第二十四話 クリスマスプレゼント(仮)
季節外れのクリスマス回です。アメリカ人にはお年玉の習慣がないので、クリスマスプレゼントは日本より豪華だと聞いています。
宗教上の違いや、お国柄が出ていて調べると結構面白いです。
「アラタ様、その手に持ってる筒みたいなものは何です?」
秋も深まり段々と気温が下がりつつも、冬に向けて多くの生き物が肥える実りのある季節の中、アラタの自室で算数の勉強をしていたエリィが手元から目を離し、アラタの手にしていた見慣れない30cm程の長さの筒に意識を向ける。
「こら、ちゃんと問題に集中しないか。計算問題を終わらせたら質問に答えてやる。これが気になるなら、早く問題を解くんだぞ。ただし、雑に解いて間違えたら追加で問題を増やすからな。しっかり間違えずに解くんだぞ」
「うへぇ、あたし算数きらい。あたしみたいな平民が算数なんか出来なくてもいいじゃない。どうしてあたしに勉強させるのよ?神術があれば十分でしょ。それなのに読み書きの勉強もしないといけないし。礼儀作法とか、裁縫や掃除なら分かるけど」
部屋には二人の他には誰も居ないので、エリィの口調はかなり砕けている。初めは懸命敬語を覚えて使っていたのだが、息抜きする時間も必要と思い、アラタと二人の時はこうして普段の口調を許している。
「前にも言ったはずだぞ。出来ない人間より出来る人間の方が、何かと良い思いが出来るんだ。それに街で暮らす事になると計算が出来ないと買い物だって満足に出来ないぞ。村と違って貨幣を使わないと、欲しい物だって手に入らないんだから。それに神術があるからと言っても、使う人間がヘボだったら効果的に使えやしないぞ。村で罠にはまって捕まったのを忘れたのか?」
子供らしく勉強したくないとぶーたれるエリィに溜息を付きながらも、どうにか勉強に集中させようと、宥めすかして取り組ませる。
「はーい、分かりました。ちゃんとやりますから、その筒も後で教えてね」
渋々ながらも真面目に勉強に取り組もうとする意志はあり、それなりに覚えも良いので、これでもっと意欲的だったらなあ、と残念に思う。しかしそれは欲張りすぎかと、孤児院時代の年少組の勉強を見ていた時と比較して、自身を納得させた。
暫くエリィは計算問題に集中して、アラタもそれを邪魔しない様に見守りながら、各省から上がって来た書類に目を通していた。今手にしている書類には、ホランド絡みの外交成果を示す文面がつづられていた。
形式張って若干読むのに手間が掛かるが、要約すればホランドの北東に位置するユゴス王国との対ホランド戦への協力に前向きな返答を得られたと、現地の外交官から報告があったのだ。こちらの希望通り五千の兵士をホランドとの国境沿いに配置する協定を結ぶ事を了承し、既に準備に入っているとの事。無論タダでこちらの要望を適えてくれる訳が無く、現金による資金援助を求められたが、ここでケチっては戦略が頓挫しかねない為、向こうの要求を即決で了承したそうだ。
外務の予想ではもっと吹っかけられるかと思っていたようだが、控え目な額だったらしい。その報告を受けた外務長官のハンス=フランツが、『ユゴスもホランドの拡張路線に戦々恐々しており、隣国のレゴスとの関係に影響しない程度の支援なら、それなりに好意的に受けてくれたのだろう』と語っていた。
ユゴス王国とレゴス王国は元々一つの国が内乱によって分かれた国であり、両国の王家も元は一つの王家だったと言う。その為、互いを不倶戴天の敵と見定めており、かなり長い間戦争状態が続いている。現在は一年前の停戦を期に小康状態を保っているが、小さなきっかけさえあればすぐにでも戦争を再開しようとするぐらい、仲が悪いのだ。
それ故、ホランドが膨張し続けているにも関わらず、何の手立ても打たず放置しているが、最近は少しずつホランドの危険性を見直し始めて、宿敵レゴスとの関係を修復してでも協力してホランドに当たる事を画策していたらしい。尤も、成果は無残な物だったらしいが。いくらホランドが危険だと主張しても、長年血で血を洗っていた相手の主張など素直に受け入れる気になれる訳が無い。当のユゴス国内でも反発が極めて大きく、レゴスとの融和路線は立ち消えとなっている。
そこに降って湧いたドナウとの協調路線は、ユゴスにとって渡りに船だったのだ。実際に矢面に立って戦うのがドナウであり、ユゴス側の戦力に被害は無く、囮を勤めるだけでドナウに恩を売れるのだ。
さらにはレゴスにも同じように、対ホランドとの協調を持ちかけており、上手くいけばユゴスとレゴスの関係改善に繋げることが出来る。勿論そんな簡単には行かないだろうが、改善の第一歩になる。
報告書にはレゴスとのやり取りも記載されており、こちらの要望通りユゴスが戦力を移動しても、あくまでホランドへの備えであって、レゴスとの戦端を開く訳ではないという事をドナウ、ユゴス、レゴスの三国の外交官が秘密裏に話し合ったそうだ。
ドナウとレゴスはそれほど仲が良いわけではないが、悪いわけではない。交易も盛んとは言えず、国家間の交流もあまりないのだが、ホランドを脅威と見ている事はお互いに一致しているので、特別問題も無くユゴスと期限付ながら不戦協定を結ばせる事が出来た。実はレゴスも、ユゴスとの関係改善を探っていたようだが、ユゴスと同様国内の反発が酷く、断念した経緯があるのだ。幾ら王が主張しても、両国はドナウ程王家の力が強くないので、軍部と貴族からの反対で思い通りにならなかった。例え王でも強硬に推し進めたら、首を挿げ替えられる事は珍しくないとのこと。
彼らにとって王とは幾らでも替えの利く飾りでしかないのだろう。担ぐ神輿は軽ければ軽いほど良く、見栄えがすればするほど、担ぎやすいのだ。
これで東側の憂いはある程度取り払えた事になり、外国の不安要素は南のサピンだけになった。
サピンはドナウとは同じ海に面した交易上の商売敵のような関係であり、あまり仲は良くない。しかしユゴスとレゴスの様に致命的な仲の悪さではないので、利害が一致すれば手を組むのも不可能ではないが、同盟を結んでもそこまで旨みが無く、下手に軍勢を分けられて、個別に動かれるのはこちらの戦力的に困るのだ。勝手に動かれるぐらいなら最初から何も言わずに居ない物として扱った方が情報漏洩の心配をしないですむ。それがアラタと閣僚達の結論だった。
ホランドの併合要求も日に日に強くなっており、残りの返答期限が半年を切る勢いだと言う。ただ、それは予想通りの展開なので問題無いのだが、情報封鎖にも限界があり、いずれ国中にもホランドの要求が知れ渡れば、ドナウの国民がどう行動するかがいまいち読めない為、不安要素になっている。一応治安維持の名目で兵を巡回させているものの、当の兵士がどんな行動に移るかも分からないのだ。人間は自分の身の安全の保障の為なら、親兄弟でも殺すものだ。地方貴族が保身の為に王家を差し出す事も想定に入れて、動かねばならない。
報告書を読みながらそんな事を考えていると、エリィが問題を解き終えたとアラタに声を掛けてきた。早速答え合わせをすると、20問の数の大きな足し算引き算問題は殆ど正解だった。間違いは2問だけでテストで言えば100点中90点、まずまずの回答率だと思いつつ、間違っていた2問分を新しく追加して解かせた。
今度の2問は直ぐに解いたようで、改めて答え合わせをすると2問とも正解だった。よくやったぞとエリィの頭を撫でやると、えへへと笑って喜んでいた。アラタは子供は褒めて伸ばすタイプなのだ。
勉強を終えるとアラタは約束通り、手に持っていた筒をエリィに渡す。
「円の小さい方を目に近づけて遠くを見てみろ。面白い物が見えるぞ」
「う、うん。やってみるね。―――――――ちょっ!!なにこれ!遠くの人が近くに見える!!うわっすごいすごい!」
開け放たれた部屋の窓から、筒――望遠鏡を覗き込んだエリィは、街の人間の顔が間近で見えた事に驚愕した後、興奮して声を荒げる。
慌てて望遠鏡を取り落とさないか心配だったが、しっかり手に握って食い入るように覗き続けていた。
「望遠鏡と言ってな、ガラスを使った遠くの物を見る為の道具だ。職人に頼んで幾つか作らせたうちの一つだ。お前が使っているのは出来の悪かった作品で、成功品は軍の偵察部隊や海軍の見張りに提供する予定だ」
エリィの使っている望遠鏡は、地球ではガリレオ式望遠鏡と呼ばれる、凹レンズと凸レンズを組み合わせた一番原始的な望遠鏡だが、未だに肉眼での物見に頼っている西方地域では、画期的な道具なのだ。当然、一農民に過ぎないエリィには初めて目にする物で、凄い凄いと言いながら、アラタの説明を無視して熱心に街の様子を眺めている。
ガラスの製造法はドナウでも知られているが、使用目的は精々窓にはめ込むか杯にしか使われておらず、わざわざ歪な形に作れと指示したアラタを怪訝そうな目で見ていたが、いざレンズを作って使用目的を実際に教えると、作った職人たちが唖然としてアラタに謝罪した後、もっと詳しく教えてほしいと懇願してきたので、快く教えて作れるだけ作って貰っている。
特に凸レンズをガラス職人に大量に作らせて、書類を多く扱う官僚や役人に提供してみると、たちまち好評になった。レンズを欲しがった者は殆どが老眼で、近くの書類を見るのが困難になった年配者なのだ。使用者の中には閣僚の姿も多く見られ、提供された凸レンズを有り難がり、アラタに礼を述べた。
まだ裸のレンズに取っ手を付けた虫眼鏡でしかないが、有るのと無いのとでは細かい字を読むのに雲泥の差が出る。
例によって学務省の学者たちが、原理を教えろと多数押しかけてきたので、水やレンズを用いた原始的な光学の知識を教授すると、競うように利用方法を話し合っていた。
アラタも一から十まで指導する事は、この国の発展を却って阻害する事になると理解しているので、後は放っておいた。あの様子ならば、勝手に利用方法を見つけるだろうとアラタにも容易に想像できるから。
その後、職人に作らせたレンズの中でも形状の良いレンズを選別して、凹レンズと凸レンズを組み合わせて、あらかじめ作らせた筒にはめ込み、望遠鏡を作った。
原始的な物なので倍率は精々10倍程度だが、それでもこの国の人間には未知の世界なのだ。軍に翼竜を使用した偵察部隊があり、完成した望遠鏡を支給して、今後は空から索敵させれば通常の数倍の距離から敵を発見できるだろう。他にも海軍の船乗りに持たせれば、海の治安維持にも大きく貢献すると期待されている。
エリィの持っている望遠鏡は他の完成品より性能が悪く、5倍程度の拡大率なので残念ながら失敗作だが、廃棄するには惜しいので個人所有か、贈呈用に確保しておいたものだ。
「それ、欲しいのか?」
「え、これあたしが貰っていいの!?」
まさか貰えるとは思っていなかったエリィが、望遠鏡を覗くのを止めてアラタに詰め寄る。まだやるとは言っていないのだが…。
「お前用の贈り物じゃないんだが毎日勉強も頑張っているようだし条件次第であげてもいい」
本当はそんな条件必要無いのだが、簡単にプレゼントを貰えると思われるのは後々面倒が増えそうなので、ある程度条件を盛り込んだ方が良さそうだとアラタは判断する。
「あと十日程経ったら、軍の人間と旅に出る。冬が厳しくなる前には帰る予定だが、お前はその間留守番になる。たっぷりと課題を用意しておくから、俺のいない間にその課題を終わらせておく事。それが出来たら、その望遠鏡はお前にやる」
元々エリィが頑張っているのは嘘ではないので、何かプレゼントでも用意しようとアラタは思っていた。なら望遠鏡が気に入ったのなら、そのままそれを贈ればいいかと考えて、ついでに欲しい物の為なら勉強も頑張るだろうと思い、課題を追加しておいた。
まるっきりクリスマスプレゼントを出汁にする父親のムーブである。
「うん!あたし勉強頑張る!約束破ったらダメだよ!」
そんなアラタの汚い誘導に一切気づかず、エリィは俄然やる気を見せる。そんな様子を眺めながら、子供は単純で良いなあ、と焚きつけた張本人がのほほんとしていた。
(最近、所帯染みてきたようですが)
(お前は随分人間臭くなったな)
脳内で人工知能と軽口を叩き合いながら、やる気を出しながら勉学に励む少女を楽しそうに見守っていた。ドーラの言う通り、どことなく父親のような雰囲気をアラタは漂わせていた。
不倶戴天の敵でも利益さえあれば手を結ぶのはよくあることです。敵の敵は味方と言うやつですね。共同戦線ボーナスは思ったよりも馬鹿にできません(Civ4的な意味で)
ではお読みいただきありがとうございました。




