3
「イッテテ……」
左肘の鈍痛に、宇垣智秀は小さく呻いた。
「宇垣くん、大丈夫?」
隣を歩く真純が、心配そうにのぞき込んでくる。
夕暮れ時の廊下を、二人で歩いていた。
昨日と同じように、真純の部活が終わるまで、智秀は図書館で時間を潰していた。そして、たった今、図書館を出て来たところだった。
のぞき込んでくる瞳に、智秀は笑ってみせる。
「ちょっと痛い……かな」
左肘の痛みの原因は、今日の体育の授業――もっと言えば、寝技をかけてきた冬園にある。体育教師にいびられた八つ当たりか、冬園に思いっきり左腕を引っ張ったりされた。そのせいで四時間目からずっと痛い。
利き腕の右腕じゃないだけマシだが、それでも、やはり片腕に違和感があるのは気になる。
「まんじ固めって……柔道の技かよ、くそ」
思わず、ひとりで愚痴ってしまう。
真純が小首をかしげた。
「マンジガタメ?」
「うん。冬園に、先生の見せた寝技とは違う、いろいろな技かけられてさ。たぶん、プロレス技だと思うけど。おかげで足もズキズキしてる」
「そうなんだ……じゃあ大変だったね、宇垣くん」
うん、と彼女の言に頷く。
「次からは先生にも、ヘタに冬園をいじめないで欲しいよ。あいつの怒りの矛先がこっちに向けられるんだから」
「あはは……」
そんな話をしているうちに、下駄箱まで来た。
周囲に人影は無く、下駄箱にも他の人の運動靴はそう残っていなかった。
下駄箱は金属製のロッカー式で、個人個人に靴を入れる場所が区切られている。
ふたを開けて、自分の運動靴を取り出し、それまで履いていたスリッパを入れる。
ふたを閉め、運動靴につま先を突っ込んだ。
その時、いきなり真純が「アッ」と短い悲鳴をあげ、下駄箱に背中をぶつけながら、床に尻餅をついた。
「どうしたの!?」
驚いて、履きかけの靴を脱ぎ、真純の隣に片膝をつく。彼女は痛みを感じているように顔を歪めていた。
「わかんない、けど……靴、履こうとしたら、なにか足に刺さって……」
真純は答えながら、横たわっている右足用の靴を指さした。
「ちょっとゴメンね」
断りながら、その靴を手に取って、足を入れる穴を下にして上下に振ってみる。
すると、何かが小さな音を立てて、床に落ちてきた。それは三つの画鋲だった。教室で掲示板にプリント等を留める時に使う、小さな画鋲だ。
廊下の窓から入ってくる夕陽に、金色の棘が輝く。
智秀は、言葉を失っていた。真純も、自分の靴から出て来た画鋲を見て凍りついていた。
誰が見てもわかる。これは、故意の嫌がらせだ。赤崎真純を傷付けようとした者が、彼女の靴に画鋲を入れたのだ。
周りを見回す。誰もいない。この様子を見ていた者がいたなら、現行犯で捕えられたのだが。
しかし、もう犯人の目星はついている。柏原美里たちに違いない。表立ったいじめができなくなったから、こうした陰湿な方法に切り替えたのだろう。
なんて連中、だ……。
あのグループを忌々しく思いながら、智秀はもう片方の靴も調べてみる。やはり、左足用の靴にも、同じく画鋲三個が入っていた。
両方の靴の中が空っぽになったのを再度確認して、出て来た六個の画鋲を上着のポケットに入れた。
「赤崎さん」
真純は立ち上がらず、床の一点を見つめたまま、唇を真一文字に結んでいた。表情は硬く、その感情を推し量ることはできない。けれど、見開かれた双眸が波打ってるいるのは、判った。
「……痛みは、ある?」
問いかけに、真純は無言のまま、首を縦に振って答えた。どうやら傷口が痛むらしい。見過ごすことはできそうにない。
「じゃあ、保健室行こう。傷口、そのままにしておいたら汚いよ。ね」
小さく真純が頷くのを確認した。
自分の靴と彼女の靴とをそれぞれ下駄箱に戻す。
スリッパを履き直し、座り込んでいる真純に手を差し出す。
「立てる?」
「……うん」
真純は智秀の手を握って立ち上がった。その顔つきは、今にも泣き出しそうなくらい、沈みきっていた。




