プロローグかもしれない話
甘いものも、辛いものも、酸っぱいものも、何でも食べ物だったら私の大好物とされる。
そう! 美味しければ正義!
花より団子、そんな言葉がぴったりな私は一応、王族の血が入った貴族でも上の方に立つ家系。
その中でも変人が多いと、そう周りの貴族からそう見られているのが私の家族です!
だって、私は行き遅れとされる歳になったと言うのに、家族はと言うと……?
「あらあら! そうよね〜、あなたなら旦那よりも食べ物の方を優先しそうだもの!
しょうがないわ! 私も行き遅れと言われる歳まで結婚できなかったし、のんびりと相手を探したら良いわ! だって、実際に行き遅れしていた私もお嫁にいけたんだもの、料理が上手なあなたなら意中の相手の胃袋をつかめさえすれば立派なお嫁さんになれるわ!
花より団子な娘だけれど、親という贔屓フィルターがなくても性格良しな娘だもの!
文句は言わせないわ!」
母強し、その一言に尽きます。
「母さんに似て、若く見えるし、母さんみたいにじゃじゃ馬じゃないから君は大丈夫だよ。
立場は気にせず、君は好きな相手と一緒になりなさい。父さんはね、母さんと政略結婚したけれど、母さんのことはちゃんと想ってる。周りになんと言われようと、父さんはね、政略結婚をきっかけで生まれた恋愛の形も悪くないなぁ、と思っているんだよ。
だから、好きにしたらいい。
君が望むなら、僕は君に似合う相手を探そう。君が心からそうすることを望むなら、ね?」
あくまでも、私の気持ちを優先してくれる優しくも、時より毒舌な言葉を吐く父さん。
私が自由人に育ったのも父さんのおかげで、それを誰も咎める人は家族にはいませんでした。
だから、貴族だけれど窮屈な思いなんてしたことはないし、好きにさせてもらっています。
「姉さんは今まで通り好きにしたらいいよ、僕は継がなきゃいけないからそうすることは出来ないけれど、姉さんがそこまで縛られる必要はない」
姉想いのしっかり者の弟。
申し訳ない、その言葉に甘えきっている私は姉らしくない。これからもよろしくお願いします。
貴族でも上に立つ家系、レートル。
レートル家の絶賛行き遅れ中で巷では食いしん坊令嬢と呼ばれる私こと、シャリー レートルは今日も美味しいご飯を食べるため、猛進致します!
猛進と言っても、礼儀すらもままにならなければ、ただでさえ遠目で見られているのに余計にされてしまうから、礼儀やマナーはしっかりと! が私のモットーですから、物理的には猛進しないですよ、本当ですよ⁉︎
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「姉さん!」
私が社交ダンスのステップの練習を一人練習していた時のことです、弟のシャートはノックなしに練習場に入ってきました。何事でしょうか?
兄弟とはいえ、仮にも異性。普段から出来ないことは、いざという時に悪い部分が出てしまうことです。マナーや礼儀は常日頃、意識して行うのが上に立つ人間であればあるほど気にかけなければならないと姉さんは思います。
「あ! 姉さん、ごめんなさい。姉さんはいつも常日頃から礼儀やマナーには気をつけなさいと言っているのに、教えたい情報を見つけて早く教えたいという気持ちが、言いつけを守るところまで気が回りませんでした……。以後、気をつけます」
言う前に、私のいいたいことに気づくとは流石としかいえません。
シャートは誰に対してもお礼をいい、謝ることのできるとても良い子です。
上に立つということは、民からの支えがあるからこそ、上を向いていられるということ。
身分は関係なく、感謝を抱き、時に悪いことをしてしまったら謝罪する。それが出来てこそ、民と良い関係を築けると私は思うのです。
そういえば、私が食いしん坊令嬢となるきっかけは、民との交流を深めるために街に行ったからなんですよ。あの頃を思い出すと懐かしいです。
それは、民と貴族である私の違いを知るためでした。そして、圧倒的に違ったのが食文化。
私が食べていたものは上品な味付け。
だけど、民の皆さんが食べていたのは、上品とは言えないが、何処か温かみを感じる味付けでした。それを口にしてから私は食べるのが好きになったのです。
私は、民の皆さんと話すのが好きです。
立場なんて関係ない。食べることも、皆さんから聞ける話も、私にとってとても楽しいことだったのです。
ああ、話が逸れてしまいましたね。
「姉さんだったから良かったものの、普段の行動は咄嗟に起こす行動に出るものです。
常に礼儀やマナーは意識してください。
私達は民も貴族も分け隔てなく接するように父さんや母さんから教えられてきましたが、それでも私達は貴族なのです。私達の教えと、周りの貴族の皆さんのしつけは違うのです。家系によっては、差別する人はおります。だからこそ、私達は私達の考えが正しいと示すために、誰よりも礼儀やマナーを重んじる必要があるのです」
私達の教えについて理解を得るためには、理解して欲しい相手の考えも理解する必要があるのです。理解して欲しい、その気持ちを押しつけるだけでいるのは私は間違っていると思うのです。
だから、貴族であることを忘れないために、礼儀やマナーを重んじる気持ちを大切にしてます。
シャートは次期当主だから、余計に私は礼儀やマナーを重んじる気持ちを大事にして欲しいのです。だから、これだけは姉らしく叱るときもありますし、出来たことに対してはしっかりと褒めます。
さて、説教はここまでにしておきましょう!
「反省しているなら良いのです。それよりシャート、あなたが話したいことの方が姉さんは聞きたいわ、姉さんに教えてくれませんか?」
ブラコンと呼ばれても構いません。
シャートは、十八とは思えないくらいの聡明で尚且つ純粋で、時には残酷になれる強さがあります。我が弟ながら、人をまとめる力に長け、そして人の見る目がある人の上に立つためのカリスマ性を持っていると言えるでしょう。
ですが、優しすぎるのが欠点だとも言えます。敵に対しては躊躇うことなく残酷になれます。
シャートは自分に甘い人間ではありません。
だから、自分が誰にでも好かれる人間だとは思っていなく、残酷にだってなることが出来ます。
ですが、身内には甘いのです。
だから、裏切られでもしたら……。
きっと、シャートは壊れてしまう。
だけど、シャートは優しいままで良いのです。姉想いの……、優しいシャートでいて欲しい。
だから、私はシャートを突き放すことは出来ないのです。どうか、裏切られた時に、
「しゃんとなさい、シャート!」
そう、喝を入れてくれる人がシャートの側に祈るばかりのこの頃なのです。
親心子知らずというべきでしょうか。
……いえ、姉心弟知らずというべきなんでしょうね、この場合は。
そんな姉心なんて気づきもせず、話を聞いてくれることに対して嬉々とした表情を見せる弟には、今私がどんな気持ちでいるかなんて、想像すらもしていないのでしょう。そんな弟でも可愛いと思ってしまう私も私ですが。
「姉さん! 俺の婚約者候補が三人にしぼられました。今度、会うことになったのですが、姉さんに付き添いをして欲しいのです!」
なんですと⁉︎
これは勿論、付き添いしなければ!
「当たり前じゃない!
可愛い弟のためです。一日くらいは街に行くことを控えるだなんて、簡単なことですわ」
そう二つ返事をすれば、若干強面な顔が自然と可愛らしい表情に変わっていきました。
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「ん〜! 美味しいです〜!」
自然と顔がだらしなくなります。
食いしん坊な私にとって、甘味とは素晴らしい存在です。そして、敵でもあります!
食べ過ぎれば明日が怖いのです。
さて、今食べてるのはレアチーズケーキです。甘さ控えめなブルーベリージャムを乗っけて、マナーに気をつけながらも味わいます。
数々のレアチーズケーキを食べてきましたが、こんなにもあっさりとしているのに、甘さもしっかりと残っているものを食べたのは初めてです。
「姉さん、良かったですね。良かったら俺の分も食べますか? 俺、姉さんの食べる姿を見るの好きなんです。こっちまで幸せになります」
その言葉は嬉しいです、だけどね。
「このケーキは、甘いものがあまり得意ではないシャートのために作られたものです。
そんな気遣いをしていてくれているのに、その本人が食べないなど紳士ではありません!」
と、私ははっきりと言い放てば、シャートは素直に、申し訳なさそうに謝っていました。
その後、コロリと表情を変えて、シャートは驚いたようにこう言いました。
「これ、手作りなのですか⁉︎
姉さん、毒味は……!」
「する必要はありませんわ。これを作ったのは、強面であるあなたに想いを寄せている方。
そうでなければ、甘いものが苦手なシャートのために、あっさりとしたレアチーズケーキを作り上げることは出来ないからです。それと、ブルーベリージャムもトッピングに付けたのはきっと、これは私のためなのでしょう。
お菓子作りや料理を好む方は、大体は食べる姿を見るのが好きなものです。街に出て、食堂で食べていた時、料理人はお客様が食べる姿を嬉しそうに眺めておりましたから。
さて、白状して頂きましょう。
このレアチーズケーキを作り、持ってきたのはどなたかしら? まあ、私の嗅覚の良さからは逃げられないから素直に白状した方が身のためですわよ〜」
ふふっとらしくもなく、上品に私は笑って見せました。すると、堪忍したのか、とある従者が自分のお嬢様の肩に手をポンッと置いたのです。
「もうばれてるようですよ、お嬢様」
やっぱり……と、私はニヤリと笑いそうになるのを必死にこらえました。
そして、私はシャートに言います。
「私は彼女、ノエル シュワーズをあなたの婚約者が良いと思いますわ。
だって、他の皆さんではシャートを支えるには覚悟が足りませんもの。
だって、ノエル シュワーズだけは、シャートの欠点にも気づいてるような気が致しますし?
あなたなら、シャートを支えられるくらいの内面の強さを持っています。
そして何よりもその気遣いは、シャートへの愛から。それに、あなたの心は綺麗です。
後はシャート、あなたが決めることですわ。姉さんは誰であろうと、あなたが決めたことを変えようとはしません。だから、あなたが決めなさい。
それに、あなたはもう、最初から誰を自分の婚約者にするかなんて、決めていたのでしょう?」
「ばれてましたか、流石姉さんです」
褒めたって何も出ませんよ!
「私はお役目ごめんってヤツですわね! 皆さん、ゆっくりしていってくださいまし!
私は街に行ってきますわ〜」
と、私はシャートの制止を聞きもせず、屋敷から飛び出して行ったのでした。
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私は屋敷から、まっすぐにいつもの大好きな食堂へと直行します。
さっき、レアチーズケーキを食べたでしょう? ですって?
甘いですね! 私の胃袋は別名、ブラックホールと呼ばれています!
だから、どんなに街で食べ歩きしようと夕ご飯はペロリっと食べられるのですよ。
確かに食堂の食べ物も好きです。
街に出て、食べ歩きをするのも好きです。
ですが! 私は、レートル家の専属のシェフが作る、上品な味付けも好きなのです。
だから、たくさん食べるために、運動だって欠かさず毎日してします!
ただでさえ、行き遅れているのに、太るわけにはいきませんからね!
なんて、考えながら食堂のドアを開けば……。
悲しそうな顔をする店主と、怒る男性と泣き崩れている女性がおりました。
あらあら! 店主のことを悲しませるなんて、許されませんわね!
店主は私の大事な大事な民ですわ!
「何がありましたの!」
これが食いしん坊な私と、偏食な彼との出会いのキッカケになるなんて、思ってもいませんでした。