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夕暮れ時の廊下は、学校内のいたるところから聞こえてくる様々な部活動の音で静かに満ちていた。

吹奏楽部の音合わせ。

野球部のランニングのかけ声。

サッカー部のホイッスル。

放課後の校内では、それらが遠くに聞こえているだけで、人の姿は見られない。活気のある場所から離れた静謐な空間は、どこか物寂しい。

それは、下駄箱のある昇降口も同じだった。

帰りのホームルームが終わった直後は、屋外の部活動に出たり、帰宅したりする生徒たちで混雑していた昇降口だが、一時間経った今ではすっかり無人となっている。

そんなひとけの無い場所に、少女が現れた。少女は奥の廊下から足早に姿を見せ、とあるクラスの下駄箱まで走り寄った。

その手には、鞄も何も握られていない。ただ、マッチ箱よりもやや大きめの箱が握られていた。

少女は辺りを注意深く見回すと、誰かの靴箱を静かに開けた。そこにはずいぶん使い込まれた運動靴が入っていた。運動靴の踵部分には、所有者の名前が黒のサインペンで書かれている。

赤崎 真純

少女は手に持っていた箱の蓋を開けると、その中から金色に輝くものを一つ取り出す。画鋲だった。彼女は人差し指と親指で針の部分をつまんで、画鋲を〝赤崎真純〟の運動靴の中に落として入れた。それを行う手がわずかに震えている。

他人を傷つける快感からか。

それとも――罪悪感からか。

画鋲を一つ靴に入れた少女は、また周囲を見回して、もう一個画鋲を取り出す。

その時、金の棘をつまんだ左手が、いきなり背後から誰かの手に力強く掴まれた。

「――ッ!」

慌てて、その手をふりほどこうと左腕を振る。けれど少女の左手を掴んでいる手は離れない。女子の手のように細い指だったが、力は男子のものだった。

「離してよッ!」

ひときわ強く、少女が左手を振って逃げようとする。しかし、手は掴まれたまま、解放されない。逃げられないと半ば諦めて、いきおいよく背後を振り返る。

「……宇垣くん」

少女の手を掴んでいるのは、赤崎真純のクラスメートの男子、宇垣智秀だった。その表情には、怒りよりも、困惑の色のほうが色濃く表れていた。

「まさか。なんで――きみが」

理解できないというような声音。否、理解したくないのだろう。

「なんで、きみが、赤崎さんの靴に画鋲なんて入れるんだ」

眼鏡の奥の、宇垣智秀の瞳が、まっすぐに少女を見つめる。

「平泉さん!」

少女は、平泉瑠璃だった。


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