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空の勇者と祈りの姫  作者: 卯月
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第七十一話 娯楽の探求



 ノルドアドラへの休暇も終わり、明日街から出立する一行は、帰る準備を整えていた。尤も、準備に携わっていたのは使用人達で、アラタ達三人は特に何もしていなかった。使用人を差し置いて雑用をすれば、無用の存在と言われているに等しい以上、主人が出張るわけにはいかない。



 公務を終えてからの三人は充実した時間を過ごせていた。砂浜での遊びや身分を隠しての街の散策では、館の洗練された貴族の食事と違い、雑な調理しかしていない大衆食堂で料理を食べ、離れてついて来ていた護衛のマルクスを慄かせていた。とてもではないが王女に食べさせるような上等な食事ではないが、獲れたての新鮮な魚介をふんだんに使った料理だったので、味は満足出来るものだった。アンナは最後まで生の魚介は口に出来なかったが、それ以外のイカやタコのような見た目の悪い海の幸も問題無く食べていた。

 さらに軍の艦にも乗せてもらい、短時間だったが沿岸をクルージングすることも出来た。初めて海に来たアンナは当然、海に来た事のあるマリアも初めての乗船に大興奮した様子で、はしゃいでいた。特にイルカの群れが船に並走してきた時は、二人だけでなく護衛や一緒に引っ付いてきたエリィも子供のようにまくし立てて騒いでいたのだ。エリィだけは実際子供だったわけだが。

 西方の一般的な船はガレー船だ。ドナウ海軍もその例に洩れず、ガレー船の艦隊を保有している。船の中央に一本マストを立て、四角い帆を一枚張るだけの簡単な形状なので、波の穏やかな沿岸を航行するなら十分だが外洋には向かない船と言えた。オールの漕ぎ手は全員海軍兵であり、奴隷などは使っていない。商人の交易船にも共通する事だが、過酷な役目でも給金が良いのと、漕ぐスペースに何を持ち込んでも良かったので、私的な交易によって小遣いを稼ぐ事が出来たため、それなりに人気のある職だった。



 クルージングを終えた一行だったが、造船技師や海軍の艦長達が船について意見を求めてきたので、他の面々には先に戻ってもらった。アンナとマリアは残念そうだったが、仕事では仕方が無いと不満を持っていたが、承諾して一足先に戻っていった。

 技師達は申し訳ないと謝罪したが、異郷の知識や技術を有しているアラタと接する機会は滅多にない事から、この期を逃すと次は無いと思うと、船への情熱を抑えきれなかった。それを汲み取ったからか、何も言わずに付き合ってやると決め、技師達に地球の船の知識を教授するのだった。

 船体の形状や竜骨の有無を始めとした走波性と速度に関わる知識、船体の長さと横幅からの復元力や乗り心地、帆の形状や張り方によって速度が大きく変わる事を技師や艦長達は一言も逃してなるものかと必死に記憶し、理解に勤めようとしていた。

 特に帆は一枚だけ張るよりも複数枚張る方が効率的で、さらに横に張るよりも、三角帆を縦に張ったほうが切上りの角度が大きくなる為、追い風でなくとも推力を得やすい事を教えると、早速小型船で試してみると技師は張り切っていた。

 船の基礎技術の知識はそれで技師達も満足したようだが、今度は海軍側が何かすぐに導入できる技術を欲していた。アラタの中にも幾つか候補が上がっていたが、機密の兼ね合いからまだ火薬などの知識は教えたくなかった。特に現状海軍の敵になりそうな相手は海賊ぐらいであり、ホランドは海軍を持っていないのだ。サピンとは商売敵であっても戦端を開いていない以上、過剰な知識は不要だった。だが、海軍への義理立ても必要だったので、幾つかの航行に役立つ手段を教えることにした。

 アラタの講義から関所への信号旗導入は直轄軍でも検討しているのは海軍も知っているが、アラタはさらに海軍用の信号旗と手旗信号の技術も教授することにした。これを望遠鏡と組み合わせる事で、旗艦から離れた場所での作戦行動をより有機的に行えるなど、通信能力の強化を目指して講義を始めた。

 習得までにはかなり時間が掛かる事からすぐに使える物ではないのだが、利便性はかなりのものがあり、細かい意志疎通が容易になるので、通信機の開発前のかつての地球の海軍でも必須だった。尤も、ある程度教養が無いと習得が難しいことから、今後の海軍兵士の教育が課題と言えた。そしてこの艦隊だけに普及させても意味が無いので、今後は軍司令のオリバーに進言して、海軍全てに導入する事を検討してもらうよう取り計らう事をアラタは約束した。



 出立の準備を終えた頃には夕方になっており、そのまま館で最後の祝宴が開かれて、多くの客人が招かれ一行との別れを惜しんだ。招待客からはいつでも歓迎すると誘いを掛けられ、造船所の責任者や海軍の艦長からも、ぜひまた船に乗りに来てほしいと何度も念を押されて、アラタも悪い気はしなかった。

 ディーボルト代官は相変わらずマリアやアンナには愛想を見せていたが、最後までアラタには事務的にしか接する事をせず、言外にもう来るなと目で語っていた。ただ、個人的感情は兎も角、彼は職務に忠実であり、税収を誤魔化したり公金を横領するような事は一度もなく、商人から心付けを多く貰っている事ぐらいしか目に付く事はしていなかった。それも常識的な範囲の金額でしか無く、蓄財には大して興味も無いという、欲の薄い人物だと宰相の人事評価には記載されており、事実そのようだった。これならば引き続き、この街の代官として上手くやっていけるだろうとアラタはディーボルトを評価していた。まあ、彼からすれば不愉快な平民に評価されても気持ちが悪いだけだろうが。



 翌日は良く晴れた青空で、帰路には絶好の天気だ。一行は日頃海に慣れていなかった事もあり、非常に刺激的な日々を過ごした事から、しきりにまた来たいと話しており、マリアとアンナやエリィも是非ともまた来たいと、アラタにねだっていた。アラタ自身も新鮮な魚が恋しくなった時はまた来たいと返事をすると、


「もう、貴方は最後まで魚にご執心なんですね!他にも楽しみはあるでしょう。例えばまた裸足で砂浜を歩いたり、船に乗ってイルカを見つけたり、それに今度は一緒に釣りをしてみましょう。他にも夏でしたら泳ぐことだってできるんですよ」


 マリアに魚を食べる事しか興味が無いのかと、たしなめられて苦笑いをするアラタだった。楽しみを知らない訳では無いのだが、大抵は仕事に関連する思考になってしまい、娯楽にはどうにも疎かった。軍に入る前も休暇の時は木彫りを作ったり、登山に出かけていたが、同じ孤児院の子供に付き合って遊ぶ事以外には、誰かと何かを楽しむといった行為はあまりした事が無かった。

 帰りの竜車でうーん、と悩んでいると同乗していたマリアとアンナから、心配事でもあるのかと聞かれ、先ほどの話の娯楽について考えていると伝えると、そんな事を悩むから娯楽に疎いのだと駄目出しされてしまった。


「悩むぐらいなら私と一緒に遠乗りに出かけましょう。貴方も脚竜に乗れるようですし、たまには一緒にお弁当を持って見晴らしのいい丘にでも行って、ゆっくりしましょう」


「それはずるいですマリア様!私を置いてきぼりにしないでください!――そうだ、私はアラタ様の竜に乗って行きます。結婚前から一緒に竜に乗って出かけていましたし、久しぶりに二人乗りで遠出しましょう。―――勿論マリア様も一緒ですよ」


「貴女、今私の事どうでもいいと思わなかった?でも私は自分で竜に乗れるから、相乗りしたことは一度も無いわね。―――貴女ずるいわ、私は一度もアラタと相乗りした事無いのに」


「うふふ、マリア様はご自分で竜に乗れますから。殿方と相乗り出来るのはお淑やかな女性の特権ですわ」


 何故か知らないが狭い竜車の中で鍔迫り合いを始める二人の嫁に、激しい疑問を感じるが、男であるアラタにとって摩訶不思議な理論で動いている事は知っていたので、そのまま放っておいた。ただ、脚竜の遠乗りを娯楽にする事には何となく引っ掛かりを覚えていた。単に竜に乗って走るだけでも娯楽になるのなら、他の要素も取り入れればさらに娯楽として広まるのではと、記憶から似たような物が無いかと首を捻りつつ脳みそから引っ張り出して、ようやく答えが見つかった。


「良い事思いついた。脚竜でレースしよう。どの竜が一番速いかを競わせて、それを賭け事にしよう。それから胴元は公正さを考えて王家にやってもらおう」


「―――また、妙な事を考えつきますね。そんなものが賭け事になるんですか?」


 女性らしく、賭け事を嗜まないマリアから否定的意見が出るが、男の思考は違うのだ。


「なるなる。かなり昔から速さを競う競技は賭けの対象になっていたんだ。鳩レースや船レース、騎乗動物のレースに、人に車を曳かせるレースだってある。ホランドにも竜の速さを競うレースはあるようだし、軍事演習という大義名分を作れば軍の騎兵も参加させられるし、近衛騎士団も抱き込める。これは盛り上がるぞ」


 今度はアラタが嫁二人を放って置いて何やら考え始める。それが面白くない二人は一緒に夫の頬をつねって、もっと私達に構えと抗議した。さっきまで言い争っていたのに、こういう時になると無言で同じ行動を取るのだから、女というのは良く分からないと、つねられた頬をさすりながら理不尽を嘆いた。



 取り敢えずレースの事は脇に置いて、何か娯楽は無いかと考えて、地球にあったスポーツやボードゲームなどを導入する事も候補に入れておいた。軍にもラグビー、サッカー、ホッケーを導入していたので、地球産のスポーツが受け入れられる下地はあるのだ。西方にも囲碁や将棋のようなボードゲームは存在するが、大抵は貴族の遊びとして平民には広まっていないので、もう少しルールを簡略化して幅広い人間に親しまれる遊びを広める必要があった。

 簡単なゲームという事で、まずはオセロと双六を作って広める事を考えたアラタは、戻ったら早速試作品を作ってみようと計画を立てはじめる。

 この発想が当たり、簡単さと道具を大して使わない事からドナウ中に広まり、王都の人間に留まらず地方領の領主の家族らにも好評で、発案者のアラタの名前が伝わると、僅かではあるが地方貴族の風当たりが弱まるのだった。



 賭け事って興味の無い人間には、何故負ける事が分かっていて手を出すのかさっぱり理解出来ません。パチンコの話をしてる同僚とか無駄に金を捨てているような物じゃないかと、いつも疑問に感じています。賭け事をするなら胴元一択です。アラタもそれが分かっているので賭け事をせず、主催者になろうとしています。

 それではお読みいただきありがとうございました。

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