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「イッテテ……」

左肘の鈍痛に、宇垣智秀は小さく呻いた。

「宇垣くん、大丈夫?」

隣を歩く真純が、心配そうにのぞき込んでくる。

夕暮れ時の廊下を、二人で歩いていた。

昨日と同じように、真純の部活が終わるまで、智秀は図書館で時間を潰していた。そして、たった今、図書館を出て来たところだった。

のぞき込んでくる瞳に、智秀は笑ってみせる。

「ちょっと痛い……かな」

左肘の痛みの原因は、今日の体育の授業――もっと言えば、寝技をかけてきた冬園にある。体育教師にいびられた八つ当たりか、冬園に思いっきり左腕を引っ張ったりされた。そのせいで四時間目からずっと痛い。

利き腕の右腕じゃないだけマシだが、それでも、やはり片腕に違和感があるのは気になる。

「まんじ固めって……柔道の技かよ、くそ」

思わず、ひとりで愚痴ってしまう。

真純が小首をかしげた。

「マンジガタメ?」

「うん。冬園に、先生の見せた寝技とは違う、いろいろな技かけられてさ。たぶん、プロレス技だと思うけど。おかげで足もズキズキしてる」

「そうなんだ……じゃあ大変だったね、宇垣くん」

うん、と彼女の言に頷く。

「次からは先生にも、ヘタに冬園をいじめないで欲しいよ。あいつの怒りの矛先がこっちに向けられるんだから」

「あはは……」

そんな話をしているうちに、下駄箱まで来た。

周囲に人影は無く、下駄箱にも他の人の運動靴はそう残っていなかった。

下駄箱は金属製のロッカー式で、個人個人に靴を入れる場所が区切られている。

ふたを開けて、自分の運動靴を取り出し、それまで履いていたスリッパを入れる。

ふたを閉め、運動靴につま先を突っ込んだ。

その時、いきなり真純が「アッ」と短い悲鳴をあげ、下駄箱に背中をぶつけながら、床に尻餅をついた。

「どうしたの!?」

驚いて、履きかけの靴を脱ぎ、真純の隣に片膝をつく。彼女は痛みを感じているように顔を歪めていた。

「わかんない、けど……靴、履こうとしたら、なにか足に刺さって……」

真純は答えながら、横たわっている右足用の靴を指さした。

「ちょっとゴメンね」

断りながら、その靴を手に取って、足を入れる穴を下にして上下に振ってみる。

すると、何かが小さな音を立てて、床に落ちてきた。それは三つの画鋲だった。教室で掲示板にプリント等を留める時に使う、小さな画鋲だ。

廊下の窓から入ってくる夕陽に、金色の棘が輝く。

智秀は、言葉を失っていた。真純も、自分の靴から出て来た画鋲を見て凍りついていた。

誰が見てもわかる。これは、故意の嫌がらせだ。赤崎真純を傷付けようとした者が、彼女の靴に画鋲を入れたのだ。

周りを見回す。誰もいない。この様子を見ていた者がいたなら、現行犯で捕えられたのだが。

しかし、もう犯人の目星はついている。柏原美里たちに違いない。表立ったいじめができなくなったから、こうした陰湿な方法に切り替えたのだろう。


なんて連中、だ……。


あのグループを忌々しく思いながら、智秀はもう片方の靴も調べてみる。やはり、左足用の靴にも、同じく画鋲三個が入っていた。

両方の靴の中が空っぽになったのを再度確認して、出て来た六個の画鋲を上着のポケットに入れた。

「赤崎さん」

真純は立ち上がらず、床の一点を見つめたまま、唇を真一文字に結んでいた。表情は硬く、その感情を推し量ることはできない。けれど、見開かれた双眸が波打ってるいるのは、判った。

「……痛みは、ある?」

問いかけに、真純は無言のまま、首を縦に振って答えた。どうやら傷口が痛むらしい。見過ごすことはできそうにない。

「じゃあ、保健室行こう。傷口、そのままにしておいたら汚いよ。ね」

小さく真純が頷くのを確認した。

自分の靴と彼女の靴とをそれぞれ下駄箱に戻す。

スリッパを履き直し、座り込んでいる真純に手を差し出す。

「立てる?」

「……うん」

真純は智秀の手を握って立ち上がった。その顔つきは、今にも泣き出しそうなくらい、沈みきっていた。


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