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貴族の皆が皆、悪い人じゃないってわかってたのに、どうしても彼らを信じられなかった。
彼らを信じたいってそう思っていた。なのに、過去の記憶に縛られて信じられなかった自分が嫌いだった。彼らは………いや、彼らだけは身分を気にせず優しくしてくれてたのに、信じられないことが苦しかった。
そんな僕の背中を、彼女の言葉が押してくれたような気がした。
それが嬉しかったから、こんな僕の言葉を受け入れてくれたから僕はどんな人であろうとあなたを受け入れようと決意したんだ。
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「あのぉ……、シャリーさん? どれだけの量を食べられるのですか?」
何十枚も重ねられた食器を呆然と見上げるシノアくん。その皿に盛り付けられた食べ物は全て私の胃の中で消化され始めている。
私は食いしん坊だ。
そして、かなりの大食いでもある。
私は食べるのが好きだ。
同時に、私は食べなければならない。
だから、お母様もお父様も私のことを縛らない。無理して、結婚させたりしないのだ。
「まだ腹3分目くらいだわ、まだまだ食べ足りないの。店長、いつものメニューどんどん作って。足りないの、もっと食べなきゃ足りない」
私のこの発言に、どんな殿方も私から離れていった。あからさまに距離を置くものもいれば、徐々に友達の距離感に戻す殿方もいた。
だけど、消化速度は遅くなってはくれない。
食べたい、そんな衝動を自分の意志ではもう止めることすらも許されない。
……きっと、シノアくんも離れて行ってしまうんじゃないか、そう思ってた。
……そう、思ってたのに……。
家族や冒険者の皆さんとは違う感情を抱いた異性の中で彼だけは、食事を摂る私を、優しく穏やかな笑みで見つめていてくれた。
「何でも美味しそうに食べるんですね、それにシャリーさんの食事姿はとても綺麗です。
……僕とは大違いですね。僕はどうしても貴族が好むあの上品な味付けを食べられず、克服しようとしているのですが、どうしても吐きそうになってしまいまして。
勿論、食べられなくなったら、友人に食べてもらっています。食材がもったいないですから」
……むしろ褒められてしまったわ。
大食いに引かないなんて、変な人。
何も知らないで一緒に食事した人は最初、引いたような目をしてくると言うのに。
まあ、年上の方々は徐々に見慣れてきて、食べる姿を嬉しそうに眺め始める人も出てきて、そう言う方の中にはよく食事とかも誘ってくれる人もいる。
遠慮して食べるとむしろ、何故か怒られてしまうのだ。……本当に何故だ?
それよりも上品な味付けすら拒否反応が出るくらいその貴族は、彼に何をしたのかしら?
常連さんだとは知っていたし、彼がどんな功績を残していたのも知ってるわ。
だけど、華麗なる功績については調べられても過去のことは丸っきり調べることは出来なかった。まあ、今更もう再調査するつもりもないけれど。
過去の彼だどうであれ、彼は彼だ。
私は遅かれ早かれ、いつか彼のことを好きになってしまうだろうと思う。
だから、彼が話してくれるまで私は、過去の話を持ち出したりはしないと決めたの。
私は何かを待つことには慣れているわ。
……だって、誰だって誰かに秘密にしていたいことくらい、1つや2つあるでしょう……?
「だから、私が提案した結婚する話をお断りしたいと言うのですか……?」
上品な味付けが口に合わない、それは上品な味付けをすることが多い貴族の食生活が合わないと言うこと。きっと、彼にとって貴族になった時の食事は苦痛なことでしかないと思うから。
遠回しに提案を断られたのかと思った。
だけど、それは違ったみたい。
だって……。
「はっ⁈ ど、どうしてそう勘違いさせてしまったのでしょうか⁈
僕は自分のことを知って欲しくて、それを話しただけなんです!
だから、シャリーさんが嫌いな訳ではないのですよ? 信じてください……!」
そう聞いた途端の慌て様は、お母様を怒らせた時のお父様のようだったから、私はそんなシノアくんの焦る姿を見て思わず笑ってしまった。
そんな私を見て、笑うなと怒ることなく彼はそんな姿を見て安堵したように笑った。
私はそんな彼の笑顔を見て……。
ああ愛しい、側にいて欲しいとそう思った。
「私の側にいると言う人生の選択も、考えてみてはくれませんか……?」
私は食べるために動かしていた手を止めて、彼の顔を覗き込むように見ながらそう言えば、不思議になるくらいに顔を真っ赤にさせていた。
そんな彼の様子に私は首を傾げる。
すると、店長は苦笑いしながら料理を持ってきた後、私にこう言ってきた。
「シャリー様? それ、プロポーズになってるってわかってます……?」
その一言に私は、
「わかってるわよ……?」
……むしろプロポーズ以外に何があるのかしら? と内心で考えていると、気がついたら食堂にいた全員がきょとんとした表情をしていた理由が私にはわからなかった。