第十八話 最適な戦場
アラタにとって地上での長期間の行軍は経験の無い物だ。士官学校では最長でも三日間の行軍訓練しか経験が無い。これは宇宙を主戦場とする宇宙軍にとって、地上での作戦が稀な為に宇宙空間での行動に主軸を置いた訓練を課しているからだ。
反対に宇宙での訓練は苛烈を極める。士官学校生は厳密には軍人ではないので人体改造は許可されない。それ故、機械や装備のアシストはあっても生身の身体で対処しなければならない。
人間にとって決して過ごしやすい空間ではない宇宙という環境で、極限状態にまで心身を追い込みつつ、冷静な判断を下し任務を遂行しなければならないのだ。生半可な精神では勤まるわけがない。
それこそ一週間、狭い宇宙戦闘機のコクピットの中から出ずに長期訓練をしたこともある。そのストレスに比べれば、解放された大地を歩き続けるなど、ピクニックと変わらない。
エーリッヒに長期調査を提案した三日後の朝、アラタは王都の外壁の門をくぐり街の外に居た。
今回はドナウ国内の調査という事で、騎士が二人案内役に付けられる。ユリアンとイザークという騎士だ。
ユリアンは直轄軍出身の騎兵から近衛騎士に転向した貴族だ。年は22。
イザークは商家出身の平民で、年は26。実家の縁故作りも兼ねて近衛騎士になったのだという。
どちらも近衛騎士の主流からは外れた男達で、長期の護衛という厄介な仕事を押し付けられた形でアラタと行動を共にするのだ。幸いアラタには隔意を抱いていない為、道中の不和はそこまで心配するほどではない。
最後に、竜車の御者を務める使用人のアントン。彼はただの平民で今年で50になる中年の男だ。
この三人が今回の旅の同行者になる。アラタと騎士二人はそれぞれ自分の脚竜に乗り、東の国境沿いに向かう事になる。二人の騎士には、単にドナウの植生調査と伝えており、十ヵ月後の決戦場の下調べも兼ねている事は絶対に教える気は無い。
今回はあくまで、薬の原料になる植物の調査だと教えており、二人のやる気は少々低い。これが少しで済んでいるのも、高価な痛み止めの薬を少しでも多く揃える為の行動だと告げているため、曲がりなりにも軍事に関わる仕事なのだと自らを誤魔化せるからだ。
「あまり気の進まない任務だろうが、付き合わせてしまって済まないな。何かしら埋め合わせは、こちらから頼んでおく」
「い、いえ、レオーネ教官の護衛なら嫌とは言いません。確かに長期間王都を離れるのは、楽しみとは言いませんが、これもお役目です。騎士として、そこに異は唱えません」
「私も同感です。長い目で見れば鎮痛薬の普及は軍事的にも、医療面でもドナウには大きな利となります。鎮痛薬は貴族にとっても高価な代物です。これがある程度の数を増産できるなら、やるべきだと思います」
ユリアンは貴族としての矜持と義務感から、イザークは純粋な利益から賛同の意を示す。この辺りは生まれや感性の違いだが、賛同が得られる行為ならば、余計な不和は発生しにくい。
「それは良かった、では出発しよう。当面の目的地は東の国境沿いだ」
「分かりました、道中の先導や警戒は我々が行います」
全員が脚竜に跨り、アントンが車の甲竜に手綱で発進を知らせると、ゆっくりと甲竜が歩き出す。甲竜は大柄で力があるが大人しい性格の竜で、脚竜に比べると頑丈かつ人の言う事を聞きやすいので専ら、運搬用に使われる。
それほど急ぐ旅でも無いので、三人もゆっくりとした足取りで脚竜を歩かせる。
雲一つない青い空は、美しかった。
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王都を離れてから既に五日が経過した。幸いな事に、今まで雨にも降られず旅は順調そのものである。尤も、目当ての植物は未だに見つかっていないのが不満と言えば不満だが。
現在はドナウ東部の南よりにおり、国内を流れるライネ川は直ぐ側にある。一行は川を下流に下るように足を進めている。途中に何度か村に立ち寄ると、その都度近衛騎士と言うだけで歓待を受けており、アラタは驚く。
ただし、彼ら近衛騎士が殆ど貴族で構成されている事を考えれば、それなりに頷ける話である。平民と貴族では住む世界が違うのだ。彼等の不興を買えば、村がどうなるか分かったものではない。それ故、下にも置かぬ待遇でご機嫌取りをするのだ。
アラタから見れば過剰に見えるのだが、この国ではそれが普通なのだ。アラタもその事を察して、特別何も口にしなかった。妙な事を口にして互いに気まずい思いはしたくない。
彼ら村人との交渉は主にイザークが担当していた。使用人のアントンを除けば彼が最年長であり、商人の出で交渉能力が高いからだ。騎士団の中では便利屋扱いされていると、ユリアンがアラタに説明していた。
ただ、イザークはその扱いに満足しており、実家からの期待に大いに応えられたと豪語している。事実、イザークが騎士になってから、実家の商会は貴族との取引が格段に増えて、規模が大きくなったという。
近衛騎士という事を差し引いても、交渉役をイザークが引き受けてくれたおかげで、村人との諍いは全く起きず、気持ちの良い交流が出来たと言えるだろう。
村での寝床は村長の寝室を借りていた。ただ、それはアラタだけで、他の三人はそれぞれ別の家に厄介になっていたようだ。使用人のアントンは元から別の家で寝泊まりしていたが、二人の騎士は村の若い女と同衾していたようだ。
アラタにもそういう誘いはあったが、丁重にお断りしていた。彼ら村人からすれば、貴族の落とし種を得る絶好の機会なのだろう。率先して村娘や、夫を失った未亡人が子を授かろうとアプローチを掛けてきた。
アラタにとっては大して興味も無く、肉食獣の獲物扱いされるのは閉口したので、自分の分まで楽しんでくれと言って、さっさと床に就いてしまった。
ユリアンとイザークはどちらも結婚していないので、喜んで同衾の誘いを受けていた。日中は旅をしているのに、夜中にも体を動かしている事を聞いて、
「若いというのは良いですなあ」
アントンはしみじみと語っていた。実に年寄りらしい感想である。
そんな事を話しつつも、目的の植物を探しながら移動を続けていた六日目の昼に、ライネ川の側でアラタが立ち止まる。
「教官どうしました?そんな所で止まって―――目当ての植物を見つけました?」
ユリアンが同じように立ち止まり、周囲を見渡す。しかし、彼の眼には特別めぼしい植物は見当たらない。それもそのはず、アラタが見ていたのは地面の植物ではなく、川の側の地形だった。
それまでは川の水が真っすぐ流れていたが、アラタの視線の先は幾らか盛り上がっており、川の流れが変わっている。水が低い所に流れ込む以上、高所には水は落ちないのは当然だ。ほんの2メートル程度だが、川の流れに沿ってなだらかな丘のように盛り上がって、それが5~600メートル程度続いている。横幅は200メートル程度か、つまり丘の四方の内、半分の二方は川に面している。
(川の増水分を考えても、ここが水に漬かる事は無い。ある程度の傾斜があれば、防御力も幾らかは増加が見込める。何よりもここは西側と南側が川に面している。半分を自然の防御に任せられるのは大きい)
一万人が立て籠もる砦というのは、かなりの広さが必要になる。平地ならばどこでもあるが、川の側で物資の乗り上げが容易かつ、軽い傾斜のついた丘というのは、あまり見かけない。特にこの土地は王家の直轄領であり、地方領主からの苦情やしがらみが無いのも良い点だ。
「イザーク、地図を見せてくれ」
アラタから言われて、イザークが懐から地図を出して、アラタに渡す。
地図は一般に出回っている精度の低い物ではなく、かなり正確に地形や、村々の場所が記された軍用の物だ。これ一枚でも、他国にとっては戦略的価値のある情報なのだ。それ故、取り扱いは慎重になり、使用人のアントンには見せていない。
現在地は朝に立った村から今までの行程時間で距離を割り出し、渡された地図に現在地を記す。
「あの、教官ここに何があるんです?」
イザークが不審に思い、尋ねるが、アラタは機密の一言で黙殺した。機密の一言で、およその理由が察することが出来た二人は、それ以上の追及はしなかった。
この後にユリアンが、旅を続けるのかと質問してきたが、当初の目的を達していない以上、旅は続けると口にすると、二人とも少しがっかりしていた。二人は旅の本来の目的は達成されたと思っていたらしい。
まだまだ四人の旅は始まりに過ぎないのだ。
旅の貴族や武士に一夜だけ自分の娘や身内を差し出すのは日本でもよくあることだったそうです。運が良ければ貴種の落とし種が手に入るからだとか。
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