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夕飯の時間になった頃。
階下から「智秀!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
やっぱり、ね。
学校の宿題をしていた智秀は、重い足取りで部屋を出て階段を下っていく。食卓のあるリビングに入ると、また怒鳴られる。
「これは一体どういう成績だ!」
低い、男性の声。食卓の席に座っている、智秀の父が声の主だった。会社勤めの、中堅サラリーマン。帰宅したばかりらしい、ネクタイを取っただけのスーツ姿でそこにいる。
智秀は父親の前まで来ると、そのまま無言で立ちつくす。
「三年生になって浮かれたのか」
神経質そうに人差し指でテーブルの上に置かれた成績表を叩いている。
中間、一位。
成績表の記録はそうある。
しかし、父親は腹を立てていた。
「原因はなんだ、言ってみろ」
怒気に強ばった顔を見返しながら、智秀は内心で唇を噛んだ。
どうせ、言ったって聞きやしないくせに。
無駄と承知の上で、答えてみる。
「先生が言うには、今回は三年生として初めて受けるテストということで、難しく作ってあったそうです。平均点も、そのプリントを見ればわかるとおり、そうとう低かったんです」
「それが理由か?」
「はい、そうです」
父は成績表の隣に置いてあったプリントを一瞬だけ見た。そうかと思えば、すぐにそれをクシャクシャに丸める。
「そんなことは理由にならん」
父は近くにあったゴミ箱に、丸まったプリントを投げ込んだ。
「学年一位で満足しているようでは人間そこで終わりだ。全国にはお前以上に頭のいいやつがいる」
吐き捨てるように言われる。
「今回の失点は十二点。たしか二年生の最後のテストでは六点だったな。そのままを維持するならともかく、下がるなんてことはあってはいけないんだ、わかるか」
つまるところ、それがご立腹の原因なのだ。
同じ学年一位でも、総合得点が一点でも下がれば、それで怒られる。そういう家庭で、そういう親だ。
キッチンからは味噌汁の匂いが漂っている。母はキッチンに隠れていた。父の隣にいても、こと成績に関しては、母は何も意見しない。智秀を庇うようなことがあったらもろともに怒られてしまうだろうから、賢明な判断だ。
智秀にとって、母親はいてもいなくても、変わりのない人だった。
「いいか。全教科で満点を取るまで、よく出来たことにはならない。次のテストで挽回しろ」
「……はい」
テーブルの上の成績表を取り上げる。
裏の保護者サイン欄には、もうすでに印鑑が押されていた。




