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ゲームセンターを出たところで、三人は解散となった。
「じゃ、また月曜な」
「バイバーイ、宇垣くん」
二人と別れて、自転車を家へと走らせる。
夕暮れの街並。東の空から現れた宵闇が、中天あたりまでを浸食していた。太陽が、逃れるように西の彼方に沈んでいく。
家に到着し、自転車を玄関前に駐める。
テスト帰りで、遊んだ後の帰りでもあるので、頭にも体にも疲れが溜まっているように感じられた。
部屋でちょっと休もう。
だるさを覚えながら、玄関を開けた。
その直後、父の怒声が飛んできた。
「智秀! リビングへ来い!」
いきなりの怒鳴り声に驚いて、智秀は一瞬体を硬直させた。即座に頭が、叱られる原因を思い出そうとする。
勉強関係は、今のところ、何も思い当たる節は無い。
帰宅時間が遅くなったことに腹を立てているのだろうか。テストが終わってまっすぐに帰ってこず、冬園と遊んでいたから、怒っているのだろうか。
あり得ないこともない。あの父親は古めかしい考えしか持ち合わせていない。宇垣智秀の常識と、父親のそれとでは、食い違う部分が存在する。
寄り道せずに帰って来い、などと説教をする可能性も、無きにしもあらずだ。
小学生じゃないんだから、
そんなことで怒られてたまるか。
智秀の反抗心に火が点いた。
帰宅時間について叱られても絶対に折れないぞ、と抗戦の覚悟を決めて、リビングに入る。リビングの食卓の席には、両親の姿があった。
父親はいつも以上に険しい眼でこちらを睨んでいる。その横に控えめに座る母親も、いつにも増して肩が小さく見える。
すぐにリビングから退散できるように、入ってすぐのところに立つ。なるべく無表情を作って
「なんですか、父さん」
問うと、父親はゆっくりと、けれどしっかり怒気を込めて口を開いた。
「智秀。俺はお前を、そんなふうにした覚えはないぞ」
「……帰った時間が遅いだけで、ずいぶんな言われようですね。ちょっとテスト帰りに寄り道しただけですよ。べつに怒られるようなことは何も――」
父が突然、机を叩いた。その大きな音に、智秀は思わず言葉を飲み込んでしまった。
「いま俺が問いただしているのは、そんなことじゃない。智秀、これはなんだ!」
そう言って、父はそれまでテーブルの上に置いてあったモノを掴んで見せてきた。ソレを見た途端、宇垣智秀は一切の思考ができなくなった。
「――――」
頭から血が引いていくのを、他人事のように感じる。
父親の手に握られているもの。
なん……で?
なぜ、それがテーブルに置いてあることにすぐ気づかなかったのか。いや、それよりも――なぜ、父親がそれを見つけたか。
ガラス窓から差し込む西日に煌めく、父親の手で揺れるそれは、紛れもなく、青樹叶からもらった十字架だった。
「どうして、それを……」
絞り出すような声で尋ねる。
答えたのは、母親だった。
「お母さんがね、冬服をクリーニングに出してあげようと思ったら、ポケットから出てきたのよ。ほら、来週から衣替えでしょ。だから」
「僕の部屋に勝手に入ったんですか!?」
睨みつけると、母親は怯えたように口を閉じた。
「今はそんなことなんてどうでもいい!」
父の怒声が飛ぶ。
「問題は、お前がこんなネックレスを持っていたことだ! しかも、学校の制服に入れていたなんて……お前はなんてヤツなんだ!」
父親はシルバーアクセサリーやブレスレットなど、いわゆる最近の若者の服装が大嫌いだった。
「俺は、お前にそこらへんのヤツのようなチャラチャラした格好はさせん。いいか、お前はまだ中学生だ。こんなもので、変な色気を出すんじゃない!」
そう言うと、ロザリオは父親のポケットに入れられてしまう。
「これは没収だ」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
慌ててテーブルまで駆け寄り、父親に訴える。
「それは、ただ持っていただけで、身に着けたことは一度もありません。学校でも、学校の外でも、それはずっとポケットの中にあったんです。だから、返してください!」
「ダメだ。持っていただけでも、こういうものに興味がある証拠だ。返せん。それともなんだ。智秀、お前はキリスト教の信者か!?」
強い口調で、問われる。
返事ができず、智秀は黙り込んだ。それを見た父親はフンと鼻を鳴らした。
「なら、持っている理由も無いだろう」
「だったら……だったら、奪い取る理由も無いはずです」
「なに?」
揚げ足取りのような言葉に、父親は眉間に皺を何本も寄せた。刃物のような鋭い眼光。智秀は怯まず、人前では絶対に出さないような大声で言葉をぶつける。
「自分の好き嫌いは理由にはならないはずです! それとも、子供のモノを理由も無く奪い上げるのが、父親の役割だって言うんですか!」
「その子供のくせに偉そうな口を利くんじゃない!」
鼓膜を激しく震わす声量で、返される。
「親のするべきことは、子供に正しい道を歩かせることだ。そして、お前の歩くべき道は、勉強することだ。それを置いて他には無い。だから、こんな勉強以外のモノに意識を散らすのを防がなければならん。それが理由だ」
言い返せず、智秀は奥歯を噛みしめる。
すると、母親がビクビクしながら口を開いた。
「智秀、お父さんの言うとおりよ。今は勉強して、いい高校に進むことを考えるべきよ。それに、こういうアクセサリーなら、高校生になってからでも買えるじゃない。なにも、これ一つにこだわらなくても」
「それはお金じゃ買えないんですッ!!」
声を張り上げ、机を両手で叩いた。遅れて拳が痛みを伝えてくる。それでも、目の前の二人に対する怒りは消えない。
青樹叶がくれた、ロザリオ。
どこにも売っていない、この世界にただ一つの、存在。
尊い、彼女の分身。
それを――
それを、こんなことで奪われるのか……!
こんな人に……!
これ以上、両親の顔なんて見ていたくなかった。母親、そして父親の顔を最後に睨むと、智秀はリビングを飛び出した。
そして、家にさえ居たくないという気持ちに駆り立てられ、靴に足を突っ込むと踵を踏んだまま家を出た。




