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17

帰宅してすぐ、怒声が玄関まで飛んできた。

「智秀、こっちへ来い!」

リビングのほうから聞こえてきたそれは、父親の声だった。

逃げもせず、智秀はリビングへ入る。父に咎められることは目に見えていたが、そのまま自室へ直行したところで、押し入られてしまうのがオチだ。

それに――父親がなんと言おうと、自分のしたことが間違いではないという自信があった。

「智秀。いま何時だと思ってるんだ」

リビングのテーブル席に、父と母の姿があった。二人とも寝間着に着替えていた。どうやら外出している間に、風呂に入ったらしい。

「……十時半です」

壁にかけられた時計を見て、平然と答えた。

それが余計に気に障ったらしい。

父は声を、いつもより、遥かに荒げた。

「そう、十時半だ! こんな夜に、お前はいったいどこへ何をしに行っていた!?」

激昂で赤くなった父の顔を、まっすぐに見ることができる。

「僕にも、事情があります。答えられません」

キッパリと、冷静に答える。

すると、机が鈍い衝撃音を立てた。

父が拳を叩きつけていた。

「事情だとォ? たかだか中学生の身分で、どんな事情があるんだ! 偉そうな口を利くんじゃない!」

怒りに燃える双眸が、睨んでくる。

少し前だったら、その眼を向けられるだけで、ビクビクしていた。けど、今は違う。鏡のような平静な心で、その視線を受け止めることができる。

しばらく、時計の秒針の音だけが聞こえていた。父と視線を合わせているその間、母親は戸惑ったように視線を両者に落ち着きなく向けていた。

フン、と父は鼻を鳴らした。

「……どうしても言わないつもりなら、まあ、いい。だが、携帯電話は没収だ。勉強中に遊ぶなんて気が緩んでる証拠だ」

「構いませんよ、そんなコトぐらい。なにも、連絡手段は携帯だけじゃありません。家の電話だってあるんです」

「家の電話も使わせん!」

すぐさま父が怒声を部屋に響かせた。

口答えが気に入らないのだ。

「だったら、今日みたいに直接会いに行くことになりますね」

「なにぃ……」

父が歯を噛みしめた。

と、それまで黙っていた母親が、口を開いた。

「智秀、そこまでして会わなくちゃいけない人って誰なの? 学校の人なら、次の日になれば会えるじゃない」

母の言葉には、なんとかしてこの張り詰めた空気を和やかなものにしたいという気持ちが感じられた。父と違って、喧嘩や争いを人一倍嫌う人だ。

しかし、その母親の気持ちを、裏切らないといけない。

「クラスメートです。その人は、今すごく困っていて、僕じゃないと助けられられません」

「じゃあ、電話の相手も……」

「その人です」

隠すことなく母に答えた。

名前を明かさなければ、支障は無いはずだった。

「そんなやつは放っておけ!」

父が、また声を荒げた。

「いいか、お前は他人のことよりも、自分の成績の心配をするべきなんだ! そんなやつのために勉強の時間を無駄に」

「〝そんなやつ〟じゃありません!」

父の言葉に、思わず怒鳴った。自分でも驚くほどの大声だった。

父も母も、面食らったように口を半開きにしたまま言葉を失う。

智秀は努めて落ち着いた声で言う。

「……これは、父さんや母さんにやれと言われたことじゃありません。僕自身がしたいと思ったことです。僕の気持ちを否定することは、父さんでもできません。それとも、父さんは困っている人を助けるよりも、勉強のほうが大事と言うんですか?」

問いかけて、父を睨む。赤崎真純のことを何も知らないのに勝手なことを言う父親に、怒りを感じていた。

その怒りが視線を伝播したのか。

父も、母も、ともに口を閉ざした。

「風呂に入ります」

これ以上の会話は必要が無かった。

話すことは話し、聞くべきことは聞いた。

智秀は踵を返して、リビングを出た。


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