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赤崎真純は美術部に所属していた。
図書館までの道すがら、彼女を美術室まで見送った。
「それじゃあ、またあとで」
「うん。ありがと、宇垣くん」
彼女と別れて、ひとりで図書館へ向かう。
人影のない廊下。白い壁が、夕陽の橙色を分散させている。どこか物寂しい風景だった。遠くから、吹奏楽部の音あわせや、運動部のかけ声が聞こえてくる。三年生もあと数ヶ月で引退なので、必死だろう。
僕もなんかの部活に入ってればよかったかな……。
校舎の一階の南端に、図書館はある。
入って、中を見回してみると、数人の生徒しかいなかった。みな黙々と本を読んでいて、物音ひとつ立てられない雰囲気だ。
真純に見つけてもらいやすいよう、出入口からすぐ目に入る席に座ることにする。
幅の広い会議用の机にパイプ椅子が六脚セットで、席が設けられている。椅子を引き、腰を下ろしたところで、急に鼻がムズムズした。
「ィ、クシッ!!」
思い切りくしゃみをしてしまった。慌てて鼻を押さえて、周りを見る。ほとんどの生徒は各々の本に没頭していたが、一人の女子生徒と目が合ってしまった。すぐに視線を外す。かなり恥ずかしかった。
なんだってクシャミなんて!
隣の椅子に鞄を寝かせる。鞄の中から塾のテキストとノートを取り出し、机の上に置いた。
と、そこで机が埃を被っていることに気づいた。かなり大量の埃だ。西日を受けて、まるで人のうぶ毛のような、うっすらとしたシルエットを呈している。
クシャミの原因はコレか!
ここの掃除当番はなにやってるんだ、いったい!?
恨めしく思いながら、息を吹きかけて目の前の埃を吹き飛ばす。当然、宙に埃が舞ってしまった。机の上に我が物顔でのっかっていられるよりは、まだマシだった。
――今度くしゃみしそうになったら、息を止めてでも回避しよう。
そう思いながら、テキストを開いた。水曜日……つまり今日の塾の予習は、もう終わっている。昨晩は真純のこともあったが、帰宅した後に、残りの予習を終わらせていたのだ。
なので、今から行う予習は、金曜日の塾のそれ。
まず解答・解説付きの例題問題を解いて、それから授業で答え合わせをする練習問題にとりかかる。学校よりもかなり先を学習しているので、初見の問題ばかりで、正直難しい。
トントンとシャープペンシルの先でノートの真っ白なページを叩きながら、問題の解法を考える。その間にふと、べつの思考が浮かんできた。
もちろん、赤崎真純のことだった。
朝のアレには、ビックリしたな……。
明日からはもっと早く家を出ないとダメ、か。
でも、まあ……なにはともあれ、今日はこれで良かったのかもしれない。
今朝の一件以降、真純へのいじめは無かったようだ。あの柏原美里のグループも、思わぬ抵抗にあって、驚いたのだろう。「全教員に訴える」という言葉に怯んだのかもしれない。
でも、まだ終わったわけではない。赤崎真純と話そうという生徒は、まだいない。つまり、彼女はまだ、あの教室には受け入れられていないということだ。
朝、真純と話しただけで、冬園や他の男子から「いったいどうしたんだ」と怪訝そうに言われた。赤崎真純に関わらないでいたほうが良いという考えが、まだクラス中に残っている証拠だ。
そんなことでは、真に学校に復帰したとは言えない。これからすべきことは、赤崎真純と、彼女を敬遠しているクラスメートたちとの心的距離を縮めることだ。
難しい……な。
それに、一番の問題がまだ残っている。このまま柏原美里たちがいじめをやめるかどうかだ。
残念ながら、あの様子を見る限り、彼女たちが大人しく引き下がるとは思えない。表面上はいじめをストップしたが、手段を変えてくるということも、充分に考えられる。
もしそうなれば、本当に全ての教師に事情を話して、力を借りなければいけないかもしれない。けど、できることならそんなことはしたくない。
教師が出てくるとなれば、彼女の両親にまで話が聞こえてしまうことは必至だ。そして、それは真純の、最も望まない状況でもある。
できることなら、このままいじめが無くなって欲しい。
そう思わずには、いられなかった。




