから要請があり、学務省の官僚達に製造方法を伝授して、ドナウ各地で生産体制を整えさせる協議が各省で開かれていた。



 閣僚達は配られた資料とアラタの説明から、サピン対ホランドの現在の戦況を完全に把握し、今後の情勢を活発に話し合っていた。彼等の焦点は今後サピンがどう出るかだった。サピン軍の四割を失い、ホランド侵攻が完全に停滞した今、次の行動がどうなるかが容易には予測出来ないのだ。

 対してホランドは読みやすい。無視出来ない被害を受けた所で彼等にはまだまだ兵力に余裕がある。一時的に軍の再編に時間を掛けるかもしれないが、それが終わればサピンへの反攻を再開する。彼等は国土を侵したサピンを決して許しはしない。半減したサピンの兵力ではホランドに抗しきれない以上、彼等の滅亡は既定路線だ。

 そういう意味ではサピンが今後執るべき戦略は大別して二つ。すぐさま残った軍を全て終結させてホランド王都へ攻め入ってドミニク王の首を捕るか、サピン王都の守りを固めて自給戦に持ち込むかの二択だ。兵力が一万を切ったサピンではその程度しか選択肢は残っていない。この二つの方針で閣僚達は悩んでいた。


「アラタ、君はサピンがどちらを選ぶと思う?軍事に明るくない私では判断が付かないんだけど」


 隣に座っていたエーリッヒがアラタに小声で話しかける。彼は閣僚達の話には参加していないので少し手持ち無沙汰だった。アラタからすればサピンの滅亡は決まっていたのでどちらでも良かった。むしろこの後のドナウの方針の方が気になっている。ただエーリッヒの問いには答えておきたかったので、質問の為に閣僚の話し合いに割って入った。


「失礼、一つ質問があります。フランツ長官、サピン王アーロンは七十近い高齢でしたね?そして性格は優柔不断で、後継者を決めることが出来ずに国を二つに割りかけた。そうでしたね?」


「え、ああ、その通りだよ。アーロン王は今年で67歳だ」


「でしたらサピンは籠城を選びます。国家の最上位決定者が優柔不断であれば、ホランド王都に軍を差し向ける事はしないでしょう。私見ですが、それでドミニク王の首を捕れるのは良くて一割です。これでは博打だ。豪胆な人間ならばその一割に全てを賭ける事が出来るでしょうが、サピンの王はそんな決断は出来ない性格です。そして彼は高齢、人間の大多数は歳を取るごとに保守的になりやすい傾向があります。よって、サピンは王都に兵を戻して籠城戦の構えを取ります」


 なるほどと会議室の面々は納得した。アラタの言う通りアーロン王の性格では勝率一割の博打に全てを投げ打つなど出来ない選択だ。ホランド本土にはまだまだ六万を超える本国軍が控えている。それを抜いてドミニク王の首を切り落とすなど、まさに博打の領域だ。よしんば徴兵で兵力を水増ししても、にわか仕込みの軍ではホランド兵には勝てない以上、王都防衛に回すぐらいしか役には立たないだろう。

 以上の事から現在旧プラニア領を占領している王の娘婿を主将とするアルフォンソ=ディアスの軍をサピンの王都に戻して、防衛に当たらせるだろうと、アラタは予想していた。


「どの道勝機を逃したサピンの滅亡は確定していますが、私としては領土の所在の方が気になるのですよ」


 領土と聞いて、何人かが首を捻る。どういうことかとアラタに聞くと、


「現在、ホランド王国の旧プラニア領全域にリトニア領の一部がサピンに占領されていますが、軍を引き上げた領地はどの国の所有となるのでしょう?一時的にとは言え支配権を失っても領土と主張できるのか、それとも新たに占領した国がその瞬間から所有権を主張できるのでしょうか?私は西方の人間ではないのでその辺りの法の線引きには疎いのですよ」


 確かに言われてみれば、軍事的に奪い取った土地はその国の所有物になるのが西方の慣例だが、明文化された物ではない。何時占領したのかまでは明確に決まっていないのだ。


「奪い取られた時点で領土がホランドからサピンへ移ったのならば、例えサピンの軍が引き上げてすぐにドナウがそれを奪い取ってもホランドとの不戦協定には抵触しない可能性があります。参考になるかは分かりませんが、私のいた国家間の法ですと、戦争中の武力による実効支配は基本的に認めない方針であり、和平交渉時に占領した領土を返還するか割譲するかを明確に決めない限り、その領土は戦争前に所有していた国に帰属すると明確に法で決まっています。私としては西方の国家間協定ではどう解釈してるのか気になります」


 ここでアラタが問題にしたのは、分かりやすく言えば空き家の所有権は誰に帰属するかだ。ホランドという正当な主人を倒して家を乗っ取ったサピンが実家に引き上げ、一時的に所有者不在になった空き家にドナウが入りこんでも、それは正当な持ち主と言えるかどうか――――火事場泥棒のような汚さだが、国家利益を考えればタダ同然で一国に値する領土が手に入るかもしれないのだ。議論をする価値はある。


「―――難しい解釈だな。例えば旧プラニア領にサピンの軍団がそのまま居た状態で、ドナウがサピンに宣戦布告してから軍を排除したのなら、ドナウが領土権を主張してもホランドは文句を言えない。犠牲を払って手にした土地をタダで返せとはホランドも言えないだろう。だが今回は空き家に盗みに入るような恥知らずな行為と罵られかねない。実際にホランド軍と戦わないのなら不戦協定には触れないだろうが、確実にホランドは怒るだろう。法務官の観点から見れば違法ではないが、一個人からすれば眉を顰めますな」


 法務長官のジークムントが一応の回答を出してくれるが、黒よりのグレーゾーンといった感覚だろう。協定違反ではないものの、国家間の影響がかなり大きい。得られる領土は大きいが、ドナウの信用が大きく損なわれるは確実だ。ホランドだけならともかく、ユゴスとレゴスとの友好関係にも影響が出るかもしれない。それは今後の外交を考えると悪手と言えた。

 短期的には非常に魅力的だが、長期的だと悪影響がかなり大きいので悩ましい問題だ。


「となると、今からホランドに追従してサピンに宣戦布告した後、領土を奪い取るのも周辺国家の悪感情から控えた方がよいという事ですか。どさくさで領土を奪い取る事は容易ですが、特にサピンと友好関係にあるレゴスとの関係悪化を推して占領しても、次回のホランドとの戦争に影響が出てしまう。――――自分で懸案を挙げておいて否定するのは何といいますか、申し訳ありません」


 国家運営に携わる者はあらゆる可能性を考えて議論する必要があるものの、自分で問題を提示しておいて自分で否定するのは、どうにも恰好が悪い。一応形だけでもアラタは謝罪しておいたが、それを追求する者は会議室には居ない。彼の懸念は既存の領土権のあり方に踏み込んだもので、色々と考えさせられる事例だからだ。

 後にこの事が発端となり法務省と外務省が中心となって、西方で慣例に依らない国家間の法律を制定する動きがドナウ、ユゴス、レゴスの三国で初めて取り交わされる事になるのはもう少し先の話になる。




「――――議案は出尽くしたようだな。ドナウとしてはサピンへの表だった介入はせずに、今しばらくの静観を続ける事にする。そして法務省と外務省は、ユゴスとレゴスに戦時中の領土の占有権についての取り決めをするよう命ずる。今の内に明文化しておいた方が次のホランドとの戦で余計な諍いを避けるのに役立つかもしれん。では、これをもって会議は閉会とする」


 カリウスの締めの言葉で会議は終了した。元よりサピンとドナウは仲が悪い以上、ホランドと事を構えてまで助けたりなどしない。それはサピンと仲の良いレゴスでも同様だ。どれだけ友好的であろうとも、自らの利益にならない行為を国家は行わないのだ。


『国家に真の友人は存在しない。あるのは打算だけである』


 シャルル・ド・ゴールのこの言葉こそ国家間の真理と言えるだろう。そしてこの時、サピンという国家は西方の国々から完全に見捨てられたのだった。



 『友人は大事にしよう、そして後で裏切ろう』偉大な指導者の言葉です。まあ、半分嘘ですが。

 冗談はさておき、国とはどれだけ同盟を組み仲良くしても、自国が滅亡する選択までは付き合ってくれません。いざとなったら、昨日の親友が今日の敵になるだけです。どれだけ友好的同盟国でも国丸ごと心中は有り得ないのです。

 それではお読みいただきありがとうございました。


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