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私の発言で食堂が一瞬で静まり返った。
……私は何かおかしいことを言ってしまったんだろうか? ただ、本心を告げただけなのに。
「姫。あなたと言う人は……、相変わらず天然たらしなんですから、全く」
食堂に流れた沈黙を破ったのは、店長のその一言だったが、私には何故自分が天然たらしだと言われた理由がわからなかった。
なのに、食事にいる冒険者達は違いないと笑って納得していた。納得しているのは冒険者達だけではなく、まだ僅かに頬を赤くしているシノアくんもその言葉に納得しているようで……。
自分だけ理解出来なくて、仲間外れにされているような気分になる。
そんな私の心境に店長は気づいたのか、すかさず優しい手付きで頭を撫でてくれた。
……撫でられて機嫌が直るほど、そんなに私は幼くないですからねっ!
なんて、考えているとその心境も読まれているのか、店長にクスクスと笑われてしまった。
そんなじゃれ合いをしているうちに、シノアくんの周りには何人か冒険者達が集まっていて、
「まあまあ落ち着けって、なっ? この2人は親子みたいなもんなんだよ」
「店長はたった1人の女性を今も愛し続けているみたいだし、なっ?」
「俺らはよく知らないけど、姫にとって店長は命の恩人みたいだよ」
何故かむっすーとした表情を浮かべているシノアくんを、面倒見の良い冒険者達は宥めていた。
……どうしたのかしら?
なんて考えていると、むっすーとした表情をし、今まで黙っていたシノアくんがボソリッと蚊の鳴くような小さな声で呟く。
「苦手、克服しようかな……」
と、そうは言っているものの、かなり無理をしているんだろう、シノアくんの顔は血の気が引いたように段々真っ青になっていった。
……無理はさせたくない……。
同時に、顔を真っ青にするシノアくんには申し訳ないが、その一言が嬉しくも思えた。
「シノアくん、大丈夫よ。私の家の専属シェフは国籍が庶民よ。貴族が好む味付けからお袋の味まで再現可能な、我が家の自慢のシェフなの。
無理して克服する必要なんてないわ」
……だって、具合が悪くなるのにも関わらず苦手を克服しようと試みると言うことは私との結婚を少しだけ前向きに考えてくれていると言うことでしょう?
だから、自分の家の専属シェフのことを話す声が自然と穏やかになる。
そんな私の様子を見て、やれやれと言っているかのように店長はため息をついて、
「シャリー様。遅かれ早かれあなたが抱えている秘密は、魔法の天才と呼ばれる彼にはバレることでしょう。ですが、貴族はあなたの能力を受け入れられなくても、魔法使いとして優秀な彼は必ず受け入れてくれるはずです。
シノアくん、精霊使いで突然退職した男のことを調べてみなさい。自ずと答えは出てくるはずだ」
私が言いづらかったことを、店長が言ってしまった。何で言ってしまったのと言おうと思った。
だけど、私がそう言うことを阻止するかのように、シノアくんはこう言う。
「1度、王都に戻ろうと思います」
その言葉に、今度は私が血の気が引いていく番だった。真実を知って今までの人のようにまた去っていくんじゃないかと怖くなった。
いつもなら食事している時は手を止めることをあまりしない。私にとって、食事は息をするのと同じくらい大切なことだから。
それを一旦止めてまでも、私は彼をこの場に留めておきたかったの……。
知られることが怖くて、食堂から立ち去ろうとするシノアくんの服の裾を掴めば全ての事情を知る店長が慌てたような表情をして、
「シャリー様! 今、食べることを中断してはなりません! 命に関わります!」
叫ぶようにそう言ってきたけれど、シノアくんに知られたくないと言う思いの方が強くて。
そんな私の行動に悲しそうな顔をした。
「僕のこと、信じられませんか?」
そんな悲しそうな表情でそう言われては、私は服の裾を離すことしか出来なかった。