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宇垣くんが教室を出て行くのが見えた。おかずが足りなくて、隣のクラスにもらいに行ったらしい。
普通、ああいうのは、おかず担当の人が自分でもらいに行くものだと思う。図々しい。しかも、おかず担当のあの女子は、柏原さんのグループの子だ。あまり良い印象は持っていないはず。なのに、彼は断らなかった。
やっぱり宇垣くんは優しい。
さっきだって、冬園くんの牛乳運ぶのも手伝ってあげてたし。彼は困ってる人を見ると、放っておけないタイプなのだろう。
宇垣くん、早く戻ってこないかなぁ……。
話をする人もいないから、なんとなく自分の机の上に並べられているものをぼんやり眺める。牛乳とご飯、コーンコロッケ、けんちん汁。けんちん汁は湯気が出てて、いかにも熱そうだ。
それから、一番手前には箸がちょこんと置かれている。宇垣くんが置いてくれた箸。
なぜだか、ドキドキした。彼が後ろから手を伸ばして、この箸を置いてくれたとき。夏服の半袖から出ているキレイな腕が間近に見えて、ドキドキした。
なんとなく、箸を指先でつついて転がしてみる。すると、その直後、わたしの頭上から冷たい水が降ってきた。
「――!?」
視界が白い膜に覆われる。
白。
水は、白色に濁っていた。
白い水は、ねらい澄ましたようにわたしの頭のてっぺんから降り注ぎ、首筋を伝って服の背中の中まで流れ込んでいった。冷たさに、思わず背中がのけぞる。
全ては一瞬の出来事。
その滝は一秒にも満たないうちに止まった。
な……に、これ?
目の前で、自分の前髪の先から、白色の雫がポタポタとこぼれ落ちていた。視線を下げると、紺のプリーツスカートに白いまだら模様ができあがっていた。
生臭さが立ち上って、わたしの鼻を刺激する。
もしかして、これって――
すぐ後ろから声が響く。
「あら。ごめんなさい。ちょっと手が滑っちゃったわ」
恐る恐る、振り向く。
柏原さんが、わたしの真後ろに立って、笑っていた。そして、笑いながら、空っぽになった牛乳瓶を片手にブラブラさせていた。
「牛乳まみれになっちゃったわね。大丈夫ゥ? なんだか、男の人にヘンなことされた直後みたいになってるけど」
フフッ、と柏原さんは笑う。
わたしは、彼女を見上げたまま、固まっていた。
「しかも赤崎さん、今すっごく牛乳くさいわよ。自分じゃわからない? それとも、もともとそんなニオイしてたのかしら?」
笑ったまま、柏原さんはわたしの耳を片方引っ張った。ちぎれそうな力に、顔が歪んでしまう。その耳に、柏原さんは顔を近づけて面白そうな口調で言う。
「牛乳くさい女の子なんて、誰にも好かれないわよ。あの宇垣くんだって、嫌でしょうね。もっとも――赤崎さんはただでさえメンドクサイ子なんだから、どうやったって好かれないだろうけどね」
胸が、ゴムで何重にも縛られたように、痛んだ。
「めんど、くさい……」
よだれが口の端から垂れていくように、声が、無意識のうちに出ていた。
「そうよ。赤崎さん、あんた、面倒な子なのよ。見ていて宇垣くんがかわいそうよ。あんたなんかを庇うせいで、彼はたくさん迷惑してるのよ。知らないの? 赤崎さんってそうとうな自分勝手よねェ」
柏原さんの顔が離れていく。
耳が解放される。
何も聞こえない。周りの人達がざわついているようだけど、わたしには何も聞こえない。耳がちぎれたみたいだった。
面倒……
迷惑……
わたしが、宇垣くんにとって―――
頭の中が、真っ白になっていく。




