13
赤崎真純の家まで辿り着いた時には、息も切れ切れで、肩で呼吸をせずにはいられなかった。
「はぁっ――くそ、やっぱ、なんかの部活に入っとくべきだったかな……」
赤崎家の塀に手をついて、呼吸を整える。
幸いにも、道に人影は無い。
よかった。
こんな姿見られたら、まるきり変質者だ……。
心臓はまだ激しく脈打っていたが、息づかいは正常になった。
深呼吸をすると、赤崎家のインターホンを押した。
いつものチャイム音が鳴って、応対を待つ。
ややあって、備え付けのマイクスピーカーから「はい」という男性の声が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
おそらく真純の父親だろう。
初めて聞く男性の声に緊張しながら、答える。
「あの、夜分遅くにすいません……真純さんのクラスメートの者なんですけど」
「なにぃっ!?」
びっくりするぐらいの大音量で、スピーカーは男性の声を伝えてきた。
けど、驚いたのは智秀も同じだ。顔をインターホンに近づけていたので、耳が痛かった。
「なんの用だ!」
怒っているようで、荒々しい口調だった。
なにやら雲行きが怪しくなってきた。
「真純さんと話したいことがあるんです」
「こんな夜遅くに、いったいなにを話すつもりだ!」
「それは――」
返答に困る。
真純はいじめの件を、両親には秘密にしたがっている。ここで素直に白状することはできなかった。
黙っていると、スピーカーから男性の声が追い打ちをかけるように聞こえてきた。
「非常識だ、こんな夜遅くに。とにかく、真純には会わせ――うぁ!」
おかしな叫びを最後に、男性の声が消えた。
かと思いきや、次にスピーカーから聞こえてきたのは、少女の声だった。
「宇垣くん、宇垣くんだよね!?」
「赤崎さん……」
馴染みのある声に、ほっと息を吐いた。
「ごめんね、いま玄関あけるね!」
慌てたような言葉を伝えて通話が切れた。
すると、すぐに赤崎家の玄関の扉が開いた。家の中の光が、暗い足下に差し込んでくる。
「宇垣くん!」
真純が、開いた扉を片手で支えていた。
近づいて、代わりに扉に手をかける。
「こんばんは、赤崎さん」
「あ。うん、そうだね、こんばんは……」
風呂上がりなのか、真純の肌はピンク色に上気していて、いつも以上に柔らかい匂いが鼻孔をくすぐる。髪はもう乾かした後のようだった。
「さっきは、ごめん。急に電話切っちゃって」
「ううん、いいよ、そんなの。それよりも、上がって」
促されて、家の中に入る。
「お邪魔します」
靴を脱いで、上がり框に足をかけたところで、すぐ近くのドアから部屋着の男性が転がり出て来た。
「きさまーッ、真純のナンだ!?」
走り寄ってきたかと思ったら、ピシッと鼻先に人差し指をつきつけられる。
「言っておくがな、こんな時間に娘に会いにくるような男には、真純はやらん、やらせはせんぞォッ!」
「……は?」目が点になる。
目の前の男性は若々しい雰囲気を醸している。背が高く、目鼻立ちが端整で、黙っていれば女性に好感を持たれるに違いない。
ただ今は、なんだか興奮したような目でこちらを見下ろしていて、その顔かたちが台無しになっている。
「も、もぉ!」
男性の二の腕を、真純はグイッと引っ張った。
「お父さんはリビングでジッとしててって言ったでしょ!」
やはりこの男性が真純の父親だった。
「お母さーん、お願い!」
真純が廊下の奥に呼びかけると、すぐに母親が出て来た。
いつもの見慣れた姿に、智秀は頭を下げた。
「こんばんは、宇垣くん。ふふ、こんな時間に真純に会いに来てくれるなんて、一体なんの用なのかしらぁ?」
面白そうに笑いながら、母親は訊いてきた。無理に聞きだそうとする口調ではなかったので、返事をせずにやりすごす。
と、
「宇垣だとォ」
男性はこちらを睨みつけてきた。
「そうか、キサマがいつも家に来る宇垣クンか! 頭がバツグンにいいらしいそうだがな、真純はそんな頭の良し悪しとか、うわべには騙されなイダダダ――!」
いきなり耳たぶを引っ張られて、男性は苦悶の表情を浮かべた。引っ張っているのは真純の母親だ。
「ほらほら。わたしたちはリビングで『警視庁二四時』でも観ましょう。宇垣くん、ゆっくりしていってね」
「はい。……ん?」
服の袖が引っ張られた。見ると、真純が人差し指と親指で、智秀の袖口をつまんでいた。
「わたしの部屋で、話そう」
「うん、そうだね。それでは、失礼します」
両親に頭をさげ、真純と一緒に階段をのぼっていく。
「部屋だとぉッ! 真純、父さんはお前をそんな軽い女に育てたつもりは無いィテテテ! それは引っ張らないでくださーいッ!」
階段の下から父親の悲痛な叫びが聞こえてきた。
「……にぎやかなお父さんだね」
「いつもああなの。気にしないで、ね」
恥ずかしそうに真純が言った。




