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家を出て、何も考えずに歩いていたら、教会へ来ていた。青樹叶に会いたいと思ったせいかもしれない。理屈を抜きにして、心が彼女を欲していた。

しかし、と。

智秀は聖堂の巨大なシルエットを見上げて立ちすくむ。


どんな顔して、会えば……。

それに、もう時間が時間だし。


西の彼方では、すでに夕陽の残滓さえ消えかけている。

常識で考えれば、今の時刻はどこの家庭も夕食の準備をしているか、早ければもう夕食を食べている頃だった。そんな時間に彼女の家のインターホンを押せるほど、宇垣智秀は自分勝手ではない。

今日はもう青樹叶には会えない。

かといって、このまま自宅に引き返すことも、したくない。あの父親と母親とは、まだ会いたくない。

進むことも戻ることもできずに、ただ教会の門前に立っている。そうしていると周囲に立ちこめる夜の闇が、体中を侵蝕してくるようだった。

心細さが、募ってくる。

孤立している感覚に襲われる。

身も心も暗闇に引き込まれていくような感覚に陥っていく。

その闇から――不意に、誰かの声が宇垣智秀を引き上げた。

「智秀くん」

聞き覚えのある優しい声に、振り返る。

薄暗い景色の中に、青樹叶がいた。彼女は白色のブラウスに、青色のロングスカートという姿だった。

彼女の周りだけが明るく見えた。

「叶さん――」

その笑顔に、締め付けられていた気持ちが解放された。

けれど、すぐに後ろめたさがわき上がってくる。彼女からもらったロザリオをついさきほど奪われてしまったからだった。

智秀は視線を逸らした。

すると叶が不思議そうに尋ねてくる。

「こんな時間に、どうしたの? なにかあったの?」

「え、と……」

ここへ来た経緯なんて言いづらかった。

言いよどんでいると、ふと叶の胸元にやや大きい紙袋が抱き上げられていることに気づいた。

「叶さん、こそ。その袋はどうしたんですか?」

「ああ、これ。ちょっとそこのスーパーまで買い物に行ってきたところなの。晩ご飯の食材が足りないことに気づいてね」

「あ――じゃあ、夕食はまだなんですか」

「ええ。そうよ。これから準備するところ。それで、智秀くんは?」

再び、質問が飛んできた。

夕食がまだだと聞いて、少しばかり勇気が湧いていたので、思い切って答えることにした。

「僕は――叶さんと、会って話がしたくて……」

叶はほほ笑んだままで、確認するように訊いてくる。

「なにか、あったの?」

「……はい」

頷く。

と、叶はそれ以上何も言わずに「いいわよ」と言ってくれた。

「ここだと落ち着けないから……そうね、聖堂でお話ししましょう。まだ施錠されてないから、入れるわ」

さすがに夕食時に、家に他人を入れるわけにはいかないらしい。けれど、それで充分。話せるなら、場所はどこだって良かった。

「ありがとうございます。でも……聖堂の中で話しても、いいんですか? 怒られませんか?」

「いいのよ。今の時間なら、もう誰もいないだろうし。それに、困っている人を助けるんだもの。神様はきっと許してくださるわ」

そう言うと、叶は胸の紙袋を揺らしてみせた。

「先に聖堂に入っていて。わたしはコレを冷蔵庫に入れてから行くわ」

「わかりました。じゃあ、待ってます」

「うん」

叶と別れて、聖堂に向かう。

会って声を聞けただけで、幸せだった。

けれども、このあと言わなければいけないことを思うと、気分が暗くなる。

ここへ来た理由――もらったロザリオを取り上げられてしまったこと。


全てを包み隠さずに言わないといけない。

じゃないと、この先、きっと僕は叶さんとちゃんと向き合って喋れない。


彼女に隠し事なんてしたくなかった。

宇垣智秀は、青樹叶に対して誠実で在りたい。その思いが、罪悪感に勝っていた。

聖堂の入り口である重い扉を、智秀は緊張しながら押し開けた。


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