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夕食後、腹を休める間もなく、自転車に乗って塾へ向かう。すっかり暗くなった道に、街頭の青白い明かりや家々の窓からの温かい光が零れていた。
智秀の通う大手の学習塾は全国に校舎があり、この地域の校舎は駅前にある五階建ての大きなビル。
うわ……ちょっと遅かったかな
着いた時には、もう駐輪場には溢れんばかりの自転車が駐まっていた。根性で自転車をわずかな隙間に押し込んで、ビルに入る。
一階は受付兼事務のフロア。
二階は講師たちが待機する講師室のあるフロア。
それ以上の階に教室が入っている。
階段を上って行き、自分の教室に入ると、適当に空いている席に座る。
学校の教室と同じくらいの広さの教室。
この教室内にいる塾生の数は、単純に学校の教室を基準にすると多い。けれども、会話するほど親しい人は一人もいない。
周りを見渡してみた。
知り合いがいてその人と話している人もいれば、一人で時間を潰している人もいる。プレーヤーで音楽を聴きながら机に突っ伏している人もいた。
教室内には窓がないので外の景色は見えない。壁は白く、蛍光灯の明かりと相まって、無機質な感じがする。いつか、塾を牢獄と思ったことがある。コンクリートの塀に囲まれた、牢獄。
けれども、最近はそうは思わない。
「おー、いたいた!」
後ろのドアから聞き慣れた声がして、振り返った。冬園が上機嫌そうに歩いてくるところだった。彼も同じ塾に通っているのだった。ただクラスはレベル分けされているので別々だが。
彼はいつもこうして宇垣智秀の教室まで話しに来る。冬園との雑談。それがこの塾で唯一の楽しみだった。
自分の頬が自然と緩むのがわかった。
「今日は遅かったな」
「うん。もう駐輪場はパンク寸前だったよ」
冬園は隣の空席に座った。
「で、どうだった」
「……なに?」
「お父様のご機嫌だよ」
茶化すような口調だった。
「ああ……そのことね。お察しの通り、すこぶる怒られたよ」
「ナームー」
冬園は坊主のように合唱して、苦笑いした。
「やっぱ雷、直撃か」
「うん。そりゃもう、クリティカルに、ズバッと」
「しっかしなぁ、いつも思うんだけどよ、お前の父親は厳しすぎるぜ。学年一位だろ。いいじゃん、一番で。それ以上なにを望んでるんだか」
心底不思議そうに冬園は言った。
「俺なんて追試がバンバンあるってのに」
「……冬園が父親だったら、僕はもっと幸せだっただろうね」
冗談を言うと、冬園は笑いながら
「生まれるのが早すぎたな」
「だね」
智秀も笑っていた。家に帰ってからここに来るまで、一度も笑顔を浮かべていなかった。




