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「宇垣くんは、どうして学校に行くの?」
真剣な眼差しで、赤崎真純はこちらをのぞき込んできた。
「えっ……」
智秀は唐突な質問に言葉を見失ってしまう。
いまは学校帰りで、昨日の約束どおり、配布されたプリントを彼女に持ってきたところだった。
「学校?」
「そう、学校」
いつものように、真純はパジャマ姿でベッドに腰をかけている。智秀もまた例のごとく椅子を借りてその前に座っていた。
すぐに答えが出なくて、視線をあちこちへ飛ばす。
「そんなのいきなり訊かれても――今まで考えたこともなかったよ、学校に行く理由なんて。ただ、みんな行ってるから、自分も行かないといけないなっていうぐらいじゃないかな」
「そう、だよね……」
真純は残念そうなふうに笑った。
学校に通う理由。
どうしていきなり、そんなことを尋ねてきたのか。
もしかして、と思った。
「赤崎さん……ひょっとして学校に行く気になったの?」
「ううん、そんなのじゃないの。ただ……ちょっと、懐かしいなって思って。学校の制服とか、もう長いこと着てないように感じるし」
言いながら、真純は懐かしいものを見るような瞳で、壁にかけられた学校の冬服を見た。
そんな彼女に、思い切って、核心的な質問を投げてみる。
「赤崎さん、これから、どうするの?」
彼女は手元に視線を落とした。
「……わかんない。まだ、なにも決めてない」
キュッと真純のかわいらしい唇が引き締まった。これからのことを何も決めていないことに対する、焦燥のような気持ちが見え隠れした。
「そう、なんだ」
地雷を踏んだか、と内心で焦る。
彼女が心に傷を負っていることは百も承知。下手な言葉や不用意な感想は、思いがけず彼女を傷つける刃に変わるかもしれなかった。
「まだ……わかんないよね」
他に言葉が見つからなくて、智秀は急いで次の言葉を探した。
「宇垣くん」
黙っていると、彼女の方から声をかけてきた。
「うん、なに?」
「宇垣くんが学校に行く理由って……もしかして、友達がいるから、じゃないの?」
質問、というよりは、確認するような口調だった。
「……うん、そう言われると、そうかもしれない」
しばらく質問を吟味してから、答える。
「なんだかんだで、クラスには知り合いがいるし、会えば何かと話せて面白いし。うん、たしかに、学校に行ってる理由かもしれない」
「……やっぱり、友達なんだ」
寂しそうな呟き。
それで、ハッと気づいた。自分がいま口にしたのは、彼女にとってつらい言葉だったのかもしれない、と。
「あー、えっと……」
ばつが悪くなって、取り繕おうとしたが、上手い言葉が出てこない。
と、彼女はふっと小さく笑った。
「いいよ。わたし、気にしてないから」
そう言いつつも、真純の顔にはどこか暗い蔭が滲んでいた。
「友達、いいなぁ」
羨ましそうな声。
けど、そこに妬みのような響きはない。
「今は友達とかって……?」
尋ねると、真純は首を振った。
「もう、誰もいないよ。クラスの子たちはもちろんだけど、他のクラスの子も噂でいろいろ聞いてるから、誰も話してくれない。メールだって、送っても、無視されたりして」
いじめのメールは来るけどね。
そう付け足して、真純は笑った。悲しい笑顔だった。
彼女はひょっとして、絶望しているのかもしれない。
あの学校で友達はもうできない、と。
本当に、みんないなくなったのか?
ちょっと前まで友達だったのに。
こんな、いじめなんかで……。
そんなわけない。
そう言いたくなる感情を、押しとどめた。
「わたしへのいじめが始まって、まだ一ヶ月、経ってないんだよね。不思議。もっと、ずっと、長い間つづいてるように感じる」
言葉が返せない。
慰めの言葉なんて、意味がない。
「だから、かな。わたしにも友達っていう人達がいたんだって、懐かしく思うんだ。えへへ、なんだか、ヘンだよね。ホントはつい最近のことだったのに」
悲しい独白は聞いていられなかった。
「赤崎さん」
「……うん」それで彼女は黙った。
部屋が、水を打ったような静けさに満ちる。
――今ここで、彼女になにを言えば一番いいか。
言いたいことは決まっている。
学校に来て、友達ともう一度話してみようよ。
感情は、そう言いたがっている。
けれど落ち着いて考えると、そんな軽率な言葉は口に出来ない。
あれだけ酷い目に遭って、こうして不登校にもなっているのに、どうしてまた「傷つけ」と言えるだろう。身勝手な感情で物事を言っていても、赤崎真純を追い込むだけだ。
「あのさ……赤崎さん」
でも、だからって、このままでいいはずがない。
理屈や倫理を抜きにして思ったのだ。
彼女には、諦めて欲しくない。
赤崎さんは、友達だった人達と、また前みたいに仲良くなりたいはずだ!
傷つけるかもしれない。
けど、言わずにはいられない。
「もう一度、頑張ってみないか?」
「え……」
「友達。もう一度、話しかけたりしてみたら、どうかな」
苦しそうに眉をひそめて、真純はうつむいた。
それですぐに言葉を投げかける。
「その、こうしろってわけじゃないんだ。ただ、そうしてみたらどうかなって思っただけで……」
彼女は顔を伏せたまま。
心の中で、後悔の念が鎌首をもたげ始める。
言わなければ、良かったことかもしれない。
彼女を傷付けてしまったかどうかは、わからない。
ただ――
「……うん、ありがと、宇垣くん」
顔を上げた真純は、笑っていた。




