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試験終了の合図が監督員の口から発せられると、それまで教室に充満していた緊張感が、風船の空気のように一気に抜けてていった。
智秀はシャープペンシルを机に置いて、背筋を軽くそらせた。
これで、今日のテストは終了だった。
解答用紙が回収され、解散になる。教室がにわかに活気づく。こういう風景は、学校のテスト終了直後の様子と全く同じだ。
ざわつきの中、問題用紙と筆記具を鞄に入れて、席を立つ。
「宇垣ぃ」
同時に、冬園が教室に入ってきた。テストが終わると一目散にここまで走ってきたようだった。
「おつかれ、冬園」
「おう。ところでよ、テストも終わったし、どっか寄ってこうぜ」
時刻は午後五時を少し過ぎたところだ。まだ夕方だ。窓の無い教室からでは見えないが、外の街はすでに夕暮れ色に染まっているだろう。
「いいね。じゃあ、どこ行く?」
「ゲーセン行こうぜ、ゲーセン!」
「やっぱり」
いつものパターンだった。塾のテストが終わって、時間があれば二人でゲームセンターに行くのが、すでに習慣になっていた。
冬園は格闘ゲーム全般が好きで、しかも、かなりの腕前だ。
宇垣智秀はというと、ゲーム自体そこまで好きでもないし、上手でもない。冬園が言うには「反射神経が鈍い」らしい。唯一の得意なゲームは、麻雀ぐらいなものだった。
そんな二人だが、冬園とのゲームセンターは何かとヒマすることがないので、彼の案に異論は無かった。
ただ、一つだけ不安なことがある。
「ゲーセン行くのはいいけど、この間みたいに乱入対戦で無限コンボ決めて、対戦相手を怒らせないでくれよ」
「ハハハッ、あれは向こうの腕の無さが悪いんだぜ」
カッカと笑う冬園に、ついため息を洩らす。
あの時。
僕がどれだけ相手をなだめるのに苦労したか……。
冬園は一人だけ面白そうに笑いながら、
「よし、じゃあゲーセンで決まりだな」
「わたしも!」
突然、第三者の声が二人の間に割って入ってきた。振り向くと、若町思重が鞄を持ってすぐ後ろに立っていた。
「げぇ」
あからさまに冬園は嫌そうな顔をした。
「若町も来るつもりかよ」
「なによ、わたしが一緒に行っちゃいけないの」
言葉を返す思重の口調も、刺々しさを隠そうとしていなかった。
「二人より、三人のほうが賑やかで面白いでしょ」
「お前の場合は賑やかっていうより、うるさいって言ったほうが正し」
「ねー、宇垣くん」
彼女は、冬園の言葉を最後まで聞かず、視線を向けてきた。
これも、いつものパターンだ。
テスト後、冬園と寄り道をしようとすると、若町思重が参加したいと言ってくる。彼女とケンカばかりしている冬園は、自然と嫌そうな顔をする。そして、そういう時に場をまとめるのが、宇垣智秀の役割だった。
お馴染みの言葉を口にする。
「うん、いいよ。若町さんも一緒に行こう」
「やった!」
喜ぶ若町思重。
一方、冬園は不満そうに頬を膨らませていた。まるで拗ねた子供のようなその顔に、話しかける。
「いいじゃないか、冬園。若町さんの言うとおり、人数は多い方が楽しいだろ」
「……まあ、お前がそう言うんなら」
きっと、冬園も心の底から反対しているというわけではないのだろう。もし本当に若町思重が嫌なら、こんなにすぐに折れるはずは無い。
いつも口先でケンカしている間柄なので、「ハイいいですよ」と二つ返事で仲間に入れることができないのだ。
素直ではないのだ、この冬園元は。
「こうなったら、今日こそお前に勝つ!」
「ふっふーん、勝てるもんなら勝ってみなさい」
三人で教室を出た途端、宣戦布告した冬園と、された若町思重。この二人は、太鼓を叩く音楽ゲームで毎回対戦していた。ちなみにそのゲームで冬園が思重に勝っている姿を見たことは、一度も無い。
「見てろ! 今にほえ面かかせてやる!」
そう啖呵を切った冬園だった。
――それから小一時間ほど、三人でゲームセンターで遊んだ。智秀はもっぱら冬園と思重がゲームをしている様子を見ているだけだったが、それだけでも充分に楽しかった。
そして最後に、冬園と思重がお決まりの〝太鼓〟対決をした。その結果もまた、お決まりなものだった。つまるところ今回も、冬園は負けたのだ。負けた直後の冬園は、真っ白に燃え尽きたボクサーのような顔をしていた。
「またわたしの勝ち~」
ブイサインする若町思重に、冬園は悔しそうな視線を向けるだけだった。




