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美術部が終わって、わたしはまっすぐに図書館に向かう。オレンジ色の廊下を歩いていく。誰もいない廊下は寂しい感じがするけど、夕陽に照らされたその光景はキレイだ。
図書館に入ると、昨日と同じ場所で、宇垣くんは本を読んでいた。彼はわたしに背中を向けて椅子に座っている。図書館には、わたしと宇垣くん、それから貸し出し受付のカウンターに図書委員の男子が一人いるだけ。
宇垣くんの傍まで歩み寄る。宇垣くんは読書に集中しているのか、ページを繰る手以外は微動だにしない。わたしの足音にも気づかない。
彼の背中に手が届く位置まで来ても、彼は振り返らず、黙々と本を読んでいる。イタズラ心が芽生えて、わたしは息を潜め、彼の肩口からのぞき込むようにして、彼の読んでいる本を盗み見た。
ページ一面にプリントされた澄んだ夜空。昨日と同じく、星座の本だった。
「ん――?」
ようやく彼はわたしのほうを向いてくれた。見上げてくる視線と、至近距離で目が合い、顔が熱くなった。
「えっと……おまたせ」
「うん。じゃあ、帰ろうか」
彼は本を棚に戻して、隣の椅子に置いてあった鞄を掴んだ。
二人で図書館を出る。
宇垣くんは何も話さずに、隣を歩いていた。積極的に話題を作るタイプの人ではないみたいだから、わたしがしゃべらないと、自然と二人とも沈黙した状態になってしまう。
けれど、その居心地は悪いものじゃない。だからわたしは、下駄箱に着くまで何も口にしなかった。
「今日も……入ってるのかな」
靴箱の蓋を開ける前に、ぽつりと呟く。
「画鋲のこと?」
「うん」
「――それは、どうだろう」
彼は自分の靴を取り出して、首をかしげた。
あの柏原さんが、一回で済ませるような人じゃないことぐらい、知ってる。十中八九、今日も画鋲が入れられているだろう。
けど、わたし、負けない!
一念発起。
靴を取り出して、裏返しにして軽く振ってみた。すると――
「あれ……」
「どう?」
「画鋲、入ってない」
宇垣くんは運動靴につま先を突っ込んだところで、「えッ?」と驚いて動きを止めた。彼の見ている前で、もう一度、靴を振ってみせる。
靴の中は空っぽだった。
「でしょ?」
意識せず、声に喜びがこもった。
「ホントだ。やったね、赤崎さん」
「うん!」
嬉しかった。たった画鋲が入ってなかったくらいなのに、すごく嬉しかった。
やった!
きっと、わたしは勝ったんだ!
柏原さんに、勝ったんだ!
今朝のわたしの「負けない」という気持ちを込めた笑顔が、柏原さんのいじめを止めた。きっと、そうだ。
登校から下校まで、何事も無かった。今日は本当に久しぶりの、〝平和な一日〟だった。
帰り道は気分も明るくて、たくさんのことを宇垣くんと話した。
「来週から、衣替えだよね」
「うん。そうだね」
「宇垣くんは、もう夏服出してる?」
「いや、まだクリーニングの袋に入ってる。明日と明後日で準備するよ」
宇垣くんも、笑っておしゃべりしてくれた。
靴に画鋲が入っていなかった。
たった、それだけのことなのに、わたしは幸せだった。
帰り道に見た夕陽は、とってもキレイだった。




