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食堂を開ければ、床に散らばる店長が腕を振るいに振るった料理の数々。

ああ、なんてことでしょうか。


「食べ物を粗末にするなど、なんてことをしたのです! 誰ですか、こんな愚かなことをしたのは! この料理を作るために何人もの人々が汗を流し、働いてきたと思っているのです! その努力を侮辱するものは私は許しません。誰です? 誰がこんな酷いことを……」


私は怒声を滅多に荒げることはない。

それを知っている民達は静かに背筋を伸ばし、私のことを見守っている。

そして、私を怒らせた者を知らせるかのように、その者に対して殺気を向けていた。

その殺気を向けられた人はガタガタと震え上がっていた。可哀想に……、でも。あなたが悪いのよ。


「そう……。あなたが店長を悲しませたのね。私はあなたを許さないわ、店長は私の大切な大切な民よ。食べもしないでこんなことをするなんて……」


容赦はしないわ、と静かに告げる。

その瞬間、ガタガタッと食堂にいる男達が私を守るように威嚇するかのごとく、殺気を放つ。


「そこの女、去りなさい!

そこの女だけ、ね? 隣のあなたは常連さんよね。あなたは去る必要はないわ。ね、店長。あなたにとってもそれが良いでしょ」


慌てて少女は立ち去って行った。


「だめね、最近の子は。貴族だから偉いだなんて思っているんだもの、全く」


「そうですね、姫」


「あら、私はいつ姫になったのかしら」


私に対して一番近い位置にいた、冒険者が私を姫と呼ぶ。その呼び方に対して私は惚けるのが住民達と会話する時の恒例である。

国民は何故か、私を姫と呼ぶ。

やめろと言ってもやめないから、ここまで来ると諦めた。そんな私を呆然とした顔で見つめてくる彼。……やだわ、そんなに見つめられちゃうと照れちゃうわ。


「なんて、もったいない人なのかしら? 店長の料理を食べられないなんて! こんなにも美味しいと言うのに! ねぇ、皆さん?」


「そうですね、姫」


強面な冒険者達も、貫禄が緩和されるくらいに穏やかな声で同意してくれる。

そんな私達の会話を聞いて、素朴な雰囲気を持つ常連さんは切なそうな顔をしていた。


……どうしたのかしら?


私はそんな表情を見せる常連さんの側へと近づいて、肩に手を置き、彼に触れた。

そんな私の行動に常連さんは驚いたような表情を浮かべ、また切なそうに笑う。


「あなたともっと早くに出会いたかったです……。そしたら、私は貴族だからと偏見を盾に、そうではない人々を傷つけなくて済んだと言うのに」


その言葉に、私が今度目を丸くする番だった。なんて、優しい人なんだろう。なんて、真摯で聡明な人なんだろうとそう思った。

だからね、放っておけなかったの。


「いいえ、そんなことはありません。

この世で生きている限り、誰かを傷つけないって言うことはないのです。

私だって、さっき民を傷つけられたから、民を守るためにか弱き少女を言葉で責めました。そのせいで、あの少女は立ち直れなくなるかもしれません。

ですが、私が上に立つ立場である限り、時に残酷な決断をしなければならない時があります。ですから、すべての人を完璧に守ることは不可能です。人が誰かを傷つけない、それは難しいことなのです。

あなたが貴族に酷いことをされたのなら我々を責めるのもよくわかります。それで良いのです。あなたと接した貴族はきっとそれを甘んじて受け入れていたのではありませんか? それが、上に立つ者の責任だからです。少なくとも私はそう考えています。

今は、こうして姫と受け入れてもらっていますが、最初は彼らに嫌われていました。

ここにいる彼らも貴族の被害者です。あなたが貴族に対して偏見を持つことも、理解出来る人ばかりです。ですから、すぐに貴族によって違う態度を受け入れる必要はありません、ここにいる民達はそれを責めたりはしません。

私は民を愛しています、民の痛みは私の痛み。あなたの痛みが和らぐのであれば、私はあなたに責められようと痛くもかゆくもありません」


そんな言葉に彼は涙を流す。

そんな彼を、ああ愛しいとそう思ってしまった。なんて、純粋で弱い人だ。なのに、こう思うのは矛盾しているのだろうが、弱いはずなのに尚且つなんて強い人なんだろうとそう思う。

ふふっ、良いことを思いついた。


「そうだわ! あなたも、貴族になれば良いのよ! あなたが貴族達を変えればいいわ!

私、あなたが気に入ってしまったの! 私ね、遅かれ早かれあなたに惹かれるような気がするの。あなたが嫌なら、もちろん無理意地はしないわよ?

ああ、安心して? 私の親も民を愛していてね、もし民の誰かと結婚すると言ったらどうするのって言ったら喜んで受け入れると言っていたわ!

王も貴族も、私が……と言うより私達の家系の人間なら民と結婚すると言ったも諦めるはずよ。私達は一応、王家の血筋が少し入っているもの。

それに、どうせ止めたところで諦めないってわかっているだろうし、平気ね」


そう私が言えばその発言に驚いて、常連さんの涙はピタッと止まった。

驚きのあまり声も出ないようだ。


「私ね、あなたのこと知っているのよ。私はあなたのこと応援してたの、シノアくんのこと。研究費や研究施設代くらいしか援助出来なくてごめんなさいね。平民出の天才魔法使いだからと言うそんな理由で貴族から嫉妬されることだってあったでしょう? あなたの心、私には守れなかった。貴本気を出せば天災を巻き起こすと聞いているわ 、その才能のせいで恐れられたこともあったでしょう? 力がある立場であるのに、あなたを守れなくてごめんなさい」


知っていた、そう告げればさらに驚いたような顔をするシノアくん。そして、やっとの思いで蚊の鳴くような声でこう言ってくれた。


「知っていてくれただけで十分です」


そう言った後、また泣き出してしまった。


ああ、愛しいわ。なんて愛しいの。


私はそう考えながら泣き崩れる彼を抱きしめ、泣き止むまで抱きしめたのだった。




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